第11話 魔物の肉は全てが美味しいわけじゃない

「長い間お世話になりました」


「そうかい……もう行っちゃうんだね……」


 おかみさんが残念そうに子供達を見つめる。


 いつも優しく子供達を受け入れてくれて、レイラが魔族だとわかっていても分け隔てなく接してくれる良いおかみさんだった。


「ああ~! そういえば、渡すのを忘れていたわね。アレンくんとシアちゃんには用意できなかったけど、レイラちゃん。これあげるわ」


 後方から何かをとってレイラに渡す。


「これは……?」


「その帽子。不格好だからね。女の子はもっと可愛いものを身に付けないと」


 レイラの手に握られたのは、レイラの髪色と同じ紫色の毛玉で編んだベレー帽風だ。


「本当にもらっていいの?」


「もちろんだよ! レイラちゃんのために作ったんだから。使ってくれたら嬉しい」


「うん! 大切に使うね! おかみさん!」


 満面の笑みを浮かべておかみさんに何度も感謝を伝えて、二週間過ごした宿屋を後にした。


 次は里長のところに顔を出して挨拶をして、次は雑貨屋にも挨拶をして、最後にいつも玄関口を守っている衛兵さんに挨拶をする。


 二週間で里を出る理由。それは単純に世界を歩き回るためだけではない。


 俺が一番気にしているのは、どうしてこの子達が生まれながら【忌み子】になってしまったのか。その理由を探しながら異世界を歩き回りたかったのだ。


 せっかくキャンプスキルがあるんだから、旅も悪くないし、元々どこかに永住するより、旅がしたいと前世から望んでいたことだから。


 見送りに来てくれた多くの人に手を振って、俺達はエンビ里を出た。


 最初に向かうのは、北側にある人族の国【トレイアル王国】。エルフ族と獣人族の国は不用意に近づかない方がいいと教えてもらえた。


 というのも、エルフ族の子供を連れていると、何かと誤解されるかも知れないからだ。


 王国の最初の町に着くのは、ここからのんびり歩いて十日以上かかる計算になる。


 最初とは違い、子供達の表情もイキイキしていて、戦力も増えているし、食糧も十分にあるから、キャンプがまた楽しみで仕方がない。それにまだ見ぬ食材に出会うかも知れないからね。


 森林地帯というだけあって、森が非常に広大に広がっている。


 歩いていると、行き先で魔物の気配を感じた。


「みんな。前方に魔物三体いるよ」


「アレンくん。前衛よろしく」


 レイラの指示で先にアレンくんが先陣を切る。


 できれば俺が行きたいんだが、俺達が知らない魔物が急襲してくる可能性もある。それを考慮した動きだと思われる。


 木々の隙間から姿を見せた魔物は、全長一メートル程の灰色の狼だ。


 口の中からもはみ出た鋭い牙が恐ろしさをかもし出している。


「【暗黒刃ダークネスカッター】!」


 レイラの手から無数の黒い刃が木々の合間を通り抜けて、狼達に突き刺さった。


「さすがレイラだ」


 さらにレイラの能力によって、相手の生命力を見ることができるから、相手を倒したのか一目でわかる。


 三体の狼を回収して、俺達はまた森林を北に向かって歩き続けた。


 ◆


 半日近く進んでから、樹木が減って開けた場所に着いたので、今日はここで休憩をする。


 聖痕【キャンプセット】を発動させて、二週間ぶりのキャンプが姿を現した。


「わ~い! 久しぶりのテントさんだ~!」


 天真爛漫に喜ぶシアに、思わずこちらまで笑顔がこぼれる。


 それにしてもキャンプの設営といえば結構大変なのに、設営の必要もないので非常に楽て大助かりだ。


 さらに魔物も寄せ付けない【結界石】は、魔物が蔓延った森の中でもキャンプができる利点まである。


 さっそく倒した狼魔物の亡骸を取り出して、解体していく。水が自由に使えるから解体後の処理も楽だ。


 猪肉を焼こうかなと思ったけど、せっかくなら狼の肉を焼いて食べてみようか。


 長い串にブロック状に切った狼肉を串刺しにして、火が付いたバーベキューセットの上に乗せると、じゅわ~と肉が焼けるいい音が響き渡る。


 テーブルの準備やテント内の準備を手分けして終えたようで、アレンくんが目を光らせて焼かれる肉を食い入るように見つめた。


「アレン。頼みがあるんだが、いいか?」


「うん? どうしたの? アラタさん」


「この肉って片面ばかり焼くと焦げてしまうから、この串をぐるっと返して全体を焼いてくれないか?」


「やりたい!」


「ああ。任せた」


 焼肉通に言わせれば、片面をじっくり焼いて反対側を焼くのが一番美味しいらしいけど、そんなことよりも、少し遊びっぽくても楽しそうにアレンくんが焼いてくれた肉なら、多少下手でも美味しいと思う。


「自分の感覚で回していいからな~」


 そう話すと肉の方向を何度も変えながら焼き続けていた。


 テーブルに向かうとレイラが少しワクワクして俺を見上げる。


「レイラもやるか?」


「やる!」


 今度は野菜を取り出してあげると、すっかり慣れたのか包丁セットから短めの包丁を取り出して、野菜を食べやすい大きさに切ってざるに上げていく。


 切られた野菜はシアが水場に運んで、一つ一つ丁寧に手洗いをしてくれる。


 肉と野菜はみんなが用意してくれるから、俺は飲み水を用意する。


 事前に買っておいた大きな瓶を取り出して、水場で目一杯入れる。そこに異世界フルーツのレモンに似たモレの実を切って入れる。


 レモンよりも少し強烈な酸っぱさになるから生では食べれないのに、水の中に入れるとエキスが広がって甘酸っぱくて美味しい飲料水になる。これも通称【モレ水】という。


 そういや、普段から歩き回るだろうし、大量に作っておくか。


 今日飲む分は確保して、また新しい瓶を取り出してモレ水を三本程作った。


 肉を焼いていたアレンが大事そうに焼いた肉をテーブルに持ってきて、レイラが一つ一つ丁寧に皿に分けた。


 ブロック肉は全部で五つ焼いて二つは俺で、子供達は一つずつだ。


 そこに野菜をふんだんに置いて、エンビ里特製ドレッシングをかけると完成だ。


「「「「いただきます~!」」」」


 みんなで手を合わせて食べ始める。


 狼肉の感想は、豚肉に近かった猪肉と違って、脂身が少ない代わりに、噛み応えがあってお世辞にも美味いとまではいかないくらい。というか大型猪の肉が美味しいだけな気もするが。


 食べやすい大きさにカットしているとはいえ、みんなずっともぐもぐし続けている。


 それが少しだけおかしくて、クスッと笑いがこぼれた。


「狼肉の調理法はもう少し勉強しなくちゃいけなさそうだな」


 いかにも「贅沢……」って視線を送るレイラだが、噛み応えがある肉をずっともぐもぐしていてか、何も言わなかった。


 こんな感じなら干し肉にしちゃった方が美味しいかもな。


 夕飯を食べ終えて、寝る前に干し肉のために狼肉を切って、いくつかの調味料を塗って風当りの良いところに並べた。

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