第33話 スタンピードが終わり…

「ア、アラタ? そろそろ離して……?」


「…………」


 俺は酷く後悔している。もちろん、レイラのことは信頼しているし、彼女の強さも知っている。クウちゃんの強さも信頼していたし、だから山賊を追いかけた。


 けれど、俺がもう少し遅かったら、暴走したマーレンによってレイラがどうなったか想像もしたくない。


 やってきたクウちゃんも申し訳なさそうに、珍しく落ち込んでいる。


「ほら、クウちゃんまで落ち込んで……私は本当に大丈夫だったんだから!」


「…………」


「んもぉ! アラタがシャキッとしないとシアちゃんもアレンくんもクウちゃんもマルちゃんも落ち込んで何もならないじゃないっ!」


「お、おう…………すまん……」


「もう謝らないの! アラタだって頑張ってくれたんだし、こうしてみんな助かったんだから!」


 ぷくっと怒ったレイラがまた可愛い。


 いやいや、そういうことじゃなくて、今回の戦いで冷静に判断できなかったことに反省だ。あの水晶がある時点で、裏で糸を引いている者がいると知っていたつもりなのに、事前に対策を考えられなかった。


 スタンピードが終わったタイミングで周りを警戒しておくべきだった。


 うずくまっている俺の頬を両手で優しくぺちっと触れる。


「はいっ。終わりっ。そろそろみんなで休もう?」


「…………ああ。そうだな」


 マーレンは魔力を封印する特殊な鎖を付けて、山賊達と共に牢に入れられた。


 俺達はすぐに宿屋に戻り、大きなベッドでみんな一緒に、泥のように眠った。



 ◆



 翌日。


 俺達は朝食を食べてから冒険者ギルドに向かった。


 ダンジョンの入口付近ではスタンピードによる被害や、盗賊達による被害の修繕工事を頑張っていた。


 ちょうど俺達が冒険者ギルドの前に着いた頃、大勢の住民達が押し寄せた。


「魔族だ!」


「今回の原因は魔族らしいぞ!」


 住民達がレイラを指差して大声を上げる。


「待ってくれ! レイラは何も悪いことはしていない!」


「黙れ! 魔族のせいでこんなにも大きな被害を受けたんだ! 全て魔族が悪いんだ!」


 住民達は聞く耳を持たず、罵声罵倒を浴びせる。


 レイラは酷く悲しげな表情を浮かべるが、アレンとシアが彼女の手を取り毅然とした態度で住民達を見つめた。


「レイラちゃんはみんなのために頑張ってくれたんだよ!」


「悪いのはマーレンという魔族であってレイラちゃんじゃないですよ!」


 二人の声も空しく、住民達はその場に落ちていた石を拾い投げ始めた。


「魔族は今すぐ出ていけ!」


「「「「出ていけー!」」」」


 俺は〖身体強化〗を使い、レイラ達を守る。


「ア、アラタ……」


「心配するな。何があっても俺はレイラ達の味方だ」


 その時、冒険者ギルドの扉が乱雑に開かれて、中から大勢の冒険者達が出てきた。


 みんな昨日共に戦った冒険者達だ。


「やめろおおおお! 彼女は恩人だぞ! 恩人に石を投げるなんて何事だ!」


「魔族のせいでこうなったんだ!」


「確かに魔族のせいで町は滅亡しかけた……だが、それを防げたのは彼女が冒険者ギルドに来てくれて俺達を説得してくれたからだ。それに戦いの最中に彼女に助けられた冒険者は多い。それだけじゃない! くだんの魔族からみんなを守るために勇敢に立ち向かったのが彼女だ! あんな小さな体で立ち向かったんだぞ! そんな勇気ある彼女に賛辞の言葉を投げるならまだしも、石を投げる人はもはや人じゃねぇ! 心のないただの獣だ!」


 それから冒険者達が俺達の前に立った。


「レイラちゃん! 同じ人として本当にすまない! 俺達は君がどれだけ頑張ったのか見ているから! 昨日は本当にありがとう!」


「「「「ありがとう!」」」」


 冒険者達の圧に押されてか、住民達は石を投げることなく去っていった。


「みなさん……」


「レイラ。胸を張っていこう。彼らだって君が助けたんだ。まあ、ああいうことにはなったけど、彼らが大変な目に遭って泣くよりはいいじゃないか」


「うん……私はいいんだけど、アラタが石に……」


「そんなことどうでもいいさ。それに俺の体は頑丈だからな。石くらいで傷一つ付かないよ。ほら、どこもケガ一つしてないだろう?」


「う、うん……」


 レイラの頭を優しく撫でてあげると、暗かった表情が少し和らいだ。


「行こうか」


「うん」


 俺達はその足で冒険者ギルドに入った。


 すぐに大きな拍手で迎えられ、何度も感謝を伝えられた。


 こう、自分より彼女達の頑張りを見届けてくれた冒険者達を嬉しく思う。


 受付嬢に案内されて二階にあるギルドマスターの部屋にやってきた。


 中はこじんまりとした部屋で、高級感のある机があり、その前に革製のソファが置かれている。


「朝から災難でしたね。代表として謝罪させてください」


 椅子から立ち上がった男は深々と頭を下げた。


「頭を上げてください。ギルドマスターが謝ることじゃないと思いますから……」


 冒険者の多くは筋肉質の人が多い。ギルドマスターは程よく引き締まった体を持つ中年男性で、どこか深みのある瞳が印象的だ。


 ソファに座るとすぐに甘い香りがする紅茶を淹れてくれた。


「改めて、今回のスタンピードから住民を守っていただき、本当にありがとうございました。全てみなさんの勇気ある行動によって、被害は最小限に止まり、死者がいなかったのは奇跡中の奇跡でしょう。アラタさん。アレンくん。シアちゃん――――そして、レイラちゃん。本当にありがとうございました」


 またもや頭を下げるギルドマスター。その誠心誠意ある彼の姿に信頼できる人だと分かる。


「みなさんには国や冒険者ギルドを代表して、最大限の報酬を約束します」


 部屋に来るまで、受付嬢さんから「冒険者は活躍に見合った報酬を受ける必要があります。もし断ったら、後輩の冒険者達ももらえなくなるので、できるだけたくさんもらってくださいね!」と言われている。


「ありがとうございます。期待しています」


 ギルドマスターはニコッと笑った。


「それでアラタさんにはもう一つお願いしたいことがございます」


「お願い……ですか?」


「はい。こちらも依頼という形で出させていただきます。今回の一件で連邦国による会議が開かれます。三国の代表が集まり会議を行うのですが、そこに私とともに出席していただきたい。もちろん、アレンくん達も」


 彼の深い目がアレンに向く。


「もちろんいいのですが、それは今回の一件の話を聞くためですか?」


「はい。ただ――――そうですね……もう一つ狙いがあると言っておきましょう」


「もう……一つ?」


「それは当日知ることになるでしょう。私もまだ確証がないので何とも言えないのです」


「? まぁこの一件に少なくとも俺達も関わっているので、伝えられることはできるだけ伝えます」


「ありがとうございます。日時は三日後の昼の時間帯になります。その間、いま泊っている宿屋代や生活費は全て冒険者ギルドで出しますので」


 そこまでしてくれるのか……まあ、それも逃さない・・・・ようにと思えば、当然か。


「分かりました。では三日後、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 お互いに立ち上がり握手を交わした。


 スタンピードの一件はこれで全て決着がついた――――と思っていたが、俺が思っていたよりもずっと深い闇・・・がくすぶっていた。

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