第40話 無邪気な子供は急にスイッチが切れる
「お前たちが使っている〖身体強化〗は、全身を強化させている。それも戦いの中では必要ではあるが、そのときそのときで
そう話した獣人王は、目の前の木人に右拳を叩き込んだ。
バゴーンと大きな音が訓練場に鳴り響く。
「これが全体のときだ。これでも決して弱くはない。だが、部分集中を使うとより強くできる」
獣人王は木人に二度目の右拳を叩き込んだ。
叩く直前、彼の体に灯っていた光が右手に集中するのが見える。
バゴゴゴゴーン!
一撃耐えていた木人が、文字通り――――木端微塵となった。
ボロボロとなり木人だった木材がひらひらと空からゆっくりと落ちてくる。
「すごい~! 獣人王さん! すごいです!」
「うむ。このように〖身体強化〗を体のどこかに集中させることで強力になる。戦いにおいて、これをいかに瞬時に切り換えるかが大きな力になるのだ」
「はいっ!」
目を輝かせるアレンだが、残念(?)なことに俺も目を輝かせている自信がある。強い男に憧れるのは男子の共通点なのかもな。
「初めは動かずに立ったまま各部位を意識して集中する訓練からだ」
「「はいっ!」」
それから俺とアレンは〖身体強化〗を繰り返していく。
何度か獣人王から各部位に集中させたものを見せてもらったけど、中々うまくいかない。
一日目は、ひらすらに〖身体強化〗を繰り返すだけの日となった。もちろん、俺とアレンは全身しかできなかった。
◆
「ぷあ~!」
広い風呂場。初めてという広い浴槽の中からバシャ~と音を立てて中からアレンが出てきた。
「アレン~あまり潜りすぎないようにな? 危ないから」
「あいっ!」
興奮気味で話すアレンは浴槽の中を泳ぐように歩いたり潜ったり泳いだりする。泳ぎは初めてのようで泳ぐというより溺れてるようにも見えてちょっと心配になる。
「ふぅ……」
そんなアレンのはしゃぎっぶりはすごいなと思う。
今日の訓練。途中で休息は取っていたけど、上手くいかないことをひたすら繰り返すことは意外に辛かった。
広い浴槽に、俺の感想は「これは……癒されるな……ふぅ……」みたいな疲れが取れる感覚だったのに、アレンの元気の良さに自分に対する苦笑いがこぼれた。
俺も…………歳をとったんだな……。
「何をふけているんだ?」
「うわあっ!?」
急に後ろから野太い声が聞こえた。
「し、師匠」
「くっくっくっ。子供の無邪気さに当てられたんだな?」
「あはは…………そんな感じです」
「わあ~! 師匠~!」
浴槽の遠くから嬉しそうに手をふるアレンに、獣人王が軽く手を上げて応えた。
「師匠。やっぱりアレンに才能を感じますか?」
「うむ。今まで見たこともない素晴らしい才能を持っているな。お前たちが使っている〖身体強化〗はあれほど長時間使えるものではない。集中強化を行う一番の理由をどう思う?」
「一撃が強くなるから? 足に集中させたらより速く動けるでしょうし」
「もちろんそれもある。強者同士での戦いでは一瞬の判断で力の均等を上回れるかどうかだ。だが、もう一つ重要なことがある」
「もう一つ重要なこと……」
獣人王は俺に考える時間を与えてくれて、その理由というのを考えてみる。
印象が大きかったのは、あの一撃の強さ。強敵を打ち負かす力だ。
でも獣人王が重要視したいのは敵を打ち破る力なのか?
ミーアルア国に来て思ったのは――――そこに住んでいる者みなが笑顔であることだ。
――――平和。
そうか。平和…………守るための力だ。
「勝つ力ではなく守るための力?」
「半分正解だ。矛盾しているが、守るために勝つ必要があり、勝つことで守ることができる。〖身体強化〗の本来の力は、守るためにより長く戦うための手段の一つだ」
「長く戦うための手段……」
「今日の戦いを見れば、アラタの体力や集中力は俺やアレンに比べてずば抜けて高いが、全員がそういうわけではない。アレンも強いからできるが、普通ならそう長く使えるスキルではない。となるとそれを部分に瞬間的に集中させて強くする。それこそが強者の戦い方になる」
なるほど。オンオフを繰り返しながら部分的に使うことで爆発的な効果を与えるか。
たしかに兵士たちの稽古を見た感じ、常時ではなく使う場面で使っていた。
「アラタならある程度常時使いつつも、一撃に集中してを繰り返せたら、世界でも有数の戦力になるだろう。となると――――いつでも我が国は歓迎してやるぞ? がーはははっ!」
とーんと俺の背中を叩いて大きな声で笑う獣人王。広い風呂場に笑い声が広がった。
風呂から上がり、食堂に向かうとレイラとシアが果実水を飲みながら待っていた。
そういや、こんなにも長時間二人と離れていたのは初めてのことか……?
話したいことはたくさんあるけど、俺とアレンを見て二人は深く話すことなく、軽く「楽しかった!」とだけ言ってくれた。
ご飯を食べていると、隣に座っていたアレンがコクリコクリと頭を下げているのが見えた。
風呂であんなにはしゃいでいたけど、やっぱり疲れていたんだな。
その姿にふふっと笑顔がこぼれて、そのまま背もたれに優しく胸を押してあげると、そのまま眠りについた。
ご飯を全部食べてアレンをお姫様抱っこして部屋に戻る。
「今日の訓練は大変だったの?」
意外そうな表情で聞くレイラ。
「ああ。アレンにとっては今まで一番大変だったんじゃないかな?」
「そっか…………私たちばかり――――」
「アレンがな。訓練が終わったら二人に王都を案内してほしいと言っていたぞ?」
「!? うん。シアちゃんとたくさん回っておくね?」
「ああ。よろしく頼む。あ~でも距離だけは気を付けてくれよ? シアもな?」
「「は~い」」
あまりに遠くなると絆の鎖が切れてしまってどうなるかわかったもんじゃないから。
アレンが眠っているのもあって、ベッドに入ったらレイラもシアもすぐに眠りについた。
今日一日たくさん活動して緊張の糸が切れたみたいだな。
ああ……俺もそうかも…………。
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