第45話:ショウカクシケン_ゼン_5
嘉壱と改が向かったのは、いつもの実験棟だった。その実験棟のひとつへ入り、地下へと降りていく。
「……ここだよ。試験会場がある階は」
「今までこの階には来たことがありませんでした。……初めてです、降りるのは」
「そうだろうね。この棟は他の施設に比べて大きくないし、使用用途も限られているから。行ったことがあっても、地上階だけだろう? ……さぁ、この部屋だ」
明るいのにどこか薄暗さを感じる廊下を進むと、重厚なドアが改を出迎えた。
「僕はモニタ室で三律と一緒に見ているから。インカムは常に繋いでおいて。決して、マイクをオフにはしないように」
「わかりました」
嘉壱は、ふたつ持っていたインカムのうちひとつを改に手渡すと、改が装着したのを確認して自身も残りのひとつを身に着けた。
「『試験を中断する』と決めたとしても、その時はこのインカムから連絡するようにして、外には出ようとしないで。拘束しているとはいえ、叫んだり暴れたり、状況によっては可能性もあるから。ま、外から施錠するから、君も出られないんだけど」
「はい」
「『死んだ』と思ったら、それもインカムから頼むよ。掃除班を向かわせる。死亡確認をしたら、俺と三律も向かうから。三律が相手の死亡を確認して、試験終了だ。――それじゃあ、検討を祈る」
ゴゴゴゴゴ――
部屋のドアが音を立てて開く。改は目を閉じて大きく深呼吸すると、部屋へと一歩足を踏み入れた。
――ゴゴゴゴゴ。
「……ここに、アイツが……」
ドアが閉まり、辺りが静寂に包まれた。その中で改は、本当に小さな声でポツリと呟く。ここに、改が殺したいと願う【実川アオサ】がいるのだ。
コツ、コツ、コツ、コツ。
靴底が床にぶつかり音を鳴らす。入り組んだ一本道を進んでいくと、ひときわ明るい部屋へと辿り着いた。
――そこにいたのは、麻袋を頭に被せられ、地面へ固定された椅子に全身をロープで拘束された実川アオサ本人だった。足元は逃走を防ぐためか、錘のついた拘束具もはめられている。実川の目線の先になる壁には、モニタが置かれており、スイッチが幾つか小さなテーブルの上に置かれていた。モニタには武器の名前が書いてあるルーレットと、身体の部位が書かれたルーレットのふたつが表示されており、それぞれその下に空っぽの表のようなものが映し出されていた。
その前には、ルーレットに書かれた武器が地面に並べられており、ひときわ目立っている。
それを見た改はゴクリと唾を飲み込んで、ゆっくりとまた靴底を鳴らしながら、実川へと近づいていく。
コツ、コツ。
「……」
「――んんっ――」
コツ、コツ。
「……」
「んぅ――!!」
麻袋の中から、くぐもった声が聞こえる。もしかしたら、猿轡でも嚙まされているのかもしれない。
コツ、コツ。
改は実川の目の前で立ち止まった。すると、今までなにか言おうと唸っていた実川の唸り声も止んだ。
『――改君、嘉壱だ。聞こえていたら、声は出さなくて良いからそのまま右手を挙げてくれるかい?』
言われた通り、改はその場で右手を挙げた。
『オーケー。ちゃんと聞こえているね。――それじゃあ、今から試験を開始するよ。制限時間はなし。実川アオサの死亡が確認されれば、改君は昇格試験に合格だ。インカムはずっと繋いでいるから、いつでも話しかけてくれて構わない。気になることがあったら、こちらからも繋ぐとは思うけど。声を出したくない時は、今みたいに挙手で回答してくれ。問題なければ、左手を』
改は左手を挙げる。
『ありがとう。――それでは、試験開始、だ』
――こうして、改の昇格試験は幕を開けた。
まず初めに改が行ったのは、ルーレットだった。まず武器と身体の部位を決めなければ、進むものも進まない。
カチッ。
改がスイッチを押すと、武器のルーレットが回り始めた。ゆっくりと回転速度を落とし、止まったのは――
コツ、コツ。
武器の前で足を止めると、ルーレットが決めたものを物色し始めた。そうして手に取ったのは、ステンレスでできた肉叩きだった。持ちやすいてものと棒の先端に、四角い同じ素材の箱のようなものが付いており、背中合わせの二面に三角の突起が無数についた物である。思い切り殴りつければ、それなりの痛みが伴うだろう。これは肉を叩いてその繊維をほぐし、肉を伸ばすことができる調理器具であり、本来武器ではない。――本来武器としては扱われないような物もこのルーレットでは武器扱いのようだった。
『――ひとつ良いかな、改君』
改は嘉壱の声を聞いて、肉叩きを持っていないほうの手、左手を挙げた。
『ありがとう。実川は、麻袋の下も目隠しと猿轡をしているから、改君が自らその目隠しを外したり、声を発しない限りは君のことを認識できないと思っている。それを外す外さないは、改君の自由だ。それだけだよ』
改は再度左手を挙げると、その左手をゆっくりと実川の頭上へと持っていき、その顔を覆っている麻袋へと手をかけた。
「――んんぅ――!!」
麻袋を取り去ると、実川の顔が露わになった。嘉壱の言う通り目隠しと猿轡がされており、まだ今麻袋を外した相手が改であるとは気づかれていない。
――ドクドクと、改の心臓が鳴っている。もう二度と会うことはないと思っていた相手。自分を休職に追いやり、その後も関わってきた相手。昔のことを思い出し、改は顔が熱くなっていた。……怒りだ。怒りで熱くなっている。
そして、少しだけ実川から目を逸らすと、猿轡に手をかけてゆっくりと解いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます