第37話 旅と師匠と瞑想
スグラ町から、ミーアルア国までは馬車で一日もあれば余裕で着く距離だった。ただ、国境を越えてから王都まで着くにはさらに二日もかかるということだ。
馬車で三日の旅なんて、人生初ということもあってワクワクしていたが、思っていたよりもずっとずっと退屈な旅だった。
元々のんびりするのは好きだけど、それは『何でもできるけど、何もせずにのんびりする』を楽しむのであって、『何もできない現状でのんびりする』のとは違うものだ。
獣人王も退屈のようで、動く馬車の天井にアレンと登り、戦いの話をしている。
主に獣人王の武勇伝を聞かされているのだが、馬車の中にまで声が届くくらい彼の声は大きい。
一人で盗賊団を殲滅したとか、膨張したように聞こえたりもするが、獣人王から伝わる力からして、それが本当のことであるのは理解できる。
その圧倒的なスケール感にアレンも夢中になって話を聞きながら、ときおり相槌したりと楽しそうにしていた。
「男って……楽な生き物ね」
そう言いながら溜息を吐くレイラ。
…………君はもう少し五歳児のような振る舞いを学んだ方がいいと思うよ。
隣で本を読んでいるシアは、会議からすっかり肩を落とすと思っていたが、まったくそんな気配はしない。
あの日に無理矢理笑顔を作ったとは思えないくらい、彼女の中からエルフ族のことはどうでもいいのかもしれない。
いま読んでいるのは、獣人族に伝わる歴史書らしい。
ここに来るまでの三日間、他の馬車に乗っている文官たちのための本らしく、こちらにも何冊か本が並んでいる。
俺はのんびりするのは好きだが、正直に言うと、本を読むのはあまり得意ではない。
漫画なら好きなんだが…………この世界に漫画本なんてあるわけもなく。
そういや懐かしいな。前世のこと。
働いていたゲームセンターでは毎日漫画のキャラクターの人形とかが並んでいたり、みんなゲームを楽しんだりしていたっけ。
そういや、この世界にはとことん娯楽が少ないな。
…………今度何か娯楽的なものを作ってみるか?
「レイラ。小さい声でいいから、ベリアルという魔族のことを教えてくれないか?」
「ん……」
レイラの先祖の記憶――――おそらく先祖というより、勇者に討ち取られた魔王だと思われる。ベリアルは魔王の右腕として活躍していた魔族だったという。
それならレイラが一番詳しいと思われる。
「私もそこまで詳しいわけじゃないし、先祖様の記憶だと人物はほとんど残っていないの。知識なら結構残されているんだけどね……」
「なるほど。人物はないのか…………たしかに、人物まで記憶にあると、レイラの記憶までめちゃくちゃにされてしまうかもしれないしな。もしかしたら先祖様の優しさなのかもな」
「先祖様の優しさ……?」
「ああ。あの話を聞いたときさ。大きな違和感を一つ覚えたんだ。魔王が世界を滅ぼそうとした。それが違和感というか、それなら今のレイラがいるのが不思議だなって思って。だって先祖様の記憶があるってことは、彼の思想があってもいいんじゃないかなと思えたんだ」
「なる……ほど?」
すこしキョトンとしているレイラの頭を優しく撫でてあげる。
「今のレイラは誰よりも優しくて、誰かを守りたいと思っているからね。とても世界を滅ぼそうとした存在の力を持っているとは思えないんだ」
「…………そうね。でも…………」
「でも?」
「…………アラタに会えなかったら、私は世界を恨んでいたかもしれない。だって……ずっと世界が大嫌いだったから。アラタとシアちゃんとアレンくんに出会えたから……」
その言葉に何か衝撃的なものを覚えた。
「レイラ。シア。これからも楽しいこといっぱいしよう」
「「うん!」」
二人とも満面の笑みを浮かべた。
もちろん、屋根の上の獣人王とアレンも相変わらず楽しそうにしていた。
翌日。
相変わらず馬車の旅は続く。
「では、これから二日間、お前たちには
「「はいっ! 師匠!」」
「うむ!」
俺とアレンの前で腕を組む獣人王。
初日武勇伝を語り尽くしたのか、はたまたアレンの輝く瞳に期待したのか、獣人王は移動時間でもできる訓練をすると提案した。
チャンスだと思って、俺も混ぜてくれないかと相談したら、意外に二つ返事をもらえた。
これから獣人王に学ぶことになるので、彼のことは『師匠』と呼ぶことになった。
俺達は馬車の屋根の上に乗ったまま、座禅を組み、目を瞑って、瞑想を始めた。
「お前たちは体やスキルはそれなりのものを持っているが、その使い方がまったくなっておらん。その一番の理由は――――大地との体幹が弱すぎるのだ」
大地との体幹……?
「初めに、揺れる馬車を通して、大地からの気配を感じるんだ。大地から溢れる生気の気配だ」
言っていることがめちゃくちゃな気がするが、どうしてか獣人王が言いたいことが何なのか分かるような気がした。
俺が何かの力を使うとき、体の内部から湧き出る何かを感じ取って使っている。
それは自分の力として、気付いたらできるようになっていた。
だが、スタンピードのときに無我夢中で走り回っていたときに、大地から流れのようなものを感じた覚えがある。
大地の生気。大地の流れ。大地の力。
「大地は全ての生き物の母であり、故郷である。大地は我々を祝福し、我々に力を貸してくれる。大地の気配を感じ取って、大地と一体になれば、より自分を知ることにも繋がる」
しばらく大地を感じ続けて数時間。
ただの瞑想のはずなのに、全身から驚くほどの汗が流れる。
それはアレンも同じのようで、俺達を見つめていた獣人王はニヤリと笑い「さすがだ」と言ってくれた。
まだ獣人王が言っていた『大地と一体になる』とまではならなかったけど、少しだけ分かった気がした。
王都に着くまでの間、俺とアレンは時間がある度に、瞑想を続けた。
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