Stage1_D

第41話:ショウカクシケン_ゼン_1


 「……あの、お話ってなんでしょうか……?」


 初陣を飾ってから二か月ほど経ったころ、改は三律に呼ばれて社長室へと出向いていた。三律の他には誰もいない。


「あぁ、まずは座ってくれたまえ」

「は、はい」


 促されるまま改は目の前にある椅子へと腰を掛けた。――Angeliesで働くことには、随分慣れたと思っている。あのゲームを皮切りに、何十件も司会とサポートをこなし、たくさんの参加者の人生の末路を見送ってきた。心も擦れ、ちょっとやそっとの物事にはたじろがないと自負している。観客たちとも適切な距離を保ち、良い関係を気付けていると思っていた。嵐のような人間にも何度も出会ったが、毎回なんとか撃退したりなだめたりしている。それなりに、経験を積めているだろう。


「それで、その、僕、なにかしでかしたとかそういうことで……?」

「いやいやいや。違うよ。……昇格試験の話、嘉壱から聞いているかな?」

「え、えぇ。……でも、そういえば入社してひと月が試用期間で、そのあと試験があって正社員への雇用と……。……あれ、もしかして僕、正社員じゃない……?」

「そこなんだがね。例外的に少し延ばさせてもらったんだ。……なにも説明が無くて申し訳ない」


 三律は深く頭を下げた。


「そんな! あの、楽しく仕事もできましたし。その、えっと、お給料もいただいて、待遇も変わらずですし……。困ったことはなにもないですし……。な、なので! 全然その、大丈夫です! はい! 気を遣っていただいて、こちらこそすみません!」


 突然の社長からの謝罪に、改は思わず謝った。確かに試験を受けていない結果、正社員にはなっていないかもしれない。それについての説明も今初めてされたわけだが、だからといってないがしろにされた気持ちも、早く正社員にして欲しいという気持ちも沸いてこなかった。むしろ、八つ当たりや自己満足な叱責を一度も受けることなく、今日まで楽しく前向きに仕事をすることができて、逆に感謝の気持ちでいっぱいだった。


「……言わせてしまったみたいでこれまたすまない。……それで、今日呼んだのはほかでもない。その昇格試験について伝えたいことがあったから呼んだんだ」

「そう、なんですか……?」

「私は……そうだね、私以外に、嘉壱も丙君ももがな君もりんご君も。改君には、このまま一緒に働いてほしいと思っている」

「あ、ありがとうございます!」

「それで、だ。改君がこのまま仕事を続けていく気ならば、昇格試験を一週間後に行おうと思っていてね。改君にとっては急かもしれないが、受けてくれるかい?」

「それは、もちろん……」


 『受けます』と言葉にしようとして、ブレーキがかかった。思い出したのだ。面接日に嘉壱と会話した内容を。


『入社しない人も、いるんですか……?』

『うーん、本当は秘密なんだけど。今まで面接をしてきて、何人かいるにはいたよ。多いのは、途中リタイヤかな』

『リタイヤ……難しい仕事なのでしょうか?』

『仕事自体はすこぶる簡単だよ! でも、苦手な人は苦手だろうし、人は選ぶと思ってはいるね。改君が適応することを祈ってもいるけど。ウチ、試用期間ひと月なんだけど、一応そのまま雇用希望の場合は試験を設けていてさ。それに合格できなくて、って感じ。そもそも、試験を受けずに辞めていく人もいるしね』


 あまり、会話の歯切れは良くなかった気がする。改自ら昇格試験の内容も確認してこなかったが、一緒に仕事をしてきた人間は誰も昇格試験の話をしなかった。面接をした、嘉壱以外には。


「……やはり、続けていくには難があるかな?」

「いえ、そんなことは……」

「良いんだよ。やはり、この仕事には向き不向きがあることは理解しているし、誰しもが長く続けられる仕事ではないこともわかっている。だから、無理にとは……」

「い、いえ! 是非、受けさせてください! その、昇格試験を……!」


 少し悲しそうな三律を見て、改はその不安を打ち消すかのように大きな声で答えた。


「……君は本当に真っ直ぐだね。……良いのかい? 試験内容を聞く前に、受けると決めてしまって」

「ぼ、僕は、皆さんに凄くお世話になりました。それに、観客の皆さんも、司会が上手くいかない時でも優しく接してくれるんです。……正直、どんなに殺伐としてグロテスクな仕事でも、以前いた会社のほうが、ずっと地獄でした。なので! 今のこの環境を、簡単には手放したくないんです……」


「……ありがとう改君。君ならそう言ってくれると思っていたんだ。嬉しいよ。本当に」

「こ、こちらこそ……」

「以前、私が言ったことを覚えているかい?」

「……っ、す、すみません。どのお話でしょうか……?」

「面接の時の最後の質問さ。『君には『殺したい人はいる』かい?』と、そう聞いただろう?」

「そ、そういえば……。それが、なにか……?」


 改の背筋に悪寒が走る。これ以上聞いてはいけないと、そう本能が告げているような。


「あぁ。それが、昇格試験に関係するんだよ」

「え……」

「改君。君には【殺したいと思っている人】を一人、殺してもらうことになる」

「……え!?」

「デスゲームでその相手を殺すこと。それが昇格試験だ。無事殺すことができれば昇格。そうでなければこのまま試用期間が継続する。……もしくは、退社、か」

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