第10話:アタラシイカイシャ_5
改の頭に、上司の顔が浮かんだ。同時に、また涙がでそうになる。――いた。ここに。生まれて初めて、殺したいと思った人間が。
「……います。一人だけ」
「そうか。答えてくれてありがとう。しばらくは嘉壱の管轄だ。……オリエンテーションのときに会おう。それじゃあ、また」
「失礼します! 本日は面接、ありがとうございました!」
挨拶をして、改は社社長室をあとにした。重厚なドアの向こうへ進み、もう一度振り向いてお辞儀をしたあとで、ドアが閉まり面接の終わりを告げた。
「――こちらこそありがとう。改君。……君が、第一ステージで脱落しないことを、私は強く願っているよ」
部屋を出てすぐ、嘉壱はいた。改を見送ったとき告げた通りに。
「……どうだった?」
「え、えっと、入社を、決めました……」
「おめでとう! そっか、そっか! 耐性あったんだな改君!」
「そうみたい……? ですね……?」
「それじゃあ早速書類を書いて! 入社に必要だからね! 寮の手配と、あとは引っ越しかな。よし、このあと、時間ある? もし平気ならやれること全部やっていかないか? 我が社は明日からでも、改君の出社を待っているよ!」
「だ、大丈夫です、はい。なので、お願いします……」
「オーケーオーケー。……ところで、社長からどこまで説明があったの? 最初はアルバイトだって聞いた?」
「えっ、聞いてない、です……どうしよう……」
「あー! やっぱり! バイトってのに、ネガティブな意味はないからね。むしろ、社員という言葉に囚われがちになるから、救済措置でもあるのさ。言葉の重みがさ、人によっては大きく違うだろう? ……なんというか、もう一度俺が説明したほうが良さそうだなぁ」
「お願いします、嘉壱さん」
「……なんか改君、弟みたいで可愛いな……? まずは書類からだけど、そこに色々と大事なことも書いてあるし、一緒に俺が説明しよう」
嘉壱に案内されたのは、ビルの一室だった。応接室のようで大きなソファとガラス張りのテーブルが置いてある。
「これが入社条件の書類と、入社時の誓約書。で、この辺が仕事についてと、施設についての説明ね。昇格試験は……聞いてる?」
「あるということだけは聞きました」
「俺も行きにちょっと話したよね。基本的に、ステージ……うちでは役職のことをステージ、って呼んでるんだけど、これをあげるためには試験があるの。まずは、入社してからの試用期間がひと月で、そのあとにある正社員への昇格試験が第一ステージ。改君がまず通る道ね」
手元にある資料とリンクして、嘉壱の説明が入る。ステージは幾つかあり、上へ行けば行くほど難しくなること。中には一日で終わらない試験もあること。昇格は任意であるため、正社員への昇格以降は自由選択になること。上へあがることが難しいぶん、手当がさらに厚くなっていくこと。機密事項が多いため、基本的に外部への漏洩は厳しく禁じられており、漏洩が発覚した場合は首が切られること。命の危険がある仕事も含まれる可能性があること。配属される部署は幾つかあり、改の配属が予定される部署は、周りから【護人-もりびと-】と呼ばれていること。ある程度の耐性と精神力が必要となり、自身に問題が生じたと感じた場合は、すぐに上司もしくは相談できる人間に声をかけること。
「……なかなか、凄い内容がさらっと書いてありますね……?」
「そう思うよね。……もっと説明してくれて良かったのになぁ」
はぁ、と嘉壱は大きく溜め息を吐いた。
「つ、続き読みますね!」
改は『社長に否はない』とでも言うように、書類を読み進めた。
基本的に、バベルの塔を囲う壁の中で生活をすること。壁の外へ出るときは持ち出し物に機密事項が含まれないか検査を行ったあと、会社支給のデジタルウォッチをつけてから門で外出のサインをして出ること。給与は振り込み式で、すべて会社が用意した口座に振り込まれること。町の中の支払いはデジタルウォッチを使用すること。
そういえば、嘉壱はカフェでの支払いに現金を使用しておらず、腕に嵌めた時計でしていたことを、改はふと思い出した。
「住所は履歴書の通りで間違いない?」
「はい、間違いないです」
「すぐにでも引っ越しの手配をしても良いかな?」
「構いません。そもそも、そんなに物も置いていないので……。ごみは捨てないといけないですが、今すぐにでも入寮できるくらいには、なにもないですね」
「凄いなぁ。俺なんか逆に、ものがあふれかえった部屋に住んでるよ。……もしかして、運び出しとか業者に全部やってもらっても平気?」
「はい、大丈夫です。……あ、でも、退去の連絡とか、ガス水道……」
「その辺も一括でやっちゃうから」
「それなら、大丈夫です」
「必要なもの……まぁ、そんなに荷物が少ないなら、ごみ以外全部持ってきてもらうか。不用品はあとから大きなモノでも捨てられるから」
「お願いします、なんですけど、一番大きなものが……」
「どうした?」
「休業中なので。僕、まだ今の会社に在籍中なんですよね……」
「あぁ、それか。大丈夫、改君は気にしなくて良い。今どき、退職代行なんて職があるくらいだから。任せておいて」
「はい!」
「オッケー。じゃあ、問題なかったら書類にサインしてね」
「わかりました」
読むスピードを速め、一通り目を通す。小さな文字が詰まっていて、読みづらい部分もあった。もしかしたら飛ばしてしまったかもしれないが、サインをする文面はきちんと読むことができたと思い、改は丁寧に自分の名前を署名欄に書いた。嘉壱はどこかへ連絡を入れると、改の署名が終わったことを確認する。
「これは預かっておくね」
「――それで、あの、仕事の内容なんですが」
「そうだな。改君には、まず簡単なゲームから見てもらおうかな? 護人のいる部屋に行こうか」
「あ、はい。デバッグかなにでしょうか?」
「……いや? ――え。まさか、聞いてないの?」
「え、っと。ゲームを見守る、みたいな話は聞きましたが」
「あっはっは、人が悪いなぁ。くくくっ、あぁ、ゴメンね? ゲームはゲームでも、デスゲームだよ? もちろん、リアルな、ね」
「デス、ゲーム……?」
「そう、デスゲーム。聞いたことあるでしょ? リアルタイムで、今まさに生きた人間同士で行われているデスゲームを、企画運営しながら最後まで見守ることが僕たちの仕事だよ」
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