第46話 千切れる鎖

「クウちゃん!」


 レイラはクウちゃんの背中に乗り込み、森を指差した。だが、クウちゃんは動こうとしない。


「クウちゃん……? どうしたの?」


「ワフッ」


「もしかして……鎖を気にしてるの?」


「ワフッ」


「…………シアちゃんが王宮に向かってるから、アラタはすぐにくると思う。だから私には私ができることをしたいの! このまま彼らを見過ごしたら……絶対後悔するから! お願いっ!」


 クウちゃんの表情は見えないが、困ったように背中に乗っているレイラを思う。


 アラタから守るようにお願いされており、クウちゃんとしてもレイラを守りたい心は変わらない。


 どこまでも見守ってあげたいが、アラタから離れるリスクもある。


 けれど、それで彼女の意志や彼女がやり遂げたいことを応援してあげなくていいのだろうかと悩み始めた。


「クウちゃん……お願いっ! 私は大丈夫! 危なくなったらすぐに引き戻っていいから!」


「わふん…………」


 そのとき、レイラの頬から一筋の雫がクウちゃんの背中に落ちた。


 レイラの――――初めてできた友達を守りたいという思いが伝わる。


 アラタとの約束もあるが、危険なときは何が何でも彼女を引き戻したらいいと考え、クウちゃんは城壁から勢いよく飛び降りた。


「クウちゃん……! ありがとう!」


 草原を走り抜けて、逃げてくる獣人族の子どもたちを迎える。


「み、みんな! どうし……っ……」


「ワフッ!?」


「だ、だい……じょう……ぶ……森に……いこうっ!」


「レイラちゃん! みんなが……みんなが捕まっちゃったよ!」


 大粒の涙を流しながらそう話す子どもに、森の奥で何が起きているか脳裏をよぎる。


「っ……クウちゃん……い、急いでっ……」


 森の前にくるとき、鎖がちぎれた感覚。すぐに胸がギュッと苦しくなるが、それでもレイラは守りたいものを優先したかった。


 レイラは激痛を我慢しながら、クウちゃんはアラタなら絶対に追いかけてくれると信じ、レイラの意志を尊重して森の奥に進んだ。



 ◆



 稽古もひと段落してほんのり酸味と甘みがする水を飲みながら休息を取っていた。


 やっぱりレモン水のような味がするモレ水が人気なんだな。前世でも水分補給といえばレモン水だったもんな。


「うん?」


「アラタさん? どうしたんですか?」


「いや、雨が降りそうだなって思って」


「本当ですね。珍しいですね?」


 空を見上げると黒い雲が遠くからやってくるのが見える。


 この世界で雨が降るのは珍しいようで、あまり見たことがない。そもそも、前世でも雨がまとまって降る時期以外だと、そう多くないしな。それに比べるとより少ない感じだ。


 獣人王も珍しそうに空を見上げた。


 そのときのことだった。


 南方面に伸びている『命の鎖』が伸び始めた。


 鎖は普段はあまり感じられないけど、極端に離れたり、速い速度で離れたりすると伝わってくる。


「ん……? アレン。何か変だ」


「どうしたんですか?」


「これは…………レイラが急速に離れていく。なんか変だぞ」


「えっ……?」


「師匠! ちょっとレイラの様子を見――――」


 そのときだった。


 伸び続けていた鎖が――――途切れた。


 まるで硝子が割れるような、何か心を抉るような、大きな衝撃とともに、レイラと繋がっていた鎖がちぎれたことがわかる。


 戸惑い。不安。そんな感情が沸き上がるが、そんなことよりも、鎖が切れたレイラのことが心配になる。


 『命の鎖』は俺のため・・・・のスキルではない。これはレイラ、シア、アレンのためのスキルである。


 不思議だとは思っていた。彼女たちが奴隷であること、生まれながらどうしてああなったのかということ。でもそんなことよりもずっと不思議だったのは、どうして俺から命の力を受けないと生きていけないのか。正直、考えるのが怖かった。


 だって、ずっと一緒にいるものだと思っていたから。アレンたちから離れるつもりはなかったから。


 でも……まさかレイラの方から離れていくとは思いもしなかった。


 彼女は賢く、『命の鎖』のことは何度も説明しているし、彼女も納得していて獣人国に来てから行きたがっていた店まで我慢していると知った。


 なのに……どうして? いや、そんなことはどうでもいい。いまは誰よりもレイラが大切だ。鎖が切れた彼女の身に何が起きるかわからない。


「アレン! 全力で走るぞ! 師匠!」


「!? は、はい!」「ああ!」


 俺は全速力で訓練場から南に向かう。


 アレンと獣人王も一緒に付いてくる。


 走っているとき、とある気配を察知して向かうと、シアがマルちゃんを抱きかかえて懸命に走ってこちらに向かってきた。


「シア!」


「おじさん!?」


「レイラは……森に行ったのか?」


「う、うん!」


「わかった。知らせにきてくれてありがとう」


 すぐにマルちゃんごとシアを抱きしめて、また全速力で南に向かう。離れていく速度から、おそらくクウちゃんが走っているんだろう。


 頼む……! 無事でいてくれ! レイラ!

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