第8話 迫りくる脅威

 落ち着いたからか安心したからか、はたまた疲れていたからなのか、三人の子供達が一斉に眠りについた。俺の胸の中で。


 五歳というのはまだこんなにも小さい体なんだな。


 三人をソファーに寝かしつけて、布団をかけてあげると、姉弟のように見える。


 子供達の過去を聞いて一つだけ引っかかる言葉があった。


 それは――――【忌み子】という言葉だ。


 アレンに関してはそれはなかったが、恐らく、レイラとシアが受けたものと似た感じがする。


 そこで女神様から受け取った手紙を再度読み返すと、しっかりと【勇者】【巫女】【魔王】という文字が確認できる。


 レイラは生まれながら魔力がないと言った。魔王なのにそれはありえるのか……? シアは巫女というならとても闇魔法に適正がありそうには思えない。アレンも勇者なのであれば、本来ならそういう栄光の道を歩けるわけではないのか?


 どうしてもここの違和感が拭いきれない。


 女神様の手紙とみんなが持つはずの才能を考えたら、あまりにも不相応・・・・・・・・だ。


 そんなことを思っていた時だった。



 ――――ドカーン!



 重低音が響いた後、地面が揺れる。


 それに子供達が慌てて起きて周りを見回す。


 急いで窓の外を見ると、里の外に大きな黒煙が上がっており、大勢の人達が右往左往している。


「外で爆発が起きたみたいだ」


「お、おじさん! 何にか凄く嫌な予感がする!」


 シアは【巫女】という才能を持つはず。俺が知っている通りの巫女なら神託を受けたりするはずで、彼女の勘というものは無視できない。


「爆発を見てくる」


「アラタ!?」


「大丈夫だ。昨日見ただろ? こう見えても多分強い。多分」


 それよりも、俺が離れている間に子供達が何かに襲われた時が大変だ。


 ふと、昨晩の結界について知識を持っていたシアのことを思い出した。


「シア。昨日話していた【結界】というのが使えるか試してもらえるか?」


「えっ?」


「大丈夫。シアとレイラとアレンを囲えるくらいの大きさでいい。俺が離れている時だけ張れるくらいの小さい【防御結界】だ」


「で、でも私……闇魔法に適正が……」


「シア。それは適正を調べただけで、実際使ったわけじゃないんだろ? ならシアの本当の力がどんなものなのかは誰も知らないはずだ。何故か俺はシアが【結界】を使える気がするんだ。頼めるか?」


 そう話すと、シアは覚悟を決めたように大きく頷いて「やってみる!」と話して目を瞑り、両手を重ねて祈り始めた。


 程なくして、シア達の周りに綺麗な水色の箱が覆われた。


「おお! ちゃんとできるじゃないか!」


「わ、私……できた?」


「よくやった。シア。レイラとアレンはシアをしっかり守ってあげてな。行ってくる」


「あ、アラタ……! し、死なない……で……お願い……」


 ったく。五歳だというのに、この子は大人というかなんというか。


「心配すんな。俺を信じろ。絶対に帰る」


 目に大きな涙を浮かべたレイラが頷く。


 俺は急いで宿屋から外に向かった。


 ◆


 外には焦げた匂いが広がっていて、遠くから怒声に近い大声が響き渡っていた。


 何かに襲われている……?


 意外にも冷静な判断が下せるのは、転生した時のステータスとやらのおかげなのか、はたまた守りたいものができた俺の覚悟なのか。


 急いで里の玄関口に向かって走り込むと、高まった身体能力で一瞬でたどり着いた。


 中には既に大ケガをした獣人族が何人もいて、多くの人が薬草で止血をしている。


 外を覗くと――――そこにはおぞましい巨大な魔物が暴れていた。


 以前出会った大型猪は魔物ではあったが、まだ動物ベースだったので恐怖はそれ程感じていない。


 でも今回襲って来た張本人の魔物は三メートル程の身長を持つ熊の巨体で、顔は獅子、二つの尻尾が蛇そのもの、胸部分には恐ろしいヤギの頭部がある。さらに全身から禍々しい黒と紫のオーラが見える。


 こういう色んな種類が混じり合ってるのって確かキメラと呼ぶんだっけ?


