第56話:ショウカクシケン_コウ_5
「――お疲れ様、改君」
「お疲れ様です、嘉壱さん、三律さん」
「お疲れ様。なかなか派手にやったようだな。感心したよ」
「あ、えぇ……。でも、全然うまくできなかったというか、頭が働かなかったというか……」
「そうなのかい?」
「えぇ……。なんだかちょっと頭にもやがかかって上手くまとまらないし、もっとできたかもとか、こうしたほうが良かったって気持ちもあって、でもそれとは全然違う気持ちもあって……。なんて言ったら良いんだろう……」
三律の言葉に、改は不安を吐露した。
「無理難題だろう? うまくやれ、と言われても。人間臭くて良いじゃないか。私は好きだぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「三律、先に合否を伝えるべきだ。ここまでやっておいて焦らされるのは、気が気じゃないと思うが?」
「それもそうだな。すまない改君。配慮が足りなかった」
「い、いえ、そんなことは……」
「それでは、早速。灰根改。今回の昇格試験の結果だが――」
改はゴクリと唾を飲み込んだ。実川は死んでいる。それなりに嗜好を凝らして殺したつもりだ。……途中、思いつかなかったこともどうしようか悩んだこともあったが、死亡までこぎつけた。なにより憎き実川を、絶望に追い込んでからこの世から葬り去ることができたのだ。そのことに関しては悔いはない。
「――合格だ。灰根改、君を正社員として起用する。今後もよろしく頼むよ」
「ありがとうございます……!」
改は深々と二人に向かって頭を下げた。
「改君の場合、今までと仕事は変わらないんだけどね。社員証と肩書は変わるかな? それと待遇か。今より良くなるよ」
「い、今より良くなるって……今でも十分すぎる待遇なのですが……」
「その辺りはおいおいまた話そう。掃除班の子たちの邪魔にならないように、部屋に戻ろうか。きっと、丙たちも結果の報告を首を長くして待っていると思うよ?」
「そ、そうだ! 早く伝えなきゃ!」
「私は掃除班に挨拶でもしてから戻ろう。嘉壱と改君は、一緒に護人の部屋へ戻ると良い」
「はい! そうします! ありがとうございました」
「あぁ。それじゃあ、また」
「三律、掃除班に圧をかけるなよ?」
「そんなことはしないさ。労うだけに決まっている」
改と嘉壱は実験棟から離れ、丙たちの待つ部屋へと戻った。
「――ただいま戻りました!」
「おおお! お帰り改ちゃん!」
「おかえりなさいませ~」
「……おかえり」
「ただいまです!」
恥ずかしそうに改は迎えてくれた三人の前へと立った。
「それで、聞いても良いのかな?」
「気になります~」
「改の顔を見ればわかる。……そういうことだろう?」
「あはは……顔に出ちゃってますかね……? でも、ちゃんと僕の口から報告させてください。無事、昇格試験に合格しました!」
「おめでとう! 改ちゃんならできると思ってたよ! お疲れ様! 今日はお祝いだね」
「おめでとうございます~。絶対に受かると思って、りんごちゃんなんかお店の予約取ってたんですよぉ?」
「……もがな、余計なことは言わなくて良い。――コホン。改、おめでとう」
「あぁ、ありがとう!」
今までで一番いい笑顔を改はみんなに見せたかもしれない。無事昇格試験に合格した改は、丙、もがな、りんごと同じ正社員となった。これからは今まで以上に、司会の仕事やさらに上へ向けての話が出てくるだろう。
「僕、これからも頑張りますね!」
そう言って意気込む改を、嘉壱は優しく見守っていた。
――その日の夜。社長室にて。
「で、実川のいた会社はどうするつもりなんだ? 三律」
「……想定よりも小さな会社だったからね。潰させてもらうさ」
「改君に肩入れしてる?」
「珍しく気の合いそうな子だからね。嫌なことは早く忘れて欲しいとは思うよ」
「三律、今までもそうやって言ってきただろ」
「我が社に入社してくれる子は、みんな可愛いものさ。力になりたいと思うのは当然だろう?」
「だけど、会社潰したら関係ない人間も路頭に迷うぞ?」
「もちろん配慮はするさ。一部……と思いたい、癌にはいなくなってもらうけどね」
「実験に付き合ってもらうか」
「ちょうど良い被検体が手に入る。悪い話じゃない」
「はいはい」
「良い子には、辛い思いはして欲しくないのさ。わかるだろう?」
「それはね。――じゃあ、早速準備に入るとするか」
「頼んだよ嘉壱」
「あぁ」
嘉壱は社長室を後にする。一人部屋に残された三律は、窓の外を眺めていた。
「――本当に、癌になるモノはすべてなくなってしまえば良いのにね。兄さん」
そう呟いて、三律はそっと窓に触れると、グッと握り拳を作って目を閉じた。
――昇格試験の翌日。
改は新しい社員証を胸に、みんなの待つ部屋へと向かった。昨日はあれだけ凄惨な現場を作ったというのに、胸にある社員証を見ると誇らしい気持ちになる。
……まだ、頭の中のもやもやと、上手く表現できない気持ちに名前を付けることはできなかったし、昨日の試験での自分の振る舞いや改善点を考えるとなんとも言えない気持ちにもなった。あれだけ憎らしくて大嫌いだった実川だが、人がいなくなるという喪失感は感じていた。まだ昨日のことが夢であるかのようにフワフワとした気持ちもあるし、『もっと上手くできたはず』という漠然とした虚無感もある。……が、『昇格試験に合格した』という事実が、改に大きな自信を与えていた。
これから先の仕事も、次の昇格試験がどんなものかはまだわからないがそれも、この会社でなら、みんながいれば乗り越えられる気がする。
「……よし! これからも頑張らなきゃ……! 次はもっと上を目指す? それともエキスパート……」
新たな目標を胸に、改は次の一歩を踏み出していた。
これはデスゲームを見守る簡単なお仕事です。 三嶋トウカ @shima4ma
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