第20話:モリビトノシゴト_チュウ_4
『――運営さん? どこかで聞いているんでしょう?』
『お、おい!』
『ねぇ、もしアタシたちが無事に鬼に勝てたら、私には『ちゃんとロキアと別れること、そしてホストに貢がないこと』って言ってくれない? このオッサンには『ちゃんと奥さんにリストラされたことを報告すること。謝るときは黙っていたこともきちんと謝ること』って伝えてくれない? この部分、記憶無くなったら困るのよ。指切りしたから』
『そんな話、聞いてもらえるのか……?』
『ダメ元よ、ダメ元! どうせゲームが終わったら、アタシたちは死んでるかゲームの記憶がないかの二択なんだから。こんなお願いしたことも覚えてないのよ?』
『話を聞いてくれるとは限らないんだぞ?』
『だーから! なに聞いてたのよオッサン。だからダメ元なんだって! 生きて帰れて教えてくれなくたって、アタシたちは不思議に思わないんだから。……ま、それくらい構わない……って思ったら、よろしく運営さん』
『わ……私からも、よろしく頼むよ……』
『やだ、ありがとオッサン』
友情かなにかが芽生えたのかもしれない。小さ過ぎて見えないドローンとは逆の方向を向いて、男性は深く頭を下げた。それを見た女性も、同じように頭を下げている。
「なるほど……。これは私も初めての展開だね。……どうだろう? 観客のみなさん。このお願い、聞いてあげるかい? それとも、やめておくかい?」
「投票です~」
「リンリンは、聞いてあげても良い……って思うな」
「投票時間は十秒! 万が一ゲームが進行していったら困るからね。教えてあげる、あげないの二択で、アンケートスタート!」
丙の言葉を合図に画面に表示されたのは、【教える】【教えない】のふたつの言葉だった。その右隣にスペースが空いており、スタートの言葉と同時に、言葉の横から右に向けて棒グラフのようにゲージが伸びていった。早いスピードでゲージが動いている。それだけ動くということは、かなりの人数がこの配信を視聴しているのかもしれない。
「――三、二、一――終了! さて、投票の結果は? ――わお、凄い僅差だったんだね。【教える】は五十一パーセント、【教えない】は四十九パーセントで、【教える】に決定したよ! 良かったねCちゃん! ダメ元でお願いしてみた甲斐があったよ! ……って、まぁ、この話も聞こえてないんだけど。えー、みなさん。短い上に急でしたが投票ありがとうございました! もしこの二人……もしくはどちらかが無事生還した際には、先ほどの話を伝えることを約束します!」
「……良かったね」
「ふふふっ。聞こえないのが残念です~」
この結果を知らない二人は、画面の向こうでまだお辞儀をしていた。満足したのか、もういいと判断したのか、頭をあげると二人で同じ方向に歩き始めた。
「子が歩き始めた! このまま鬼にぶつかるのか!?」
「……探り探りだね。なにか狙いがあるのかも」
「もう残り二十分まで来ましたもの~。お互い急がないと、ゲームオーバーになっちゃいますもんねぇ~」
もがなの言う通り、ここまで来るのに更に十分経過し、残り二十分となっていた。そろそろこのあとどうするか作戦を立てるか、相手を見つけなければならない時間だろう。
画面に映し出された子二人は、想定通りこのあとどうするかを話し合っている。二人居れば挟み撃ちできるが、どちらが囮になるか。それとも、二人同時に鬼を襲うのか。武器はナイフしかないのか。他に使える物はあるのか。鬼はどんな相手なのか。どんな相手でも怯むことなく戦うことができるのか。
まだ一度も鬼に遭遇していない子二人にとって、鬼の存在は未知の恐怖であった。鬼の性別も年齢も、身長も体格も知らない。自分たちで勝てるレベルなのか。そもそも人間であっているのか。自分たちはナイフを持っているが、鬼も武器を持っているのか。それともなにも持っていないのか。想像もついていなかった。
……二人は、これから想像もつかない相手に勝負を挑みに行くのである。
それは鬼も同じことではあったが、決定的にこの二人と決定的に異なっていたのは、既に二人を殺しているということだった。体格にも能力にもそれなりに恵まれていた鬼は、躊躇うことなく人を殺している。今はもう、立派な殺人鬼と化していた。死体の損壊も気にせず、自分のやりたいように玩具にして、また次の獲物を探すべく歩みを進めていた。拭いきれなかった血は乾き始め、それでも生臭いニオイをまだ発している。着ている服だけでなく頭に被った麻袋にも血が付いており、一目で【対峙せず会ったら即逃げ出すべき相手】と自己紹介しているようだった。更に、その麻袋に開いた穴から覗く目は赤く充血していて、さながらホラー映画に出てくる殺人鬼であった。
ここまで何事もなく画面を見続けている改でさえ、彼の異様な風貌には少し顔をしかめた。人間味が薄くなり、まるで怪物を見ているような気分になる。B級のホラー映画のように、逃げ惑う人と追いかける殺人鬼。麻袋が演出に一役買っている。演技ではないぶん、下手なスプラッター映画に比べたら面白いかもしれない。
映画であれば、きっとこの二人は死ぬだろう。得体の知れない殺人鬼に追われ襲われ殺される。――残酷に、容赦なく。もしくは、一人だけ逃げ出すことができるかもしれない。……その場合も、倒したと思った殺人鬼が蘇るかもしれないが。
それは、改が求めるようなものではなかったが、心のどこかでこれから起こるだろう出来事に期待していた。僅かな時間で改の心は鷲掴みにされている。画面の向こうで起こっていることは、作り物ではなく本物なのだ。最後まで見なければ、きっと後悔するだろう。そういう考えも浮かんでいた。
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