第39話 訓練と観光

 獣人族の国の食事は、スパイシーな食事が多かった。前世でいうなら中東系の食事か? 子供たちには辛くない甘めの食事を別に用意してくれた。


 三日間の旅は大変でもなく、修行のおかげで退屈でもなかったが、初めての馬車旅は意外にも精神的な辛さがあったのか、ミーアルア国最初の夜は一瞬で眠りについた。


 翌日。


 朝食を食べてから本格的に修行を受けることとなった。


 最初の目的こそアレンに戦う術を教えるていだったが、俺まで混ぜてもらえるのはすごく助かる。


「娘たちはどうするのだ?」


 訓練場にやってきた俺に向かって呆れた表情をする獣人王。


「訓練中……ずっとここで見学……?」


 獣人王の冷ややかな視線が俺に向けられる。


「せっかくなら、王都を自由に観光でもさせたらいいのではないか」


「観光!? え、えっと…………さすがに子供たちだけでするわけには…………」


「ん? がーはははっ! そういや人族はそうだったな!」


 豪快に笑う獣人王。


「我ら獣人族は国全体を上げて子供たちを育てる。子供たちだけで王国を歩いても何ら問題はないし、彼女たちのことは王都に広まっているはずだ。歩いても問題あるまい」


「なるほど…………」


「大人は子供を見守り、子供は大きくなってまた新たな子供を見守る。それが我ら獣人族なのだ――――そうだな。それなら孤児院に行ってみてはどうだ?」


「「「孤児院?」」」


「王宮で働いている彼らは生き残った英雄だ。だが、中には生き残れなかった英雄もいる。いくら国民全体が子供たちを見守っているとはいえ、彼らの子供たちは深い悲しみに落ちてしまう。だから我が国では彼らに寂しい思いをさせないように孤児院を立てた。これは人族がやってたのを見真似たものではあるが、娘たちにもいい経験になるはずだ」


 孤児院がどういう場所かくらい知っているけど、獣人王がそこまでおすすめするのなら、俺も一度どんな場所か見てみたくなる。


「レイラとシアはどうしたい?」


 二人は困ったように顔を合わせた。


 正直、無理もないのかもしれない。急に自由にしてって言われても困るだろうし、スグラ町で休息日は基本的に自由にしようって言ったものの、知らない街で異種族ばかりの場所に二人の少女を歩かせるのも違う気がする。


「それなら、私が案内しましょうか?」


 俺達の後ろから声が聞こえる。


 振り向くと、スグラ町からここまで来る間の護衛の一人、女性騎士ソアラさんだった。


「ソアラさん~!」


 真っ先にシアが嬉しそうに声を上げた。


 彼女は獣人族戦士になったくらい大柄で強面だが、根は優しくて誰よりも先に片付けを手伝ってくれたり、準備を手伝ってくれたりしていた。それもあって二人とは何度も楽しそうに話していたのを目撃している。


「ソアラさん。お願いしてもいいですか?」


「もちろんです。それに聖獣のクウ様とマル様も散歩をなさった方がいいかと思いますので」


 そう言われて何かを忘れてたなと思ったのを思い出した。


 訓練場の傍で退屈そうな目で俺を見つめるクウちゃん。


 …………悪かったよ。


「クウちゃん! みんなを守ってくれるか?」


「わふっ」


「よし、頼んだ!」


「わふっ」


 やっぱり退屈だったのか、クウちゃんのところに「わ~い」と喜びながら飛び乗るシアに苦笑いがこぼれた。


「やはり子供は無邪気に動くに限るな」


「そうですね。それに――――レイラたちには広い世界を見てほしいなとも思ってますから。訓練より街を見てくれた方がいいですね。アレン。訓練が終わったらレイラたちに案内してもらうか!」


「はい!」


 ちょっとだけ寂しそうな表情を浮かべていたアレンが嬉しそうに返事をした。


 最近はいつも三人で一緒だったからな。


 よしっ! と気合を入れるアレンの後ろ姿が頼もしく思えた。


 …………息子ができたらこんな感覚なんだろうか?



 ◆



 アラタとアレンが王宮で訓練を受けていた頃。


 レイラとシアは獣人女騎士ソアラとともに王宮を出て、王都の街並みに向かっていた。


「二人とも? 本当に馬車じゃなくてよかったのか?」


「はい! クウちゃんも歩いた方が楽しいと思いますから!」


 いつも眠そうにしているクウちゃんだが、実はすごく――――散歩が大好きなのだ。


「ではのんびりと向かうとしよう。王様がおっしゃっていた孤児院もぜひ見てほしい」


「はい~! 楽しみです!」


 満面の笑みを浮かべるシア。隣では姉のように慈しむ笑みで彼女を見つめるレイラ。


 ソアラは思う。


 この光景は非常に不思議な光景であると。


 そもそも魔族であるレイラが誰かと仲良くしていることは珍しく、それほどに魔族は誰にとっても敵そのものだ。


 最初こそ驚いたが、幼いレイラの優しさは種族関係なく優しいんだと知ることができた。


 だからこそ、獣人族の子供達に会わせたい。もちろん、シアもエルフ族として獣人族の子供達に会えば、異種間の橋渡しができるかもしれないと思ったからだ。


 元々鎖国政策が続いてきた獣人国。


 ソアラは、獣人王が思う国の在り方を変えようとするのを知り、ひそかにその手助けができたらなと思っていた。


 それもあって二人と話してみると、獣人族の子供たちとなんら変わりはなかった。


 獣人族が抱える大きな問題を胸に、ソアラは明るい未来を想像して胸を躍らせた。

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