第5話 魔族に向く視線
朝食が終わったので、聖痕〖キャンプセット〗を片付けた。
異世界には【スキル】と【聖痕】で分かれているらしく、単純に能力を上げてくれるものが【スキル】で、発現する力が【聖痕】という感じだ。
ちなみに発現するとき、手のひらに魔法陣のようなものが浮かび上がる。これが聖痕らしい。能力によって形が変わるらしいが、自分の聖痕を刻んだりはできないみたい。
女神様曰く、異世界で聖痕を持つ者を【聖者】と呼ぶそう。
元々何もなかったかのように綺麗になった平原。涼しい風が俺達を通り過ぎていく。
昨日はバタバタしててよく見てないが、やはり思い浮かぶのは西洋映画の広大なアルプスのような景色。
空の上には大きな太陽が四つ一緒に並んでいるが、時間と共に動いたりはしない。昨日観察した感じだと時間と共に段々光が減っていき、やがて夜になって月明りを放ち、また段々時間が経過して日の光に変わる。
「レイラ~あの光ってるの名前はあるのか?」
「あれは【世界の導】と呼ばれていて、大陸の遥か東に浮かんでいるから、向こうが東になるよ」
導か……良いネーミングセンスだと思う。それに、予想通りあの場所から動かないから、常に東方向がわかるのはとても便利だ。
「ひとまず地図を手に入れたいんだけど、何か方法はあるか?」
みんな首を横に振った。
そりゃ……君達だってここがどこだかわからないよな~。
よくよく考えたらお金もないし、地図もないし、ここがどこだかもわからないって、結構詰んでない!?
その時、シアの耳がぴょこぴょこと動いた。
「おじさん! 向こうから足音が聞こえるよ! 二足歩行生物と四足歩行生物!」
シアってたまに不思議な表現を使うよな。二足歩行生物とか……。
「多分、誰か逃げてるかも」
「それを早く言え!」
急いでシアが指差した場所に向かって走り出す。
子供達も頑張って追いかけてくる。
【命の鎖】の長さは約一キロメートル。俺みたいな成人男性の少し早い歩きで十分くらいの距離なので、わりと長い。
子供達に意識を向けつつ、変わりゆく景色から逃げている人と、昨日出会った大型猪が見えた。シアが言っていた通り、逃げているのがわかる。
一気に距離を詰めて、大型猪の頭部にかかと落としを決める。殴ると吹き飛んでしまうから。
地面に叩きつけられて大きな音を響かせて、猪を倒したことを確認する。
子供達も視界内にいるので、ひとまず安心だ。
逃げていた人に近づいていく。
「あの……大丈夫ですか?」
風圧で吹き飛んで倒れたのか、ゆっくりと体を起こした女性――――
「えっ!? 兎耳!?」
「いたた…………た、助けてくださってありがとうございます!」
笑顔を見せた彼女の頭の上には大きな兎耳が生えていた。
うさ耳人間……? いや、転生する時、亜人種もいるからって言われたから、獣人族なのかも知れない。なんてエルフや魔族だっているくらいだからな。
それにしても丁度良いタイミングだった。
「いえいえ。それより一つお聞きしても?」
「はい? どうぞ?」
「俺達、ここに初めてくるんですが、ここら辺の地図を手に入れたくて、どこか近くに町はありませんか?」
「それでしたら、うちの里に案内しますよ~」
「それはありがたい」
子供達も合流したので、うさ耳彼女の案内を受けて、里に向かうことに。
もちろんその前に巨大猪は〖素材庫〗の中にそのまま入れておいた。
俺達がいた平原から西側に進んだ場所を目指す。
歩いている途中、意外にも通行人がいて、獣人族だけかなと思ったら人族もいたり、猫耳の獣人族や、犬耳獣人族の人も歩いたり、中には鎧を着た多人数のパーティーなんて見かけられた。
思っていたよりも人族と亜人族の仲は悪くないようだ。
うさ耳彼女の案内で一時間程歩いた先、森の中に丸太を壁にしている町が現れた。
「あそこは私が住んでいる里です~」
「ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ命を救ってくださりありがとうございます! おかげで弟の病気に効く薬草を届けることができました!」
そういや、大事そうに抱えたバッグの正体は、薬草だったんだな。少しだけ
「時間も惜しいでしょうし、急いで届けてください」
「はいっ!」
うさ耳彼女は嬉しそうに里の中に入っていく。玄関口には垂れ犬耳の大柄の男二人が槍を持って佇んでいた。
「レイラ。この世界の挨拶って、おはよう、こんにちは、こんばんはで合ってるかい?」
「うん? 合ってるよ?」
挨拶は日本式でいいんだな。いただきますはないのに、どうして挨拶は日本式なのか。
「こんにちは」
垂れ犬耳獣人さんに声をかけると、物々しい雰囲気で俺達に敵意を向ける。
「怪しい人ではありません」
「怪しい人はみんなそう言う。異種族の子供を連れた人族が俺達からすれば十分怪しいが?」
いや~ド正論言われて反論の余地もないな~。
「この子達は俺の養子なんです」
「…………中に魔族がいるようだが?」
「それに何か問題でも?」
「大ありだ。子供じゃなければ、今すぐ追い払いたいくらいだ」
ちらっとレイラを見ると、深く悲しい目を浮かべて俯いた。
普段冷静な彼女でもまだ五歳。こう正面から敵意をぶつけられたら凹むに決まっている。
「大変申し訳ないのですが、俺は魔族についてよくわかりません。ですがうちのレイラは誰かを傷つけるような子じゃないのは知っています。もし彼女が誰かを傷つけたなら、その罰は俺が受けます」
「…………わかった。但し、一つだけ忠告してやる」
彼は視線をレイラに移した。
「魔族は全ての種族から嫌われている。あまり角を堂々と見せない方が、その子のためになると思うぞ」
「! ありがとうございます」
すると、垂れ犬耳獣人さんが、槍を仲間に渡してゆっくりとレイラに近づいていった。
「お嬢ちゃん。これやるから、町の中ではずっと被っておきな」
そう言いながらレイラの頭にすっぽり入るふかふかの帽子を被せてくれた。
「えっ!?」
驚いたレイラが彼と俺を交互に見つめる。
「…………」
「レイラ」
「う、うん?」
「言わなくちゃいけない事は、ちゃんと自分の口で言うべきだ」
賢い彼女ならこの意味がわかるはずだ。
「!? ――――――あ、ありがとうございます……」
「ああ。脅かしてしまって悪かったな」
帽子を優しくぽんぽんとしてくれた彼は元の場所に戻り、警戒を続けた。
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