第50話:ショウカクシケン_チュウ_4
心底意味のわからなさそうな顔をして、実川は改を見ていた。反対に、改はなにがわからないのかわからない、といった表情でそんな実川を見ている。
「僕はそうだな、【死】に関わる仕事をしているので、そういうのも必要なんですよ」
「い、いや……お前が今してるのはただの暴力だろ……?」
「失礼な。仕事ですよ? 今日の僕の仕事は、『実川さんを自由に殺すこと』なので」
「……そんなのが許されてたまるかよ……!」
「あれ? 実川さんだって、何人もの人間を休職や退職に追い込んで、それでも給料もらってましたよね? ……中には、自殺した人もいたとかいないとか。なんで会社は実川さんみたいな人野放しにしてるんでしょう?」
「そ、それはそいつ等が弱かっただけだろ!? 俺は関係ない」
「じゃあ、強かったらなにをしても良いんですか? 今の僕、どう考えても実川さんより強いですよ?」
「卑怯者が!」
「えーっと。どうしよっかなぁ。やっぱりナカは見てみたいし、ちょっと触ってみたい気もする……けど、変な病気貰ったら困るし」
「なんの話してるんだよ!?」
「いきなりお腹捌いたら、普通に死んじゃうよな……? まずは違うやりかたをしたほうが良いのかも」
「まて、待て待て待て待て! そ、そうだ! 取引だ! 取引をしよう! な!?」
「取引?」
「そうだ! ホラ、お前今どうせ無職だろ? だっ、だから、俺が口利きしてもう一度入社できるように掛け合ってやるよ!」
「や、だから、僕今仕事中なんですって。してますよ? 仕事」
「こんな仕事があってたまるかよ! ふざけるな!」
「んんー……立派な仕事ですし。実川さん、月給いくらです? 僕、月百万以上もらってますし、めちゃくちゃ福利厚生優遇されてますよ? 住む場所にも困らないし、会社の人はみんな優しいし、実川さんみたいに無能なくせに偉そうな人もいないですし」
「……」
「僕の性にもあってるのに、わざわざあんなクソみたいな会社のクソみたいな上司の元に戻るわけないじゃないですか。実川さん、頭悪いんです?」
やれやれといった様子で話す改とは反対に、実川の様子は唖然としている、という表現が正しいのだろう。実川はなにも言い返すことができずにじっと改の顔を見つめていた。嬉々として『実川にとってはおかしなこと』を話す改を、理解しきれないのだろう。
「あ、決めました。『どこを刺したら一番喚くか』」、これにしましょう! 神経集中してるから指と爪の間が痛いってよく言うけど、他にも痛いとこあるのかな? って。素朴な疑問の解消に付き合ってください」
「や……嫌だよ! 嫌! そんなの付き合うわけないだろ!?」
「やる以外の選択肢、実川さんにはないですよ?」
「やらん! 俺はやらんぞ! さっさと開放しろ! 今ならまだ許してやる!!」
「許してやるって……。なにをですか?」
「俺をこんなところに連れてきて暴力を振るったこと! 俺と会社に対する暴言だ! 今開放するなら警察にも通報しない!!」
「……ふーん」
「死ぬまで黙っててやる! さぁ! 早く!!」
この状況でまだ強気になれる実川は、とんでもない精神力の持ち主なのかもしれない。まだ改が自分の言うことを聞くと思っているのだ。
切られた指の痛みなどとっくに忘れて、どうにか逃げ出すことができないかと必死に探っている。出血と吊るされたことで血の気が引いた指は、もうあまり感覚がないのかもしれない。
「……なんというか、元気ですね」
「……なんなんだよお前は! なんで俺の話聞かないんだよ!」
「聞く必要がないからです。じゃ、失礼しますね」
「嘘だろおいやめてくれ嫌なんだよ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!!」
「あのね実川さん。ずーっと間違えていることがるんですよ」
「は?」
「今この場でのヒエラルキー、自分が一番上でその次があの三人同列、で、一番下が僕だと思ってません? 僕が一番上で、一番下は実川さんですよ? ……そこ間違えなかったら、もうちょっとマシな死にかたできたかもしれないんですけどね。ご愁傷様です。――でも、自業自得ですよね」
これを含むデスゲームの参加者は、ゲームが進むにつれてハイになるのか、それとも色々なものを諦めるのか。早口になって流暢に喋る者が増える。それは改も例外ではなかった。彼の場合は今まで抑えてきたものが爆発したのかもしれない。退職したことで関係が断ち切られ、関わりのない赤の他人になってからようやく言えるようになった。上司と部下という立場でパワハラをされた改は、他にも同じようにパワハラをされている社員を見て『これは当たり前だ』と認識していた部分があり、とっくに心の感覚は麻痺していた。その麻痺が今、消え去ろうとしている。
「これね、さっきなんかめちゃくちゃ太い針みたいなの見つけたんですよ。これ使いましょう!」
「いや……や、やだ……す、すまなかった! 俺が悪かった! だからもうやめてくれ!」
「……やっぱり謝る時は『ごめんなさい』じゃないですか?」
「ごっ……ごめんなさい……!」
「誰が悪いんでしたっけ?」
「俺! 俺だ! 俺が悪かった! だから――」
「僕も結構、実川さんに謝ってきたと思うんですよね? 以前の職場で。――で。一度でも実川さん、俺の話聞いてくれたことありましたっけ?」
「そ、れは」
「一度でも、謝罪を受け入れてくれたこと、ありましたっけ?」
「う、あ、あぁ」
「もうさ、最初からここまで、態度も言葉も変わり過ぎだし、実川さんのことまったく信用できないんですよ。……あ、嘘だ。同じ職場で働いている時から、実川さんのことは信用できませんでした。なので、僕は実川さんの話を聞く気は一切ありません」
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