第21話:モリビトノシゴト_チュウ_5


 「そういえば嘉壱さん」

「なんだい?」

「あの人たちは、どうって集められたのでしょう? 自分の意志でここに来たんですよね?」

「あぁ、そんなことか。パターンがふたつあってね。ひとつはゲーム用に人を連れてくること」

「それって……」

「非合法かな。いなくなっても誰も困らない人間。寧ろいなくなったほうが良い人間。……君の知らない世界だと思うけど。ひとつは、そんな感じ」

「触れてはいけない……そんなのですか?」

「そうかもね。……もうひとつは、改君と同じ求人誌を読んで、だよ」

「えっ……?」

「君が見た求人は、こちら、運営側の求人だったけどね。……そうだな、給与の部分が【月給】になっていただろう?」

「え、えぇ」

「そこがまず違っているね。【日給】になっているんだ。それも、改君が見た月給よりも設定の高い」

「運営側でもよっぽどの額だと思いましたよ……?」

「ゲーム参加を決めるのは、切羽詰まった人間だからね。欲に目が眩んでもらったほうが、こちらとしても都合が良い。だからだよ」

「なるほど……?」

「リスクがあることは書いてある。……まぁ、正確な内容は伏せてあるけどね。この求人はほとんどないよ。でも、そのうちこっちが主流になる」

「そんなことがあり得るんですか……? だって、娯楽のために人を殺すって……」

「正確には少し違うんだ。……この辺は、もう少し時間が経ってからにしよう。今話しても、頭がパンクしてしまうと思うよ?」

「……」

「身も蓋もないことを言えば、いくら耐性があったって、外部に漏れないからといって、すぐに『僕は毎日殺人が行われている職場で仕事をしています』『どのように人が死んだら観客は喜ぶのかを研究しています』『例えどんな死にかたをしたとしても、余すところなく実況し配信しています』なんて認めるのは難しいと思うけどね? ……だからこそ。未経験歓迎な圧倒的な給与と待遇なんだけど」


 今更ながら、改は自分の置かれた立場を理解した。どこか他人事のようにゲームの行方を見守っていたが、ここで仕事を始めればそれは日常になる。自分が丙たちのように観客に向けて言葉を発していることを、自分もしなければならない。同じ画面越しに見ているはずなのに、映画とは違うこの光景を毎日見続けることを、果たして自分は日常にすることができるのか。改は辺りを見回しながら考えていた。


 そして、急な寒気と胸の動悸が改を襲った。言葉にできない気持ち悪さと眩暈。身体が引っ張られるような、冷たくて尖った説明もできない感覚。息を止めたらそのまま意識も無くなってしまいそうで、改は目を見開いた。チリチリと耳の奥が痛む。我慢できずに唾液を飲み込む音が頭に響く。当り前の説明をする嘉壱の存在が遠く感じる。


「……ごめんなさい。僕は今、自分のことが怖いと、この仕事が怖いと、初めて思いました……」

「現実として現状を見ることができた、ということだよね。今までゲームを見てきたけど、どこか非現実だった。信じていなかった。他人事だった。そんなところじゃないかな? 一番最初に疑問に思わないといけなかった感情に、ようやく今気が付いたんだろう? 『どうして自分は今、なんの疑問も持たずにこの状況を楽しんでいるんだろう』って」

「そう……そう、ですね」

「おかしな求人に申し込んで、訳のわからない町に向かって、あり得ない建物の中で転職が決まったと思ったらそれがデスゲームの監視役で。ゲームを見ても吐くことも気を失うことも、嫌悪することすらせず、さも当たり前のように、なんなら展開がどうなるのかと楽しんで観戦している。……ツクリモノに見えていたよね。耐性は本当にあったかもしれない。だからこそ、ツクリモノに見えて、どこか心の底ではこのゲームを否定しているのかもしれない。『そんなことを言ったって、どうせ本物じゃないんだから。自分は平気なんだ』ってね」

「……ゲームや映画、漫画と変わらない。……そう思っている部分は確かにあります。……ただ……」

「このまま仕事をするのは良くないよ。現実に戻してあげる。――あぁ、決して意地悪なんかじゃない。改君が今疑問に思っていることを解消したいだけなんだ。じゃないと、この先続かないからね。このままの状態だと、いつか現実と向き合ったときに、壊れてしまうから。――改君が」


 嘉壱が丙へ視線をやると、丙はコクリと頷いた。


「残り二十分を切って少し経ちましたが、歩き始めたとはいえまだ両者出会う気配はありませんね。少し、お手伝いをしてあげましょう。――道を減らします。既に子が死んでいる場所は閉鎖します! 道はいくらでもあるから、塞いだところで出会えない! なんてことにはなりません。計算して閉鎖しているので、出会う確率は閉鎖前よりグッとアップします! だからと言って、子が逃げ切れない、と言うこともありませんのでどうぞご心配なく!」

「親切です~」

「これでゲームが進む」


 大袈裟な動きで、丙が機械の中のスイッチをひとつ押した。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


 すると改のはめているイヤホンの中から地響きのような音が聞こえてきた。同時にモニタには、迷路の壁が天井へと向かって伸びている映像が映し出されている。


『……あ? なんだこれ。……上の空間が潰されてんじゃねぇか。狭ぇな。……空気通るのか? ……さっさと探さねぇとまずそうだな。めんどくせ』

『ちょっと! なによこれ!』

『動かないほうが良い! 揺れがおさまるまで、身体を低くして!』

「両者さすがに異変には気が付くよね。……でも、前まで通れた道が通れなくなっていることには、気付くのかな?」

「前に進むか後ろに戻るか~。時間もありますし、命運がわかれそうですねぇ~」

「面白いほうが好き」

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