第6話:アタラシイカイシャ_1
「町の詳しい説明要る? それとも、取り敢えず眺めてみる?」
「眺めていても、良いですか……?」
「あぁ。簡単な説明……まぁ、なにがあるかくらいは教えておくね。詳しいことは……そうだな、君が入社を決意したら、ってことで」
「そう、ですね。お願いします」
嘉壱の言葉に少しの違和感を覚えたが、改はそのまま気にせず町を歩いた。道路は車道も歩道も綺麗に整備されていて、ところどころに横断歩道と歩道橋があった。見上げれば、高い位置を車両の少ない電車のようなものが通っている。ファストフードやコンビニ、カフェ、パン屋、それにスーパー。美容院にマッサージのお店まである。今は閉まっているが、駅らしき建物の近くにあるのは、居酒屋かバーなのだろう。夜になったら開くかもしれない。一軒家の家は見当たらないが、アパートのような建物は時々見かけた。この施設はできてまだ新しいのか、どれも綺麗で目新しい建物ばかりだった。意図的に作ったのか土地柄のせいなのか、階段や坂道もところどころ見受けられ、歩きや自転車で移動すれば運動不足にはならなさそうだった。
壁伝いに門まで歩き、さらに中の門まで向かうまで、そこから町を通って目的地にたどり着くまでには、間に合う電車に乗るだけでは時間が足りなかったかもしれない。改はそう思っていた。駅から壁の前に着けば迷うことはないかもしれないが、いかんせんそこまでの距離もそこからビルまでの距離も遠い。まさか、こんな広大なエリアの中に存在しているとは思っていなかったし、壁に囲まれていて入口に辿り着くまでにひたすら歩くなんて一ミリも考えていなかった。自分一人でビルまで来いと言われていたら、間違いなく遅刻していただろう。
それは最悪の事態だと、改は今嘉壱がいてビルまで案内してくれることに、心の底から安堵していた。
「立派な町だろう? 基本的な施設は揃っていると思うよ。コンビニは二十四時間営業だし、そこのお店は飲み屋だから夜から朝にかけてオープンしている。町の中心から、壁まで歩くと大体十五から二十分ってところかな。荷物があると移動しにくいからね、移動手段はバスや電車もあるし。基本みんな徒歩移動するんだけど。ほら、そんなに道幅が広いわけじゃないから、車や自転車は大勢が乗ると危なくてね」
「……こう、子供がいないですね……?」
「いないわけじゃないよ。だが、確かに少ない。今はみんな学校に通っている時間じゃないかな」
「あ、そうか、学校……」
「まぁでも、圧倒的に大人が多いね。……この辺りは、またあとで話をしよう。……コーヒー飲むかい? 買って行けばお茶出しする手間も省けるし……って、これはこっちの都合だけどね」
「あ、の、カフェラテ……買って行っても良いですか……?」
「カフェラテが好きなの?」
「はい」
「俺も好きだよ。ミルクたっぷり、甘み無しが特に」
「あ……ぼ、僕は、その、甘くないと……の、飲めなくて……」
「そうなの?」
モジモジと改は答えた。なんとなく、自分の好みが子供っぽく見えて恥ずかしくなったからだ。
「それならきっと、ここのお店のカフェラテ、気に入ると思うよ? 色んなフレーバーのシロップも入れられるし、コーヒーの種類も色々あるんだ」
嘉壱が立ち止まったのは、小さなカフェの前だった。ドアを開けて中に入ると、恰幅の良いおじさんと若い女性が店を切り盛りしていた。
「こんにちは、マスター」
「お、入江さんじゃあないか、いらっしゃい!」
カウンターの中にいたおじさんは、気さくに嘉壱へと声をかけた。
「今日のおすすめは?」
「そうだなぁ、カフェラテ向きの、苦み強め酸味弱めの豆が入ってるよ!」
「じゃあ、それでいつもみたいにアイスのカフェラテひとつ。テイクアウトで。それと……」
「お連れさんのぶんかい? 見ない顔だね?」
「え、と、初めまして……。灰根改と申します。今日はその、面接に来まして……」
「あぁ! Angeliesかい? 頑張ってな!」
「はい! ありがとうございます!」
「頑張る改君に、おっさんのおごりだ。カフェラテ飲むかな?」
「い、良いのでしょうか……?」
「もちろんだよ! 私もここで働いているから、仲間が増えるのは嬉しいしね。景気づけにいっときなよ!」
「そんな……嬉しいです……嬉しい、本当に……」
「改君は甘いのが好きみたいでね。こっちももし、お勧めがあれば教えてあげてくれないか?」
「そうかそうか。じゃあ、バニラかヘーゼルナッツがお勧めだな。ナッツが嫌いじゃなきゃあ、断然ヘーゼルナッツなんだが。香りが良いよ! 香りを変えたくなかったら、普通のシロップ、あとは黒蜜もお勧めかな」
「な、ナッツは大好きです!」
「よし! 決まりだ! ちょいと待っててな」
おじさんは慣れた手つきでコーヒーを淹れ始めた。ふわりとコーヒーの香りが辺り一面に広がっていく。この作業はいつまでも見ていられそうで、改も嘉壱もじっとオジサンの手元を見ていた。プラスチックの容器に氷と共に注がれたカフェラテは、ミルクとコーヒーが綺麗な二層になっていた。改のぶんは、ヘーゼルナッツシロップが底に敷かれている。
「ちょっと多めにしといたよ、シロップ。頑張って!」
「ありがとうございます!」
「マスター、ありがとう。また来るよ」
「あぁ、またな二人とも!」
気前の良い店主に見送られながら、二人はビルを目指して再度歩みを進めた。
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