第17話:モリビトノシゴト_チュウ_1


 僅かに残った皮の一部で支えるには、頭は重過ぎたらしい。耐え切れずに皮は破れてその役目を全うすると、支えのなくなった頭が子の身体を伝って地面へと着地した。バランスが悪くゴロゴロと転がるソレを、鬼は足で受け止めると身体のほうへ蹴り返した。そして自分の身体にぶつかると、無残な姿を観客に、今から起こることを彼女自身に見せないようにという神様の計らいなのか、その顔は身体のほうを向いてピタリと止まった。

 そんな中不意に訪れた一瞬の静寂のあと、誰よりも早く丙が話し始めた。


「……これはなかなか。勢いがあったね」

「綺麗な断面でしたよぉ~。お見事です~」

「きっと、即死だったね」

「恐怖はあったが、痛みはなかったんじゃないかな? ――これで、二人目の子は脱落。まだ、二十分か。残り時間四十分残して、鬼は子の半数を撃破! これは鬼が相変わらずリードか――!?」

「残りの二人がどうなっているのか、気になりますね~」

「リンリンも」

「そこそこ展開も早いね。まだ二人目脱落したばかりだけど、鬼が遊んでいる間に、今までのことをおさらいしておきましょう!」


 ――改のはめているイヤホンの向こうでは、鬼が鼻歌を歌っていた。モニタには、鼻歌を歌いながら、ベットリと血で濡れた鉈を、子の服の無事な部分を使って拭っている姿が映し出されている。そして、人間の身体の感触を確かめるように時々足で子を踏みつけ、綺麗にした鉈で服から出ている部分の切断を試みようとしているのか、振りかざしては勢いよく振り下ろす仕草が見られた。


「おぉ、やってるね。それじゃ、こちらも。まず一人目の子だけど……」


 丙が観客に向けて、今までのおさらいを淡々と始めていた。

 一人目は男性で、移動中に鬼と鉢合わせ。多少距離は合ったものの、子が先制。しかし鬼にいなされて返り討ちに。二人目は女性。一人目が殺される場面に出くわし、こっそりと逃走。死角で鬼がやってくるのを待ち、ナイフで刺そうと画策するものの、ニオイで鬼にバレて逆に殺される。


「それにしても~。二人目の子の最後の聞いた言葉が『クサイ』って酷いですよね~」

「……ちょっと、可哀想」

「プロフィールによると、好んで甘めの香りの香水をよくつけていたみたいだね。好き嫌いがあるから、鬼はこのニオイがダメだったんだろう」

「嫌いでも鬼除けにはならないんだ」

「逆に呼び寄せちゃいましたね~」

「我慢ならなかったんだろうな、そのニオイが」

「でも、多分二人目は即死。一人目より死にかたはマシ。……きっと」

「一人目の男性、グチャグチャでしたもんね~。途中まで意識もちゃんとありましたし~」

「最後に見た物はコンクリートの壁が、それとも自身の血肉か……」

「……壁が、マシ」

「同感です~」

「ここまでは鬼視点では順調に来ているね。半分も時間使ってないのに、もう既に二人脱落してる。ここからは、出会える人数が減っているし、鬼も体力使っているだろうから、いかにして鬼は正面から子に出会えるか。子は鬼の背後を取るか、できるなら協力して突破するか。もしくはリーチの長い鉈の弱点を突いて懐に飛び込んでいく、かな。……あぁ、これは熱い、ね」

「滾りますぅ~」

「どっちが勝っても、面白いよ」


 楽しそうに三人が話している。改は相変わらず口を開いたまま、画面に魅入っていた。


「――さて、鬼の遊びが終わったようだね」

「後半戦でしょうか~」

「見よう」

「二人目の子、見るも無残な姿になっちゃったなぁ」


 相変わらず鬼は鼻歌を歌っていて、その鼻歌に合わせて削られた女性の肉片と血で、周囲はグチャグチャになっていた。もう、見る影もない。なにがなんだかわからないモノが、壁と床に染みを作っている。床に置かれた、小さな山のように盛り上がった、子だったモノ。鬼も途中から気にしていなかったのか、ところどころ返り血を浴びて赤黒く染まり、拭く場所がなくなった結果、鉈からも血を滴らせていた。


「鬼、なにかに目覚めちゃったのかな? せっかく綺麗にした鉈、また血まみれになってるよ」

「……変態」

「あはは~。みぃんなそうですよぉ~」

「ペシェも?」

「うふふ。そうですね~。ペシェもですねぇ~」

「みんな、朗報。ペシェ、変態だって」

「おいおい、こんなタイミングでカミングアウトか? ――皆さん失礼しました。続きを見ていきましょう!」


 人が変わったように上機嫌で鉈を振る鬼は、恐らくまだ行っていないだろう道を進んでいた。景色はイマイチ代わり映えなく、無機質な空間が続いている。乗り越えるには高い壁に、上から照らしてくる照明。参加者の周りを飛ぶごくごく小さなドローン。部屋自体を囲っている壁の一面には大きなモニタが設置してあり、残りの時間と子の数が表示されていた。


「まだ、三人目には出会わないですねぇ……」

「残りは男女一名ずつ。CちゃんとD君だね。お互い接点はなさそうだが……」

「――待って。子同士が出会ったみたい」

「これは新たな展開……!」


 司会側のモニタの端に点滅するアイコン、子の物がふたつ近づいたかと思うと同じ位置に重なって見えた。


「音声いこうか」

「面白そうですねぇ~」

「映像も。ドローンが、二機でお互い追えてた」

「よし! 子のほうに映像を切り替えてみましょう!」


 丙たちがモニタを切り替えると、そこには年配の男性と若い女性が映っていた。

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