第31話 伝わる気持ち

「レイラ! あの煙って何か分かるか!?」


 俺が指差す方向にみんな視線を向ける。


「っ!? あれは猛毒雲よ!」


「くっ……!」


 スタンピードに勝って傷は魔法で治しているけど、疲労感が治ったわけではない。


 ここにいる冒険者や兵士達を逃がすよりも速く、猛毒雲に巻き込まれる。


「アラタおじさん! 私の結界なら止められるかも!」


「シア!?」


「大丈夫! ずっと休んでたから!」


 できればシアには休んでもらいたいけど、このまま何か手を打たないといけないので、お願いすることにした。


「シア。よろしく頼む」


「うん!」


「みんな! 毒雲がやってくる! こちらに集まってくれ!」


 大声で周りの人々をこちらに集める。


 あまりの突然な出来事にパニックを起こしながらも、猛毒雲の生々しい色と速度に驚いてこちらに集まってきた。


「シア! みんな集まったぞ!」


「あいっ!」


 シアがその場で祈りを捧げると周りに結界が張られる。


 その時――――遠くから大勢の人達が現れた。


 遠目からでも分かるのは、彼らが味方ではない・・・・・・ことだ。


「ひっひっひっひっ! 兵士どもがいないうちに略奪だ!」


 全員が卑猥な笑みを浮かべた荒くれ者達だ。


「山賊!? どうしてこんなところに!?」


 広がると思っていた猛毒雲だが、どうしてか俺達を包んだまま動くことなく停滞し続ける。


「頭! 兵士共が毒雲に飲まれましたぜ!」


「お前ら! 作戦通りに行くぞ!」


「「「「おー!」」」」


 山賊達が三つに分かれて町の中に広がっていく。


「…………レイラ。俺はこれから山賊を止めてくる。ここでシアをよろしく頼む」


 本当はこのまま毒雲の原因を見つけるべきだろうけど、その間に山賊達によって住民が犠牲になるのを避けたい。


「猛毒雲を飲み込むと大変なことになるからね!?」


「ああ。身体強化で一気に走って通り抜ける」


「アラタさん。僕も行きます!」


「アレン…………分かった。相手も二手に分かれているから、アレンにも頑張ってもらわないとな」


「はい!」


 アレンとレイラの頭を撫でてあげる。


「大丈夫だ。みんなを守ろう」


 二人も覚悟を決めたように力強く頷いた。


「さあ、行くぞ! アレン!」


「はいっ!」


 大きく息を吸い込み止めてから身体強化で猛毒雲を駆け抜ける。お互いの気配を感じながら迷うことなく真っすぐ前を向いて走り続けた。


 そして――――アレンと共に猛毒雲を抜けることができた。


「ぷはーっ!」


「アレン。よく頑張ってくれた」


 俺達はそのまま二手に分かれて山賊達を追いかけた。


 どうか山賊達を捕まえるまでに耐えてくれ……!



 ◆



 アラタとアレンが山賊を追いかけた後、しばらく時間が経過すると猛毒雲が晴れ始めた。


「ん? みんな……生きているのですか?」


 声がした方を睨むレイラ。


 そこにいたのは――――町辺境で錬金店を営んでいたマーレンであった。


「やはり……あの水晶も猛毒雲も貴方の仕業だったんですね! マーレンさん!」


「おやおや、誰かと思えば、同胞ではありませんか。まさか猛毒雲の中にいるとは思わず驚きましたが、同胞を手にかけなくて良かったです。それにしても…………なるほど。結界ですか」


 冷たい目をしたマーレンが見下ろす。


 普段薬によって人間の姿をしていた彼からは覇気一つ感じられなかったのだが、薬による効果を解除し、魔族の姿になったマーレンからは邪悪な気配がした。


「どうして魔族がこんなところに……!」


「このまま魔族と戦うのか!?」


 周りの兵士達が不安そうに語る。


 人々にとって魔族は恐怖の対象でもある。昔話として伝わる魔族は人々に絶望を振り撒く存在として有名であった。


「くくくっ。魔族と戦う? 何を言ってるんです? そこに――――魔族がいるのに」


 マーレンが指差した先には、レイラがいた。


 冒険者達も兵士達も大いに驚く。


 可愛らしいベレー帽を被っているレイラが、悲しげに俯いた。


 一緒に戦っていた人達から向けられる視線と、スタンピードから猛毒雲までの首謀者がマーレンであることに悔しくて涙が流れた。


「くくくっ。貴方達が信じたその女の子は魔族です! このまま貴方達も彼女の手によって殺されるでしょう!」


 声高らかに話すマーレンだった。


 ――――しかし。返ってきた言葉は意外な言葉だった。


「ふざけるな! 悪いのはお前であって、彼女ではない! 彼女はずっと俺達のために必死に戦ってくれたんだ! 彼女がいたから俺達はこうして無事にいられたんだ!」


「そうだそうだ!」


「お前なんかに負けるか! 俺達を守ってくれた女の子を守れ!!」


 レイラとシアを囲むように冒険者と兵士達が集まった。


 そのことにレイラは驚き、大きな目を見開く。


 魔族である自分が一緒にいることでアラタ達が白目で見られることが耐えられなかった。けれど、どこまでも見守ってくれたアラタのために、必死に冒険者を説得してここまで連れてきた。その上、必死に彼らを守るために自分が魔族の証である闇魔法を使い続けた。


 ただ守りたかった。


 その気持ちが彼らに伝わったことに、レイラの心の中に、大きな勇気を灯した。

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