第39話:ウイジンキネン_コウ_6


『あ……あ、あ……』


 ――シャキン――シャキン――シャキン――シャキン――


 最後に四回ハサミを鳴らして、Aさんはその手を止めた。


『嘘……やだ……うそ……』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』


 ただ立ち尽くすAさんに背を向け、なにを思ったかBさんはまだ先へ進もうと身体を引きずり始めた。背中を見せたら殺されてしまうかもしれないのに。

 自分の足の肉を奪ったワイヤーのようなものをなんとか越えて、その先へと這いずっていく。


「……Aさん、なにもしませんね。一体、なぜでしょうか」


 その姿を見ても、AさんはBさんを追いかけなかった。じっと前にジリジリと進んでいくBさんを見守るように止まっている。


 ――ヒュゥゥゥゥ――ドォンンンン――


『……うっ……?』


 這いずっていたBさんは、小さく唸って止まった。右腕に上から落ちてきたなにかが当たったからだった。分銅のような形をしているソレはそれなりの重さを有しているようで、Bさんの右腕の上に落ちてそのまま、Bさんの腕を押し潰していた。さすがに地面にめり込むとまではいかなかったが、横から見ると薄くなって平たく潰れている。恐らく骨は折れるか砕けるかしているだろう。天井から落とされたのか、かなり高い位置から落下したのだ。……もし、素早く動くことができていれば、気付いてかわすか知らずに通り過ぎることができたかもしれない。


『――あ。――っあぁぁぁぁ――!!』


 時間差でようやく理解したBさんは、自分の腕に落ちたその重りを見てまた絶叫した。


『あ、あ、あ』

『ゴホッ、ガハッ……うえぇぇぇぇ……コホッ、コホッ、コホッ……』


 もう、喉も限界が来ているのかもしれない。しばらく叫んでばかりだ。足からの出血も多く、気分が悪いだろう顔色も悪い。


『おえぇ……げっ……ゴホッ……』


 今まで引っかかったトラップを避けたところで、新しいトラップはある。今回のように一歩踏み出せば、上から下から横から。様々な角度から攻めてくるだろう。先ほど落ちてきた分銅のような錘は、一撃で殺傷できる力を持っている。引っかかり方を間違えなければ即死トラップはないものの、ひとつひとつが最終的に死ぬようには調整されていた。進んでいくにつれて増えるトラップとその凶器度。通路に導かれるまま進んでいたら、いくつかのトラップが合わさってでいずれ命を落とす。

 ――つまり、Bさんが生きて帰るには『Aさんに遭遇しない』という一手しかなく、前に進まなければAさんから逃れることはできないのに、前に進むとトラップに引っかかりゴリゴリと文字通りその身を削られていくという生きて帰れない仕様になっていた。

 もっとも、BさんがAさん相手に善戦するかどうにか逃げ隠れて時間をやり過ごせば話は別で、生存できるのかもしれない。もしくは、死ぬ覚悟でトラップに引っかかっても前に進み続けるか――だ。


 腕を挟まれているBさんは動くことができない。どんなに身体を引いても、重りは腕の上からびくともしなかった。逆に重りを押す素振りを見せるも、やはり動かない。痛みにもう麻痺しているのか、目の前のことしか見えていないのか、なんとかどけようとBさんは必死だった。


『うあぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 ブチブチブチブチ――ッ――


『あぁぁぁぁぁぁっあああああああああ!?』

「これは――とれたぞ!? 錘に挟まれた部分が引きちぎれて取れた! Bさんの肘から下が無くなっている!!」


 改は興奮していた。腕がもげて骨が顔を出し、呆然としているBさんは、まさに血みどろだった。錘の下に置いて行かれた右腕は、手のひらの部分の形は残っているのに、もうこの綺麗な指も動くことはない。潰れてしまった神経と血管、砕かれてしまった骨ももう、くっつくことはないだろう。Bさんにとっては意味の分からない理不尽なことしか起こっていないが、改たちから見れば予定調和と言えるようなことしか起こっていなかった。


『ヒュー……ヒュー……ヒュー……ヒュー……』

『……』

『かはっ……あっ、あ、はぁ……あー……あー……』


 ちぎれた部分の面積は広い。血はどんどんと溢れ出して、必死で持ち上げていた首も、もう地面にくっついていた。肩で息をしているが、口から洩れる音は弱弱しい。Bさんは、このままタイムオーバーを待たずして死ぬだろう。そんなBさんを、Aさんは見下ろしていた。


「……Bさんはもう、残り僅かの命だと思っています。Aさんは、とどめを刺すのでしょうか」

「見たいね、とどめを刺す瞬間は。本懐だろう? 自分の手で始末することは」

「タイムオーバーも味気ないですしね~。再ゲームも難しそうですし~」

「時間がありませんが、アンケート良いでしょうか! Aさんが最期になにでとどめを刺すか! ハサミ、剣、もしくはその両方の三択です。では、どうぞ!」


 改は仕上げとばかりに観客へアンケートを行った。増えていくゲージはそれだけこのゲームをリアルタイムで見ている人間が多いことを表している。


「……三、二、一……締め切ります! ……おぉ……なるほど。ハサミと答えた方がアンケートの半数ですね。残りの半分に近いのは両方、剣はかなり少数派でした」

「ハサミのほうが、なんだか残酷だと思わないかい? ……私はそう思うよ」

「ペシェは脳天に両方突き刺してほしいです~。ハサミは片刃ずつ目に突き刺してもらっても良いですよ~?」

「ペシェさん、さらっと言いますね?」

「うふふ~。だって、とどめですから~」


 笑っているもがなは屈託のない笑みを浮かべている。まるで、そうすることが当たり前で、みんながそれを期待しているとでも言わんばかりの。


「……おっと? これは、予想外だ……!」


 AさんはBさんの周囲でトラップのない位置を確認すると、そこへ足を向けた。そして、顔にはめていた仮面を取り去ると、素顔の状態でBさんの顔を覗き込む。


『……A……? なん、で……』


 息も絶え絶えの状態のBが、振り絞って声を出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る