第28話:モリビトノシゴト_コウ_5


 ――そのころ、某所にて。


「……で、改ちゃんにはどこまで話したの?」

「必要な資料は読んでもらった」

「……答えになってないよ嘉壱君」

「わかってる」


 嘉壱と丙が、アルコールの入ったグラス片手に会話をしている。


「やっぱり、盛大に吐いちゃったねぇ」

「あそこで吐かなかったら、それはそれで雇用を考えたかもしれないね。……素質はあるかもしれないが、それに対して驕っていられても困るからな」

「まぁ、それは確かに。私も最初は吐いたもんだし」

「丙はニコニコしながら吐いてたからな」

「思い出さなくて良いよそんなこと。……三律ちゃん、元気かい?」

「あぁ。今も頑張ってくれている」

「心配だね」


 丙はガラスを傾けると、中に入っていたアルコールを一気に飲み干した。


「……それで? 改ちゃんは、ずっと私たちのチームにいるのかな?」

「予定ではそうだ。本人がどのルートを希望するかはわからないが、最低でも丙たちと同じステージに上がるまではと考えている」

「ステージねぇ」

「なんだ?」

「いや。ちゃんと説明したのかなと思って」

「昇格試験があるということについてなら、もちろん説明している」

「いやいや、大事なのはそこじゃないでしょうよ……」


 嘉壱の事務的な態度に、丙は呆れたように返した。彼は心配しているのだ。三律と同じように。改が昇格できるのかどうかを。


「頑張ってた仲間がいなくなってしまうのは、私たちにとっては凄く寂しいモノなんだよ?」

「……あぁ」

「昇格試験、クリアできると思う? 嘉壱君は」

「……正直、五分五分と言ったところだと思っている」

「どうして?」

「ひとつは、俺が基本的に自分が喋りたいことと彼の質問にしか答えていないからだ。……それを世の中ではずるいというのだろう?」

「そうかもね。他にも理由が?」

「あぁ。……改君は、まだどこか『現実ではない』と思っている節がありそうでね。すべてを受け入れられなければ、そもそも昇格試験のスタートラインにも立てないと、そう思っている」

「それもそうか。……あーあ。そうやって考えると、もがなちゃんもりんごちゃんも、強かったんだねぇ」

「強い、か」

「二人には怒られちゃいそうだけど。腹をくくるのが早かったのか、既に自分を殺していたのか。それとも、現実に起こっていてもゲームに変わりはないから、関係ない次元での出来事だと思っているのか」

「……それなら、改君と変わらないね? 彼の場合は、吹っ切れたら化けると思うんだ。だから、昇格試験のときに、化けてくれたらそのあとは早いと思うよ?」


 今度は嘉壱がグラスに残っていたアルコールを飲み干した。空になったふたつのグラスが、照明に照らされて水滴を反射させている。キラキラと光るそれは、どこか幻想的な装いに見えた。


「丙は、どうだったんだい?」

「私かい? そうだね……もがなちゃんとりんごちゃんに比べたら、随分慣れるのに時間がかかったと思うよ? でも、そのぶん……そのぶん、改君の気持ちはわかるつもりでいるけどね」

「それは頼もしい。……なにかあったら助けてやってくれ」

「もちろんだよ。仲間だしね。それに、私もう気に入ってるから。改ちゃんのこと」

「……お前に気に入られるのか。改君も災難だな」

「そんな言いかたしないでくれるかい? 守るべきものがある私は、ちゃんと強いんだから。その守るべきものの中に、改ちゃんが入っただけだよ?」

「上手いことを言う。……とにかく、丙たちのチームはゲーム数も多い。できるだけ端っこでも傍観でもいいから改君を参加させてやってくれ」

「あぁ、わかった」

「俺はまだこのあと、仕事が残っているからね。少ししたら戻るとするよ」

「珍しいね? 嘉壱君が残業なんて」

「大事な仕事だからね。……なんせ、改君が弊社でちゃんと仕事ができるように、今の会社をきちんと問題なく抜けさせないといけないから」

「あぁ、そういうこと。君が請け負ったのかい?」

「一応ね。専門部門にお願いもするが。――ホラ、見てくれ。こんなメールに寄こすなんて、呆れた上司だと思わないか?」

「……これは、確かに」


 嘉壱が持っていたのは、改から預かった改のスマホだった。そこには罵詈雑言と一方的な言いかたの記載された大量のメールに、これまた大量の着信履歴。どれも件の上司からのものだった。見ていて気分が悪くなる。それなのに改が残していたのは『なにかあったとき証拠にできるようにする』ためだった。だから、どんなに嫌でも、気持ち悪くても、発狂しそうでも。消すことはなかった。容量が足りなくなるかもしれないと思ったぶんはパソコンへ保存し、スクリーンショットとしても残してある。そのことを聞いていた嘉壱は、改の引っ越し作業のついでに、すべてのパワハラの履歴を一緒に持ち出すつもりでいた。――改のため、ひいてはAngeliesのために。


「残してるなら、訴えても良かっただろうに」

「それをするには、体力も気力も、なにより勇気も要るんだ。すべての人間にできるものでもないんだよ」

「それはそうだが……」

「これだけあれば、俺たちがなんとかしてやれば良い」

「そうだな。……はぁ、それにしても、こんな人間にはなりたくないね」

「本当に」


 二人は空になったグラスを見つめて、大きな溜息を吐いた。

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