第18話:モリビトノシゴト_チュウ_2


  『なによ……なんなのよ、これぇ……』

『……危険を承知でゲームに参加したんだろう? 逃げ切るだけじゃダメだ、鬼を倒さないと……』

『そんなのわかってるわよ! オッサン、アンタ男だし年上なんだし、アンタがやってきなさいよ!』

『おいおい、無茶を言わないでくれ……。鬼だって中身は同じ人間なんだろう? 私だって、人を殺したいわけじゃないんだから……』

『じゃあなんでアンタ参加したのよ! アタシはもう、借金もできないし借りる友達もいないし、生活費もないの! でも、ロキア君にお金渡さないと……!』

『ロ、ロキア君……? 日本人か?』

『アタシの彼氏のホスト! めちゃくちゃカッコいいんだから! でも、人気だからお店にいるときは指名しないと席にも来てくれないし、普段デートもしてくれない。だからアフターのために、時間作るために、たくさんボトル入れて……』

『待て待て待て! そ、それは本当に付き合っているのか……?』

『……なによ。なによなによなによなによなによ!! 一緒に住んでるもん! お金があれば、毎日私の家に帰ってくるんだもん! 生きてお金持って帰って、借金返して一緒に暮らすんだからぁぁぁぁ!』

『お、落ち着いて……鬼に見つかってしまうよ……!』

『うぐっ、うっ、うぅ……』


 男性は女性の口を手で塞いだ。叫んだり泣いたりされてしまっては、鬼に居場所がわかってしまう。ドンピシャの位置がわからなくとも、鬼の居場所がわからない状態で子の居場所のおおよその方向がわかるとなれば、それは圧倒的に鬼に有利な状況だった。


『す、すまない……』

『触んないでよオッサン!』


 女性が男性の肩を殴る。顔を真っ赤にして怒ると、女性は男性から離れた。


『……アンタ、なんでこのゲームに参加したのよ』

『リストラ、されてね。家族にまだ、言えていないんだ』

『はぁ!? なんでそんな大事なこと家族に黙ってんのよ!』

『言えるわけないじゃないか! まだ家のローンも残ってるんだぞ!? 息子二人独り立ちしたとはいえ、妻は結婚してからずっと専業主婦、元々病弱で身体も弱い。私が、私が働かなきゃ……支えられないんだよ……』

『だからって、そんな大事なこと……』

『この歳でリストラされて、他の仕事があると思うかい? そりゃあ、手に職持ってる専門職なら良いかもしれないよ。でも、リストラされたんだ。察しやすいだろう? 必要なかったんだよ、私は。会社に必要とされなかった。それでも、私は会社のために精一杯頑張ってきたつもりだった。妻だって、そんな私の姿をずっと見てきたんだ。一緒に昇進や不景気に一喜一憂して、仕事を優先してときには喧嘩して、そうやって過ごしてきたんだ。……言えるわけないじゃないか。『会社から無能扱いされました。必要ないと言われました』なんて。……そんな、悲しいこと、言えるわけないじゃないか……』

『……でも』

『わかってたんだ。あぁ、わかってた。じわじわと、居場所がなくなっていることに。自分から『辞めます』と、言わせようとしていることに。それでもなんとか食らいついてきたんだ。今更、転職なんかできるわけないじゃないか。ひとつの会社で入社から積み上げてきたものが崩れるんだぞ? 頼まれる仕事を必死にこなして、部下や後輩の面倒を見て。残業も休日出勤も連勤も文句のひとつも言わずに、自分と家庭を犠牲にして働いてきた。ボーナスが減っても、手当が減っても、嫌気のさした周りがどんどん辞めていっても、会社のためにと死ぬ気で働いてきた。……その結果がこれだよ』

『……』


 嗚咽交じりに話す男性を前に、気まずそうに女性は俯いた。


「なんだか急に熱い展開になりましたね? ……いや? 鬱展開か? 話している内容は暗いな……」

「こんな自己紹介、入ってくるとは思ってなかったです~。仲良くなれますかねぇ~?」

「……変なの」

「確かにプロフィールにはリストラの件あったけど、D君の言うことが本当なら、ちょっと可哀想だよねぇ」

「言い出せない気持ち、わからなくもないです~」

「奥さん知ったら、倒れちゃうかも」

「しかし、もしここで共闘できれば、二人が生きて帰る可能性は一人の場合よりも上がるはず! だからこそ、この思い切ったD君の話が良い方向に転がると思いたい!」

「二人居れば、挟み撃ちもできますしねぇ~」

「ナイフも二本ある」

「ここからは、この二人と鬼を、交互に見ていきましょう!」


 またモニタが切り替わる。画面の真ん中、左側に鬼が、右側に子が映されており、周囲にはその他のカメラの映像と、それぞれの位置が表示されていた。今観客に配信されているのは真ん中の二画面だけで、他は映っていない。


「……改君、改君?」

「……ぅ、あ? は、はいっ!」

「夢中になっているみたいだね」

「す、すみません嘉壱さん……。なんだかこう、目が離せなくて。気持ちが悪い映像、恐ろしい映像のはずなのに」

「今日はちょっと激しいほうだと思うよ。潰れてるし、首はとれてるし。出血も多いね。もはや、死体と言うよりも残骸と言ったほうが正しい気がするし」

「同感、です」


 目の前で繰り広げられている惨劇は、まるで悪夢のようだった。きっと、参加者たちはゲームが始まってからこう思っただろう。『これが夢なら、どんなに良かったか』――と。

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