第34話:ウイジンキネン_コウ_1


 Bさんは、偶々運が良かっただけらしい。AさんがスタートしてからBさんは一度もトラップに引っかからず移動していたが、移動距離が伸びてからは床面積も広がりそういかなくなった。


 ズザッ――


『……っ、きゃあっ……!! 痛い……』

『なにこれ……』

『えっ、やだ……なにもなかったよね……?』

『これがトラップ……ってこと……?』

『まだ他にもあるの?』

『こんな、ちっちゃいのじゃなくて……』


 Bさんが引っかかったのは、足元にある出っ張りだった。急に床から出てきた、三角錐の出っ張り。タイルの真ん中に一文字を描くように、横一列に複数個突き出していた。その先は鋭利になっていて、走った拍子に思いきり踏みつけたとしたら、靴底を突き抜けて足の指や足裏に突き刺さるだろう。運よくBさんは、歩幅が合わなかったのか、踏みつけるのではなくつま先を引っかけて転ぶ形となった。たまたま床に膝を打ち付け、手のひらを擦りむくるだけで済んだが、トラップの存在を印象付けるには十分だった。

 こんな小さく見える物でも、トラップはトラップなのである。Bさんに『この瞬間が現実であること』と、『下手をしたら本当に死ぬかもしれない』ということを、嫌でも意識させた。


「ついにトラップにかかりましたね? しかし、不発のようにも見えます」

「あれは踏みたくないですね〜、痛そうですから〜」

「運が良いね。こんなのは序の口だとは思うけど。まだBさんは動けるから、たくさん移動してまたトラップに遭遇するだろうね」

「序の口……。確かに、デスゲームにしては生ぬるいですね……」

「おぉ、グレイも言うようになったね?」

「あっ、いやっ……や、やはりその、大きなイベントは【死亡】なので。目の肥えた方たち……この場合は、バニィさんもペシェさんも含まれるんですが。物足りないのかなという印象になってしまって」

「そんなことありませんよ~? そっちのほうが、新鮮味があったりもしますし~。私は好きです~」

「もちろん、派手なほうが見栄えは良いよね。リアクションも取りやすいし、紹介もしやすい。まぁ、見ていこうじゃあないか」

「はいっ! なんだか、先走った言いかたをしてしまってすみません……」


 やってしまったかと落ち込む改を、画面の向こうの観客が慰める。親のような気分なのかもしれない。


「せっかくなので、Aさん視点でも見てみましょう! まだ、さほど進んではいませんね……?」


 カメラを切り替え、モニタにAさん視点のカメラの内容を映し出す。しっかりとした足取りで歩いているAさんは、綺麗にトラップを避けて前に進んでいた。一がすべてわかっているからなせる業だ。何度も腕にはめたデジタルウォッチを確認している。

 Bさんとの距離はそれなりに広がっていった。Aさんは比較的ゆっくりとした足取りだが、Bさんは気持ちが焦るからか足取りも早くなっている。ただ、先ほどのトラップがよほど怖かったのか、つま先だけで地面を押すようにリズムよく跳ねている。こうすることで足とトラップの接触面を減らし、極力踏まないようにしているのだろう。辛うじてかすりさえしなければ、トラップも発動しない。そうふんでいるのだろう。


「おっと! Aさん壁に沿って歩き出したぞ……?」


 トラップを避けるようにだけ歩いていたAさんが、壁伝いに歩き始めた。Aさんが今いる地点からしばらくは、トラップは設置されていない。壁伝いに歩きながらいざという時は身を隠せるようにして、Bさんと接触した時に備えているのだろう。見つかれば、間違いなく逃げられてしまう。逃げられることすら醍醐味なのだが、改はAさんに対しひとつの印象を持っていた。


「……もし、バニィさんがAさんの立場だったら、すぐに決着をつけますか?」

「……いいや? つけないと思うね? うん、つけない」

「ペシェさんはどうでしょう?」

「うふふ。私も同じだと思います~。……なるほど~。グレイさんも、きっとそうなんですよね~?」

「あはは……やっぱり、わかりますかね? ……Aさんは、きっとギリギリまでBさんを野放しにするでしょう」

「私もそう思うよ?」

「ですよね~。見ている皆さんも、同じ回答だと思います~」


 改の考えは、丙やもがなと一致していた。――Aさんは、すぐにはBさんを捕まえない。それは、できるだけ苦痛と恐怖を与えるためだった。トラップの内容を知っている人間は、Aさんの配置方法にはいささか疑問が生じるだろう。なぜなら、即死トラップのような仕掛けはひとつもなく、その代わり、身体の一部を削ったり、精神的なダメージを与えるようなトラップが多くみられるからだ。また、前半にはほとんどトラップは設置されておらず、先に進めば進むほど、どの道を通ってもトラップに間違いなく引っかかるだろう量になっている。

 先ほど、Bさんが引っかかったトラップ。あれは、前半唯一のトラップだった。ここから少しの間、トラップは仕掛けられていない。Bさんは、運が良かった。トラップの存在を、現実のものだと知ることができたから。このゲームの殺意と、理不尽さも一緒に。

 だが、同時に不幸でもある。これからトラップがひとつもない道でも、ありもしないトラップに怯えながら進まなければいけないのだから。

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