 熊キメラ魔物は、ヤギが炎を吐いたり、蛇が毒のような紫の液体をばら撒いている。


 衛兵達も懸命に戦ってはいるが、まるで歯が立たず、ケガ人が次々増えていく。


 悩む前にまず俺に出来そうなことをする。


 猪にしたように、右拳に全力を込めて飛び込んで、キメラ魔物の腹部を全力で殴る! ――――がしかし、ドカーンと大きな音が響いただけでキメラ魔物はびくともしない。


 むしろ、全ての顔が俺に向いた。


 直後、左側から熊の鋭い前脚が俺を叩きつけた。


 一瞬の出来事に全身が揺れて、俺の体は魔物から十メートル程吹き飛ばされた。


 頭がクラクラする中、何とか起き上がる。キメラ魔物を見つめると、全ての視線が俺に釘付けになっている。


 ということは、少なくとも俺の殴りはダメージになったってことか。


 体の無事を確認してみると、全身に痛みはあるものの、大きなケガはない。


「おいおい、女神様よ。ある程度戦えるようにしてくれたんじゃないのかよ…………こんなわけのわからん魔物にやられたんじゃ、レイラとの約束を守れないじゃねぇか。レイラを泣かせたら……承知しないからな! バカ女神様!」


 ああ……前世で格闘技なんて学んでおけばよかった。誰かと殴り合ったことなんて、子供の時ですらないから人生一度も戦ったことがないんだよな。なのに、俺はどうして立ち向かうのだろうか。


 レイラのことを考えれば逃げるのが一番だ。でも、俺が逃げたらまた大勢の人が大ケガをするし、既に死者が出ているかも知れない。


 つくづく自分がこんなお人良しだとは思わなかったな……。


 キメラ魔物に向かって二度目の攻撃を始める。


 今回は無鉄砲に殴るんじゃなくて、とにかく手数を増やそう。


 冴えているからか、魔物の動きが良く見える。むしろ、遅いまである。


 立っている後ろ脚を蹴り飛ばして、俺に向かって叩き込まれた左前脚の攻撃を後ろに飛んで避けて、全力で右パンチ。


 っ!? 蛇を忘れていた!


 蛇は自分の体を尻尾みたいに振り回して、俺の体に叩き込まれた。


 い、痛ぇぇ…………。バカ女神……何とかしてくれないのかよ…………ちくしょ……!




 その時、遠くから、声が聞こえて来た。




「アラタあああああ! 負けるなあああああ!」


「おじさああああん! 頑張れええええええ!」


「アラタさあああん! 頑張れええええええ!」


 宿屋から窓を開けて俺に声援を送る子供達の声だ。


 ははは……こんなところで負けてたまるか。子供達を守るって誓って早々死んでたまるか。いや、この先も絶対に死なないし、俺は子供達と生き抜きたい。


 ワクワクした異世界ライフとは全然違うけど、子供達に出会えて本当に嬉しかったんだ。


 ――――だから! 俺は! 負けん!
















《才能【絆を紡ぐ者】が開花しました。才能【魔王】を確認しました。》
















「くたばれえええええええ!」


 体の中から力が湧き出る。


 右拳に今まで感じたことのない眩い黒光が灯り、俺はそれを魔物に全力で叩き込んだ。
















 ――――――ドガガガガガガガガ!
















 俺の右手が叩き込まれたキメラ魔物は、黒い波動と共に姿形一つ残らず、散り散りとなって消え去った。
















「約束! 守ったぞおおおおおおおおおお!」




 そして、俺はその場で意識を失った。

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