第35話:ウイジンキネン_コウ_2


 『自分がもし、Aさんの立場だったら』と、改は考えた。同じ立場だったら、このゲームに参加を決めたのなら、きっと楽には殺さない。トラップに引っかかって死んだって、なにも面白くない。自分がこの手で仕留めなければ。自分が味わった思いを味わってほしい。そのためには、『すぐに死んでもらっては困る』し、『自分の手でとどめを刺せないと嫌』なのだ。あくまでも、トラップはそのための調味料なのである。じわじわと精神力と体力を削り、心と身体に傷を負わせていく。その量は増え、内容も酷くなっていくトラップに、いつ追いつくかもわからない相手。どこなのか分からないゴール。ただ過ぎていくだけの時間。


 ――復讐したいのだ。Bさんに。Aさんは。当時の自分の代わりに。虐められていた自分を救いたいんだ、と。


「着実にBさんは進んでいますね」

「あらら~。酷い顔をしています~」

「短時間でも疲弊するだろうね。こんな環境に置かれたら、並みの精神力なら誰だって」


 改はBさんのカメラの、マイクのスイッチをオンにした。


『やだ……帰りたい……』

『私がなにしたっていうのよ……』

『っていうか、ここどこなの……』

『ずっと同じとこ歩いてるみたいに見えるし』

『音もしない……』

『喋ってないと、おかしくなりそう』

『スマホも家の鍵もないし、私、ここに来る前なにしてたんだっけ……?』

『家にいたでしょ? で、掃除してて……』

『そのあと、なにしてた? 買い物には行った。……うん。卵とパンと豚肉、それに大根と茄子と白菜。あとは……豆腐と牛乳』

『……大丈夫。頭はおかしくなんかなってない』

「……意外と冷静ですね?」

「冷静になろうと努めないと、本当におかしくなってしまうかもしれないからね。必死なんだろう」

『買い物のあとは、ママ友に会って……あれ?』


 ――覚えている通り、Bさんはママ友に会っている。そのBさんの会ったママ友は、Aさんのことだ。


『Aに会って、そのあとどうしたんだっけ……?』

『Aの家に呼ばれて、それでお茶して……』

『それで、お土産貰って、家に帰って……』

『……帰って? 私、帰った……?』

『え? あれ? Aの家は出たわよね? うん、出たわ』

『それで、えっと……。家を出て、自分の部屋に……』

『部屋に……入れたっけ?』

『違う、鍵を落として……』

『うっかりして、それで拾おうと……』

『拾え……拾えた? あれ?』

『――あ』


 思い出したらしい。Aさんの部屋から帰って、なにが起こったのかを。


「AさんがBさんに振る舞ったお茶に、薬が入っていたんですよね。筋弛緩と睡眠。古典的ですが、それがよく効いた。ただ手違いだったのは、Bさんが早々に切り上げて帰ってしまったことでしょうか」

「本来なら、Aさん宅で落ちるはずだったんだけどね。捕獲班も少し慌てたよ」

「しかし、Aさんは冷静だった。Bさんが部屋から出た後、すぐに連絡をとっていますね」

「お陰で救急車を呼ばれることもなく、Bさんを運ぶことができたよ」


 Aさんは優良客だ。お金を払って娯楽を提供してくれた上に、問題が起こりそうな時にも対処してくれる。みながみなこういった人ではないから、【良い】と護人やその他社員が感じる人間は、素直に応援したくなる。


 ――やろうとしていることは、まごうことなき犯罪なのだが。


 この会社に、当然そんなことは関係なかった。連絡を受けた捕獲班は、落とした鍵と共に落ちたBさんを拾い上げて帰社した。その後Aさんも合流し、ゲームの準備を始めている。

 そしてこの部屋にBさんと、目覚めた時に少しは理解できるようにと、あのメモを置いてゲームがスタートした。メモはあくまでも現状把握ができるようするためで、Bさんがゲームを優位にプレイできるようにや、安心を得られるようにといった配慮では一切ない。


『え、なんで? なに? なんなの?』

『なんでここにいるの?』

『どこなの?』

『意味わかんない……!』

『どうしたら良いの?』

『いつ帰れるの?』

『アレは誰なの?』

『あぁぁぁぁぁもういやぁぁぁぁぁ!!』


 Bさんの叫びが弾ける。――そんなに叫んでは、Aさんに届いてしまうかもしれないのに。一番バレてほしくない人に、聞こえてしまうかもしれないのに。


『――』


 ピタリ、と、Aさんが歩みを止めた。


「……Bさんの声が届いたかもしれませんね? 歩みを止めましたが、ペシェさんはどう捉えますか?」

「そうですね〜。声の方向と、近さを測っている、というところでしょうか〜?」

「僕もそう思います! 声が聞こえてきたから、そちらに向かって行くかもしれませんね」


 ゆっくりと、Aさんはその場で回っていた。どの方向から声がしているのか、確認しているのかもしれない。その間も、Aさんにとってはどこかから声のようなものが聞こえ続けている。


『誰か!』

『誰か! 助けて!!』

『ねぇ! 誰かいるんでしょ!?』

『こっちにきてよ!』

『助けて! 意味わかんないの!!』

『誰か! 誰かぁ!!』

『見てないの!? 見てるでしょ!?』

『出てきなさいよ!』

『……出てきてよぉ!!』

『ねぇってばぁぁぁぁ!!』

『ねぇ……ねぇ……』

『お願い……』

『ねぇ……』

『誰か……』


 心が決壊してしまったのか、Bさんはずっと叫んでいた。時々壁を叩きながら、無意識なのかはわからないが、スタートした位置からは離れていっている。初めに会った、あの仮面の人物には会いたくないのだろう。会ってしまえば、殺される可能性があるのだから。

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