第22話:モリビトノシゴト_チュウ_6
ガシャン――という大きな音と共に、壁は天井まで届いた。今までドローンであれば壁の向こう側の景色も映し出せていたのが、隙間がなくなったせいでドローンでも先の映像はとれなくなっていた。
「これは……」
「閉鎖して、移動エリアを制限するんだよ。じゃあ行こうか」
「行こうか……ってどこに……」
「会場」
「え?」
「ほら、早く」
「え、あ、あの」
「みんな、あとはよろしく」
そう言って嘉壱は、改のはめていたイヤホンを外すと、改の手を引いて部屋を出た。
「ど、どういうことですか……?」
「ミノタウロスの迷宮は、実験棟の地下にあるんだよ。今からそこに行く」
「い、行ってどうするんです……!?」
「生の会場を改君に見せてあげようと思って。疑問に思っているんだろ? 今の自分を。この状況を」
「それは」
「それならば、実際の環境に触れたほうが良い。本当に、耐性があるのか、これが現実に起こっていることなのか、をね」
「え、それで、もし気持ちが変わらなかったら……」
「きっとなにかしらの変化はあると思うよ。気持ち的にはね。頭や身体は受け付けないかもしれないけど。それならそれで、安心できるんじゃないか? 普通の人と同じだと。吹っ切れたらラッキー、なんとなくいけるかもしれないでトントン、変わらなかったら……まぁ、そのときはそのときだね。自分の素質に驚きなよ」
「そんな無茶な……」
「とにかく行くよ!」
エレベーターで階を下り、大きな窓の外に広がる無機質な建物群を見て、改は目の前に広がっているそれが実験棟であることを理解した。数少ない渡り廊下を通り、電子キーでロックされた扉を抜けて実験棟のひとつへと足を踏み入れると、先ほどはまったく違う空気に改は息を呑んだ。明るいライトに照らされているはずなのに、同じ景色の続く廊下はどこか暗く見えた。それに、今感じている温度はちょうど良いと思っているのに鳥肌が立っている。微かに鼻をつくニオイは薬品のニオイだろうか。全身で感じた初めての実験棟は、改にとって陰鬱でどこか気味の悪いものだった。
「不穏、だろ?」
「……すみません」
改は訳もわからず謝った。ただ、自分の考えが嘉壱に見透かされていて、それがもしかしたら思ってはいけないことなのかもしれないと、ふとそう考えたからだ。
「なんだか、二度と醒めない悪い夢を見ているような、ホラーゲームの中に足を踏み入れたような、スプラッター映画のオープニングを見ているような。……そんな気分です」
「言い得て妙だね。……しかし、それならラッキーかもしれない。早く行こう、消されてしまう前に」
「消される……ってどういうことですか?」
「死体だよ。早く掃除を始めたほうが、綺麗だし時間もかからないからね。ああやって通路を塞いで、その隙に死体を回収したり掃除をしたりすることもあるんだ。今回は死体の損壊が激しいだろう? そのぶん汚れも酷いし、血や破片がこびりついたり、隙間に挟まったりするからね。施設自体に不具合がないか、前回の痕跡はゼロになっているか、しっかり調査してからじゃないと次回のゲームに回せないし、こういうのは早いほうが良いんだよ。……ゲームの演出として扱わない限りは」
嘉壱は一度離した改の手を再度握って引っ張るように前へと進んだ。改の手は汗で少し湿っていたが、少しでも緊張を解そうと思ったのか、それともこうでもしないと足が進まないと思ったのか、気にせず嘉壱は会場へ向かって歩んでいく。
「出入口があってね。参加者は知らない。そこから入ろう。丙がゲーム参加者は誰も入れないように塞いでくれたから、俺たちだけだ。これをはめてくれるかい?」
「……インカム?」
「そうだよ。特殊加工がしてあって、今は片方から丙たちと会場の音声が、片方からは俺の声が聞こえるようになっている。俺のほうは、改君の声が聞こえるようにね。マイクはちょっと変わっていてね。きちんとこの位置にもってきて。そうしたら、お互いの音声は拾って伝わるようになってるけど、外には漏れないから」
手渡された器械を、改は嘉壱の動作を見倣って装着した。
「――聞こえるかい?」
「あ、はい」
「じゃあ、試しにインカムを外してごらん?」
言われた通りに改はインカムを外した。その様子を見て嘉壱はなにか喋り始めたが、確かに嘉壱の口元はなにやら動きを持っているのに、改の耳にはそれに見合った音が届かないでいる。ぽかんとしている改を見て嘉壱は悟ったのか、自分の耳と改のインカムを交互に指さした。なんとなく意味を理解した改は、再度インカムを装着した。
「――インカムをはめろ、ってことであっていますか?」
「あぁ、あっているよ。どうだい? 俺の声は聞こえたかな?」
「いいえ、全く聞こえませんでした。……口だけ動かして、声を出さなかったとか、そういうことじゃあない、ですよね……?」
「あっはっはっ。疑うのは良いことだよ。だが、残念ながらそういうわけじゃない。技術の賜物なんだよ」
「すごい、ですね」
「だろう? さ、中に入ろう」
頑丈そうな大きなドア。嘉壱が自分の持っている電子キーを装置にかざすと、ゆっくりと、躊躇うようにかつそっと静かに、そのドアは開いた。
「俺たちが彼らと鉢合わせすることはないけど、念のために声は消していかないとね。そもそも、壁も分厚いから、ちょっとやそっとの音は聞こえないんだけど。念には念を、ってやつ。なにが彼らに伝わって、ゲームをぶち壊してしまうかもわからないからさ。邪魔をして台無しになってしまっては勿体無いからね。あとで怒られたくもないし、損害も出したくはないし」
「わかりました……」
「なにかあったら、気軽に喋ってよ」
「はい……」
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