第16話:モリビトノシゴト_ゼン_6


 「これは、鬼はまさか気が付いていたのか?」

「うーん。まだわからない」

「でも、なかなか運の良い男性ですね~。当たってますもの~、子がいる道」

「確かに運が良いな。このゲーム、運も重要な要素だからな。天が味方しているのは、鬼のほうか……?」

「まだ見つかってないから」

「そうなんだがな。気が付いている人もいると思うが、確実に鬼は子のほうに向かってるよ」


 丙の言う通りで、それなりに入り組んだ道のはずなのに、鬼は間違いなく二人目の子のあとを追うように道を選んでいた。


『……くせぇ』

「……そうか! ニオイ!」

「鬼が嫌いなニオイでもしてるのかな」

『鼻がひん曲がりそうだ。俺、この甘ったるいニオイ嫌いなんだよなぁ……。女か?』

「香水だろうね。勘かもしれないが、女性ってことも見抜いている。観察力はあるみたいだね」

「……脳筋かと思ってた。本当に、頭潰しちゃうし」

「リンリンちゃん厳しい~」

『こっちのほうがニオイが強いな。……うげぇ』

「嫌そうですね~。でも、進んでます~」

「獲物がいることがわかったからな。あとは一気に距離を詰めるか詰めないか……」

「……見て。子の動きが止まった」


 位置情報内のこのアイコンが動きを止めた。子のカメラに映る映像も、来た道からは死角になった位置でしゃがみこんでいる女性が映っている。両手でナイフを握った状態の。


「皆さん、これは子が仕掛けるかもしれません!」

「不意打ち、かな」

「そうですね~。ペシェの予想では、見えない位置で待っていて、鬼が気付かないままこちらへ来たときにナイフでグサッと、でしょうか~」

「リンリンも、そう思ったところ」

「私も同感だよ。カメラは子のカメラのままにしておこう。鬼は小さいほうで」

「リンリン、ドキドキしてきた」

「……皆さんの予想はいかがですか? さぁ、このあと一体どうなるのか――」


 このやり取りとモニタを見て、改は手に汗握っていた。丙の言葉のあと、鬼の動きが止まったのだ。そして、ゆっくりと音を極力立てないように、鉈を背中の鞘から引き抜いた。


『ふー……ふー……やっぱくせぇわ、こっち』


 呼吸を整えるように何度か深呼吸すると、子が待つ位置へと歩みを進めていった。


「――!! これは気が付いたか!?」

「……可能性、高い」

「あらららら~。でも、子のほうもナイフを構えていますよ~?」

「先に攻撃できたほうが、勝ち」


 鬼は着実にその距離を詰めていた。残り、五メートルほどの位置まで来ている。


「子は気が付いていないのか? ナイフを持ったまま震えているだけだ」

「鬼、できるだけ音を立てないようにしていると思う」

「丁寧にここまできましたねぇ~。一人目のときは、あんなに野蛮でしたのに~」

「リスクを冒して、少し道を覗くべきか?」

「すぐ見つかっちゃうけどね」

「でも~。もう鬼には場所はバレていますし~」

「鬼にバレてるって、多分子は気が付いてない」

「……それもそうですね~。気付いていたら、もう攻撃しているか、逃げ出すかしていそうですし~」

「……居場所がわかっている鬼と、反対に近付いてきていることを知らない子、か。どちらに軍配が上がるのか――」


 ジッとモニタを見つめている改の目には、ナイフを持ったままガタガタと震えている女性の姿しか映っていなかった。一体、彼女はどうなるのか。


「あ、れ?」


 そんなとき、急に画面がうっすらと暗くなった。消えたわけではない。少しだけ見づらくなったのだ。まるで、光が遮られたかのように。思わず改は言葉を発した。そして、急に暗くなったと思ったのは女性も同じだったようで、先ほどよりも震えが大きくなっているように見えた。


『あ……あ……』


 相変わらず震えながら、女性はゆっくりと、本当にゆっくりと、空を見上げるように顔を持ち上げた。


『――おじょーちゃん』

『――ぁ』


 鬼はもう彼女の元まで辿り着いており、そう言って声をかけると鉈を大きく振りかざした。


『ぅそ――た、たすけ――』


 震えた声で懇願する。


『お前、くせぇよ』


 ――ガッ。


 脳天をかち割るとは、こういうことを言うのだろうか。鉈は綺麗に彼女のおでこから後頭部にかけて垂直に刃を進めていった。その圧力でなのか、両目は飛び出して刃の周辺の皮膚はめり込んでいる。


『んー、血が出ない。なんで? もっと派手なの期待したんだけど』


 鬼は首をかしげながら、ブツブツと呟いていた。


『あ。引き抜けば良いのか』


 そう言って鬼は、彼女の胸の辺りに足の裏を当てると、身体を蹴って鉈を外した。


『――おぉぉ!』


 鉈を抜いた割れ目から、ドロドロと赤黒いものが零れ落ちてくる。それはまだ無事な彼女の身体を汚していった。グラグラと首は揺れ、バランスが取れなくなると、壁にもたれかかった状態で首を垂れるような体勢で死体は安定を図っていた。

 『あれ、でも、もっとブシャァァァア――みたいなの期待したのに』


 想像していたよりも、勢いがなかったらしい。


『デカい血管切りゃ良いのか?』


 今度は首をめがけて鉈を振るった。


 ――ガッ。


『……足りないか?』


 ――ガッ。――ガッ。


『あ、そうか。首の骨か。これでもさすがに切れただろ~?』


 ――ガッ。――ガッ。――ガッ。


『おぉ~。これが首の皮一枚繋がってる、って状態か。昔のやつって上手いこと言ったんだなー。確かにギリギリだわ』


 モザイクもなにもない状態で、子は首の断面をカメラに晒していた。既に死んでいるからか、勢いのないまま出口を求めて血は流れている。首から上は、まさに首の皮一枚で身体と繋がっており、重たい頭を必死で繋ぎとめていた。


 ――ブチッ。

 ――ゴトン。

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