第43話:ショウカクシケン_ゼン_3


「……会うのか、あの人に……」


 仕事に戻った改は、渋い顔をしながらデスクに向かっていた。今日は司会業がない代わりに、使用するトラップや武器の類の確認、今後のスケジュール調整といった事務的な仕事が含まれている。夢中になって言葉に出す仕事ではない分、どうしても頭の中で仕事以外のことを考えやすい日だ。真面目な改は数字や説明文、時には分単位となる時間振りと格闘していた。


 ――頭の中には、自分が仕事を休む原因となった上司、実川のことばかりが浮かぶ。本来なら思い出したくない相手だったが、三律に話してからどうにも頭から離れない。ひとつ感謝できる子があるとすれば、それは『休職に追いやってくれたこと』だろうか。元々ブラックな会社だったのだ。自分一人急に辞めたところでまたか、となるだけである。以前なら周りに迷惑をかけたくない、嫌われたくないという考えが根底にある改だったが、以前いた会社と実川に関しては、考え方も変わっていた。


「改、手が止まってる。どこ見てるの?」

「えっ、あっ、ごめん!」

「別に、それでも仕事ができるなら良いけど。……三律さんのところに行ってから、ずっとそんな感じ。なにか言われた?」

「あ、あぁ……。りんごは勘が良いね。ちょっと、昇格試験のことで」

「やっとその話が出たのか。時間がかかるなとは思っていた」

「やっぱり、長かった?」

「うん。みんな一か月で試験受けてるから。今までボクは例外を見たことがなかったから。改が初めて」

「そうなんだ。……りんごも、受けたんだよね? 昇格試験」


 ピクリ、とりんごの耳が動いた気がした。


「……うん。受けたよ」


 何か引っかかるところがあったのかもしれない。それでもりんごは、改に対して努めて冷静に言葉を返した。


「どうだった? ……あ、いや、ごめん。そんなこと、聞くような試験じゃなかったね」

「良いよ。そうだな、ボクの場合は、入社してすぐに昇格試験のこと確認して、なにをするのかも誰を選ぶのかも決めてたから。スムーズだったよ」

「……えらいな。僕なんか、今日知ったよ……」

「先に対処できるものは、できるだけ対処しておきたいからね。性格の違いだと思うけど。ま、改は思い詰めそうだから、ギリギリに知って良かったんじゃないかな?」

「あはは……。でも、りんごの言う通りだと思う。今のこの状態が、入社してすぐに怒っていたら、きっとまだ耐えられなかっただろうしね。フワフワ気持ちも浮いていただろうし、仕事もちゃんとこなせなかったかもしれない」

「そこそこ一緒に仕事もしてきたしね。なんとなくわかるようになったと思うけど。……他に知りたいことはある?」

「えっと……」

「誰を殺したか知りたいの?」

「えっ」

「顔に書いてあるよ? 嘘吐けないよね」

「う……」

「正解?」

「せ、正解……」

「改は? 誰を選んだの?」

「僕は……僕は、前に勤めていた会社の上司だよ。休職する原因になった」

「言うんだ」

「隠さなくても良いかなって思ったから」

「ふぅん。選んだこと、後悔してない?」

「してないよ。三律さんに言われて、ポジティブに考えることにしたんだ。今こうして自分の手で復讐できること、その機会を与えてもらったことに感謝しようって。……殺したところで過去の僕はもう二度と戻ってこないけど、未来の僕は晴れ晴れとした気持ちで笑顔になれるかもしれないだろ?」

「……そういう人間を、世間ではなんていうか知ってる? 『狂ってる』って言うんだよ?」

「今更だよ、そんなの」

「……それはそう」


 珍しく、りんごが笑った。表情の変化が乏しいりんごは、会話をしている中で突っ込みや自嘲的な言葉を吐くことはあっても、笑ったり泣いたり怒ったりといった感情に関するリアクションは少ない部類だった。特に改は入社してから今まで会話してきた中で、笑顔を見たことはほぼ無いに等しかった。


 思わずそれを口にしてしまいそうだったが、改はグッと飲み込んだ。それを口にするのは無粋というもので、りんごとの信頼関係にも関わることをわかっていたからだ。せっかく見つけた居場所を失いたくはないし、今の仕事仲間から嫌われるようなことはしたくなかった。


「改も、この会社のニンゲンっぽくなってきたね」

「個性的なんだよみんな。この会社の人たちは。……でも、だからこそ、『僕もここにいて良いんだ』って思えるのかもしれないけどね」

「言うようになったね」

「りんごほどじゃないさ」

「……ふふっ。……気分が良いから、教えてあげるよ」

「え?」

「知りたいんでしょ? ボクが誰を殺したか」

「良い、のか?」

「あぁ。……ボクの気分が変わらないうちに、聞きたいのなら聞いておいた方が良いと思うけどね?」

「じゃ、じゃあ教えて欲しい。りんごの相手が誰だったのか」

「うん。ま、なんの参考にはならないと思うけど」

「りんごのことが知れるわけだろ? 十分じゃないか」

「やだな、なんかその言い方キモイよ」

「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」

「……ちょっと、揶揄ってみたくなっただけ。……ボクの相手はね」

「うん……」

「ボクの相手は……」


 『教えてあげる』と言ったものの、りんごにとっては思い切った行動だったのかもしれない。目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしている。黙ってその姿を見ていた改も、思わず握り拳を作っていた。


「はぁ……。うん。それはね、【母親】だよ」

「は、母親……?」

「あぁ」

「だ、誰の?」

「改はなにを言ってるの?そんなの、ボクのに決まってるじゃないか」

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