第38話:ウイジンキネン_コウ_5
「このあと、どれだけトラップが残っているのでしょうか? 残り時間も少なくなってしましたが、まだAさんはBさんに追いついていません」
「でも、もう完全にわかっただろうね。どこにいるのか」
「これだけ泣き叫んでいますしね~。血痕も残ってますし~」
「全体的に移動もゆっくりでしたので、そろそろ二十分が経とうとしています。……それでも、Aさんは着実に距離を詰めていますね。こちらの映像をご覧ください。二回目のトラップに引っかかったBさんの痕跡を、Aさんが見つけたみたいです」
モニタには、Bさんの引っかかったトラップと残された血痕の前で立っている、Bさんの姿が映し出されていた。じっとトラップを見て、Aさんは何やら考えているようにも見える。
「この先で、三回目のトラップに引っかかっていますから、随分と近くまでやってきましたね」
「Bさんも頑張って前に進んでいるけど、あの足だからどの道を行ったかAさんに教えてるんだよね。ヘンゼルとグレーテルみたいに」
「……あらら~。もうひとつトラップに引っかかっちゃったみたいですねぇ~。ご愁傷様です~」
「映像を切り替えましょう!」
なんとか穴の開いた足を引きずって移動していたが、今度は無事だった足を痛めている。壁と壁の間に張られた細いワイヤーのようなものが、足首の関節辺りに食い込んでいた。怪我をさせるだけで切断する意図はなかったのだろう。骨に引っかかったが倒れるように身体を押し込んでしまったため、一センチほど皮膚を裂いてめり込んでいる。
『ひっ、いいいいいいいぃぃぃぃいいいぃいぃいぃぃいい――!!』
Bさんは新たな痛みにまた絶叫した。両足が無事で、きちんと歩くことができていたら、このトラップは回避できていたかもしれない。足を上に持ち上げることができていたら。意識を足元に持って行くことができていたら。どれだけ悔やんでも、もう引っかかってしまったのだから後の祭りだ。どうすることもできない。
『がっ……あ、あぁぁ……』
『ヒィー……ヒィー……』
『ううううううううう』
『いぃっ……ひぃ、ひぃ、ひっ……』
恐怖に顔が引きつっている。もう、自分の運命を悟ってしまったのかもしれない。もしくは、自分の人生を諦めたのかもしれない。
『あ、ああ、あ……』
それでも、Bさんはこの足をなんとかしようとしていた。そのまま下がれば、上手くこのワイヤーのようなものが抜けるかもしれない。しかし、そのためにはもう片方の足を使わざるを得なかった。力をかけて、後ろに重心をずらさなければならない。なんとか穴の開いた足をずらして後ろに引くと、足全体に力を込めた。……本当は、重心をかけやすい指の付け根に力を入れたいところだったが、ここに穴が開いてしまって力を入れれば激痛に襲われる。
『ゆっぐり……ゆっぐり……ぃ……!?』
少しずつワイヤーのようなものがはまった足をずらしていたが、一瞬バランスを崩す。その一瞬でBさんの足から、肉と皮がこそげとられていった。
『や、やぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!』
『うばぁぁぁぁぁぁぁ!』
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
『あっあっあっあっ』
『あぁぁぁぁ――』
『ひっ……ひぃっ……』
自分の肉片と滴る血を前に、Bさんは動かなくなった。ただ泣き叫ぶだけで、動こうとしない。ポッキリと、Bさんを支えていたものが折れてしまったのだろうか。
「これは痛い……。しかし、これだけの叫び声、早く移動しないとAさんが来てしまう! 早く動かないと!」
「クライマックスが近づいて来ましたね~? 残り時間も十分切りましたし~」
「さすがに、この足だともう歩けないかもしれないね。……頑張れば歩けるかもしれないが。今抉られたほうは、使えないと思うよ」
――シャキン――シャキン――シャキン――シャキン――
「……来ましたね、Aさん。Aさんのほうの音声は、ハサミの音に交じって、Bさんの叫び声が入ってきます! Bさんのほうは……聞き取るのは難しいですね、叫び声が大きすぎて。音割れしなくて良かったです、本当に」
「Bさん、どのタイミングで気が付くんでしょう~?」
「落ち着いたり、叫んだりを繰り返しているようですし。……次に落ち着いた時が有力かもしれませんが……」
――シャキン――シャキン――シャキン――シャキン――
『うわぁぁぁぁぁっあぁぁっあぁぁぁ』
――シャキン――シャキン――
『いだいいだいいだいあぁぁぁぁ』
――シャキン――シャキン――
『いだあぁぁぁぁぁぁぁぁ』
――シャキン――シャキン――
『ふうぅぅぅ……ぐずっ……ぐずっ……うぅっ……』
――シャキン――シャキン――
『ぐずっ……』
――シャキン――シャキン――
『……ぅ……?』
――シャキン――シャキン――
『……?』
――シャキン――シャキン――
『……』
――シャキン――シャキン――
「……音が、入りましたね。Bさんのカメラに、Aさんのハサミの音が」
「ようやくです~。落ち着いた時、当たりましたね~? グレイさん」
「慣れてきたみたいで嬉しいですね。こう、予想が的中して」
「当たると何でも嬉しいものだからね。こうやって、経験を積んでいくと良いよ」
「そうします!」
「失敗しても、別に悪いことはないからね。みんな誰だって、経験しても失敗することはあるものだし」
改たちの会話の向こうで、Bさんは顔面蒼白になっていた。――ついに、目の前に。Aさんが現れたのだ。ハサミと剣を持って、お面を被ったAさんが。
――シャキン――シャキン――シャキン――シャキン――
Bさんを前にして、ハサミをまだ鳴らしている。Bさんはきっと、死神に出会った気分に違いない。自分の命を刈り取る死神に。
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