第4話:キュウショクチュウ_4
「……あ、早いな……」
さっき送ったばかりのメールに、返信が来ていた。できるだけ早い面接を希望したが、なんと記載されていたのは明日だった。早い、早過ぎる。それほどまでに、社員がいないのだろうか。それとも、みんなすぐに辞めていってしまうのだろうか。――改の頭に不安がよぎる。だが、背に腹は代えられない。この生活も、長くは続けられないのだから。
相手の提示に合わせて、明日の午前での面接を選んだ。……もしかしたら、これが転機になるかもしれない。更に返信をして、改は部屋の片づけを始めた。ちょうど明日はゴミの日なのだから、要らないものは捨ててしまおう。生活に必要なものくらいしか元々置いていない部屋だったが、今はなにもやる気が起きなくてそこら中に色んなものを出しっぱなしにしている。ハッキリ言って汚い部屋だった。転機になってもならなくても、今片付けるべきなんだと、頭で考えるよりも先に手が動いていた。陰鬱な気分が引きずられている部分もきっとあるだろう。
パンパンになったゴミ袋が幾つか、今度は部屋の端っこを占拠している。掃除が終わり、壁際にかけてあった埃を被っているスーツへと手を伸ばした。
「……久し振り、だな。袖を通すのも」
お腹の周りがきつくなっていたが、まだスーツは着ることができた。明日はこれを着ていくつもりである。会社用の鞄をクローゼットから引っ張り出して、書いた履歴書を封筒にしまいファイルに入れる。筆記用具に、名刺入れ。あとは折り畳み傘にハンカチとティッシュ。そして財布に電車用のICカード。
ネクタイを締めて、鏡を見に洗面所へと向かった。
「……酷い顔」
中途半端に伸びた髭に、ボサボサの頭。赤く充血していて生気のない瞳。こんな見た目で面接に行ってしまったら、間違いなく第一印象で落とされるだろう。せめてもと、髭を剃り激安のヘアカットのお店へ向かうことにした。ついでに薬局で目薬でも買おうと、力を振り絞って外出の準備をした。
外に出ると、その眩しさに心臓がはねた。ドクドクと、頭に響くような。もしかしたら、明日で今の人生が変わるかもしれない期待と、なにも変わらないかもしれない不安。入り混じったふたつの感情が、グルグルと改の頭の中を回っている。手に汗を握りながら、なんとか一日で全ての用事を済ませた改は、翌朝早めの時間にアラームをかけて、泥のように眠った。
――そして、面接当日。
スーツに身を包み、髪の毛をセットして面接会場へと向かった。所在地を見ずに思わず応募するという失態を犯した結果、各駅停車の電車が一時間に一回しか停らない、【福音駅】という無人駅へ辿り着くこととなった。昨日何時に起きればいいのか逆算するために、調べておいて正解だったと、改は苦い顔をしながらそう思った。詳細な住所は出てこず、返信メールに載っていた所在地までのアクセス方法をメモしておいただけなのだが。福音駅から更に三十分ほど歩いた場所。調べたが駅周辺から所在的地までバスは通っておらず、三十分の距離もあるのに歩くしかなかった。どんどんと町から離れ、辛うじてある細い道を歩いていく。遠くからでも見えた、ぽつんと建っている周りの風景とミスマッチなビルが、今から改が向かう面接会場だった。大自然の中に、そぐわぬ無機質な建物。改が近づいてみてわかったのは、その周りが更に大きな壁のようなもので囲まれていることだった。
「……なんだ、ここ……」
ようやく辿り着いた面接会場のビルは、コンクリートのとても高い壁に囲われていた。そして、見上げると首が痛くなるほどに、そのビルは高かった。
「……どうやって入るんだよ……」
改は壁の目の前に立ってみたものの、出入口のようなものは見当たらない。壁の上はネズミ返しのように内側に向かってカーブを描いていた。まるで、中からの脱走も、外からの侵入も拒むように。
「……電話、してみるか」
まだ面接の時間まである。ぐるりと壁の周りを一周してみようかとも思ったが、万が一面接に間に合わなくなってしまっては困る。電話をかけることは好きではないが、一番確実な方法を選ぶことにした。
プルルルル――プルルルル――
――ガチャッ。
『はい、【Angelies-エンジェライズ-】です』
「あっ、す、すみません。本日十一時より、面接の約束をしています、ハイネアラタと申します。おっ、お世話になっております」
『ハイネ様。お世話になっております』
「あの、えっと、今、御社のビル……いや、壁……? の前に来たのですが、大変申し訳ないのですが、出入口がどこかわからず立ち往生してしまって……」
『あっ、すみません! 一番近い駅から歩いてこられましたか? 【福音駅】なのですが』
「はい! 福音駅で降りて、道なりに歩いてきました」
『もしかしたら、まだ担当の者が迎えに辿り着いていないのかもしれません。まだでしたら向かうように伝えますので、もうしばらくそちらでお待ちいただけますか? 早めに来ていただいたのに、申し訳ありません』
「いえいえいえ! 大丈夫です! わかりました!」
『ありがとうございます。よろしくお願いします。それでは、失礼します』
「はい、失礼いたします」
誰も見ていないのに小さくお辞儀をして、改は電話を切った。面接の時間まで、残り三十分。ちょうど良い電車は今回のものしかなかったため、かなり早く着いてしまった。時間を持て余してしまうのはもったいないが、遅刻するよりずっとマシだろう。そう割り切って、今日の面接のイメージトレーニングをする。
どんな人が面接官なのかはわからないが、なにもしないよりは気持ちも落ち着くはずだ。ブツブツと壁に向かって独り言を言う改は、傍目にはただの変な人に見えたかもしれない。
そして、十分ほど経った頃。
「……おーい! ハイネ君、かなー?」
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