第32話:ウイジンキネン_ゼン_4
「お金が目当てじゃないんだ、この女性……Aさんとしましょうか。虐められていたみたいですね、Bさんに、子どものころ」
改の呼んでいる資料には、二人の経歴と関係性が書かれていた。まだ小学生のころ、AさんはBさんに虐められていた。虐められていたAさんにとっては忘れられない出来事だったようだが、結婚して引っ越した先で再会したBさんはそのことをすっかり忘れており、その記憶は「仲の良いクラスメイト」に差し代わっていた。……と思いきや、Bさんはすべてを覚えていた。その上で、【仲良しな二人】を装っていた。なぜそんなことが必要なのかはわからなかったが、ゲーム応募前にわかったらしい。
Bさんは、Aさんの立場を欲しがったのだ。同じマンションに住んで初めて知ったが、Bさんの夫はAさんの夫の部下だった。それに、AさんはBさんが本来住みたいと思っていた間取りと同じ間取りかつ上階に住んでおり、その夫もいわゆるモテ組だった。それが、Bさんはたまらなく羨ましくて死ぬほど妬ましかった。
そんな空気は隠しているつもりでもAさんにすぐに伝わり、子供のころに一時的に不登校になり、肉体的にも精神的にも傷の残ったAさんはこれから先も蝕まれていくのかと一切許すことができず、今回のゲームに応募してきたらしい。
今回のパターンは変わっていて、Aさんがお金を払うことで成立している。
――彼女は、復讐のためにゲームを選んだ。
「追いかけっこ形式の今回のゲーム、AさんがBさんを捕まえるか、Bさんが死亡した場合はAさんの勝ち。協議の上で記憶処理の範囲を設定し、参加費をこちらがお支払いして解散となります。反対に、Bさんが生きて逃げ切り、かつゴールできた場合は、Bさんの勝利となり、Bさんに賞金が贈られます」
「Bさん、『なんでこんなところに?』ってお顔していますねぇ〜」
「そりゃそうだよな。目の前に、変な仮面被った人間が立ってるんだから。アクリル板に隔たれていてお互いでは出せないといえ、恐怖しかないだろうに」
「……彼女にとっては、『目を覚ましたら突然知らない場所にいて、板一枚隔てた向こうに訳のわからない人間が立っている』ですもんね。……僕だって、わけがわからないと思いますよ」
モニタの向こうで、彼女たちは対面していた。が、BさんにAさんの顔はわからない。先ほどから、罵詈雑言をぶつけながらアクリル板を殴っているが、Aさんは意に介さずただ立っているだけだった。
得体の知れない恐怖と、Bさんは戦っているのだろう。相手を威嚇することで、自分を保っているのかもしれない。
「逃げるルートにはトラップが仕掛けられていて、そのトラップによって負傷や死亡する場合もある、と。……そういえば、今回のゲームは必ずしも死ぬわけではないんですね?」
「そうだよ。参加費をもらっているからね。お金で解決してる。トラップも、金次第で増やしたりより強力な物に変えることができるよ」
「トラップ……。逆にAさんが引っかかったりはしないのでしょうか」
「追いかけるほうには、どこに何が配置されているかのマップも配られますし、同じく配布されたデバイスで確認もできますから〜。ドジをしない限りは大丈夫ですよ〜」
「それだと、割と追いかける側に有利ですね?」
「そう思うかい? みんな、『参加者を大事にしている』からね。このゲームは、『失敗しても是非また次回参加してほしい』んだよ」
「……あぁ、なるほど」
改は丙の説明に妙に納得していた。確かに、参加してくれる人間は貴重な存在だ。しかも、お金を払いゲームを面白くしてくれている。生死を賭けることを楽しみにしているタイプの
観客には物足りないかもしれないが、運営側としては既に【ヤる気のある人間】を迎え入れることができるのだ。わざわざ細かい部分で精査する必要もない。すべての人間を受け入れるわけではないし、もちろんバックボーンも調べはするが、一度引き込むことができれば色んな意味で有り難い存在なのだ。
このゲーム、Bさんのほうへ詳細はいっていない。本人が分かっているのは、目覚めた時に置いてあったメモに書いてある内容のみだ。これと同じものは、鬼側にも提示されている。
・一、制限時間三十分以内に鬼から逃げきること。
・二、同じく制限時間内に出口を探し、この部屋から脱出すること。
・三、トラップに引っかかった場合、その生死は保証されない。
・四、鬼に捕まった場合、自身の生死は保証されない。
・五、一と二をクリアした場合は、賞金と共にこの部屋から脱出する権利を得る。
・六、一のみの場合、引き分けとして部屋から脱出する権利のみを得る。
・七、鬼は相手が鐘の音を聞き終わりゲームをスタートした後、次の鐘の音を聞き終わってから追いかけること。
・八、自身が鬼に捕まる、もしくはトラップ等で死亡した場合、鬼の勝利となる。
「……あぁ、すみません! ついつい前置きが長くなってしまいました。二人がどのような立ち回りをするのかは非常に楽しみですね。……さて、そろそろ賭けは締め切りの時間です! 皆様、思うように賭けていただけましたでしょうか? 普段よりも多めに賭けてくださった方、ありがとうございます! もう始まりますので、カウントダウンしても良いでしょうか? ……ゲーム開始まで、十秒前――。九……八……七……六……五秒前! 四……三……二……一……スタート!」
ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――。
時計の鐘の音のような音がゲーム開始を告げる。改は『なぜゲーム開始の音が大時計にありそうな鐘の音なのか』と嘉壱に聞いたことがあったが、その回答は『時間に追われているようで、嫌でもゲームに参加し前へ進まなければならない気にさせるから』というものだった。
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