第9話:アタラシイカイシャ_4


 綺麗な顔の三律のその口から、エロと言う単語が飛び出したことに、改はまず驚いた。――そこから考えてみる。もしかして、ゲームのデバッグ作業でもするのだろうか。バグを取り除くためには、同じイベントでも何度も違うルートから見なければならないかもしれない。あとは、難易度調整。あまりにも死に過ぎてしまっては、ゲームオーバーになり過ぎてしまっては、みんながゲームを放り出してしまうだろう。そして、恐怖度やエログロ度。怖さやエロさグロさを謳っていても、煽り文句から乖離するほどに内容が弱くては、きっとバッシングの嵐、低評価の嵐になってしまう。逆に高すぎても、これまたクリアできずに投げ出す人が続出するだろう。コアなファンは残るかもしれないが、続編を作ろうとしたら採算が取れなくてポシャるかもしれない。それに、エロゲーでエロが少なかったら、ガッカリ感も半端ないだろう。


「大丈夫です。問題ありません」

「そうか、それなら良かった」

「あ、あの、質問よろしいでしょうか?」

「もちろんだ。遠慮なく聞いてくれたまえ」

「……独身ですか?」

「独身だ。なんなら彼氏もおらん」

「マジで!? ……ぁ、すみません」

「構わん構わん。……こんな仕事をしているからだろうか。なかなか出会いもなくてね。改君は、彼女がいるのかい?」

「い、いえ。僕も彼女はいませんし、結婚もしていません」

「なんだ、同じじゃないか。……案外、私たちは一緒かもしれないね」


 ふわりと優しい笑みを三律が零した。それはどこか物悲しくて、なにかを憂いているような。そんな笑顔でもあった。


「他に質問は良かったかな?」

「あ、ええと……具体的には、どんな仕事を……」

「そうだな。私が改君にした質問で少し伝わったかもしれないが、とある【ゲーム】に関する仕事だ。エロにグロ、ホラー要素には高い耐性が必要かもしれない。もしくは、無になって、他人や物事に対して一切無関心になれる人間。苦手な人間だと、すぐメンタルにくるだろうからね。発狂するかもしれないし、死にたくなるかもしれない」

「そ、そんなにですか!?」

「あぁ、そんなに、だ。大袈裟じゃないし、脅しでもない。改君がきちんと答えてくれたからね。私もそれに従うよ。……だが、あう人間にはこれほどまでにない天職だと思うぞ? 少なくとも私には天職なんだ。実際に見てもらうのが良いんだろうが、機密事項に社外秘が多くてね。まだ部外者の君には、見せることができないんだ、申し訳ないが」

「いえ、そんなことは」

「ゲームの中で繰り広げられる内容を見守ったり、ときにはそこに手を差し出したり。あとは自分たちでゲームシナリオを書く社員もいるし、怖いもの知らずは参加したりもするね。……そうだな、駒やアイテムの調達作成、終了後のケアも業務に入るだろう。たまには他の社員のヘルプに入ることもあるかもしれない。ビルの大きさからわかるかもしれないが、一定数の人間が我が社で働いている。残っている人たちみんな、適合者だと思っているよ」

「な、なるほど……?」

「面白いと思える人間は、きっと我が社で死ぬまで働きたいと思うだろう。だから、定年はないんだ。……こちらから、ごめんなさいをすることはあるけどね。あまりにも職務態度が悪ければ、残念だけど首を切ることもある。役職が上がるときは試験もあるし、一筋縄ではないが。そのぶん、給与を高く設定したり、周りの環境を充実させている。私には、社員のメンタルケアをする義務があるし、こちらとしても長く楽しく働いてほしいからね。精神的、肉体的な疲労が高いぶん、納得してもらえるような制度や待遇にしていると自負しているよ」


 心なしか、三律の瞳がキラキラと輝いて言えるように見えた。本当に、今の会社が、この仕事が転職なのだろう。


「……他にはあるかな?」

「……僕でも、入社できますか……? あの、まだ履歴書も渡してませんし」


 改は鞄の中からファイルを取り出すと、中に入った封筒を取り出した。中身は履歴書だ。


「……忘れていた。教えてくれてありがとう。拝見するよ」

「お願いします」

「休職中、なのかい?」

「……はい。や、やはり、不利でしょうか……?」

「いいや? まったく? ……理由は聞いても問題ないのかな?」

「はい。……お恥ずかしい話ですが、その、パワハラのようなものを受けまして……」

「なんてことだ。……誰にだい?」

「直属の上司、です」

「相談する人はいなかったのかな?」

「社内では仕事をしていなくて……出向という形で働いていたのですが、なかなか、その、自社との接点もなく……」

「そうかそうか。……それは、大変だったね」

「ありがとう、ございます」

「むしろ、よく我が社の求人に応募して、面接まで来てくれたね。会社というものに関わることは、きっと怖かっただろうに。ありがとう。この状態で一歩を踏み出せる君は、素晴らしいと思うよ」

「そんなことは……」

「……おやおや。ハンカチ、いるかな?」

「うぅ……だ、大丈夫、です……」


 想定外に投げかけられた優しい言葉に、改は涙した。そんなことは思いもしなかった。弱い自分は駄目なんだと思っていた。もしかしたら、社会に迷惑をこれ以上かける前に、死んだほうがマシなんじゃないかと。それくらい思い詰めていた。


「話を聞いて、履歴書を見たうえで、我が社としては、是非一緒に仕事をしたいと思うけどね。改君は、どうだい?」

「わ、私は……」

「即答しなくても大丈夫だよ? 幾らか時間をおいて……」

「入社させてください! お願いします! 一緒に、この会社で仕事をさせてください!」


 叫ぶような大きな声。立ち上がって大きくお辞儀した。まだ涙は止まっておらず、鼻声にもなっている。ここしかない。この会社しか。


「あ、はは! 嬉しいよ改君! ……我がAngeliesへようこそ。歓迎するよ、灰根改。一緒に、より良い会社にしていこう」

「よろしくお願いします!」

「早速で悪いけど、君には入寮してもらいたい。できれば、すぐにでも」

「わ、わかりました」

「引っ越しはこちらで手伝うよ。……外で、嘉壱が待っているだろう? 彼に『入社が決まった』と言うと良い。これからのことは、彼が面倒見てくれる」

「はい!」

「そうだ、最後に」

「なんでしょう?」

「君は、『人を殺したい』と思ったことはあるかい?」

「え……。それは、ない、ですね」

「じゃあ、質問を変えよう。君には『殺したい人はいる』かい?」

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