娘さんをください ⑥
「はい?」
「この辺で怪しい男が、女の子を連れまわしていると通報があったんですが」
えっと、これは。
「貴方、この辺で見かけない顔ですね」
「あれ?怪しい男ってもしかして私のことかな」
「………??」
ビンゴですね。
父さんが不審者として通報を受けた模様です。
父さんは別段気にした風もなく、普通にお巡りさんと話をしていた。
めげないのか、偉いなぁ父さん。
後で頭を撫でてあげよう。
「えーっと親子ですってことにならない?無理かな?」
「親子……には到底見えませんね」
「無理でしょ。父さん、せめて伊達眼鏡にしててくれれば良かったのに、どうして今日に限ってそんな怪しいサングラスにしてきたんだよ」
「ああ、これ?海外支社ついたときに買ったんだ~、似合う?似合うかな?どうどう?いいよね~このデザイン♪」
「あはは、似合うんじゃないの?でもね、父さん。無駄に似合ってるから通報されるような目にあってるんだと思うよ?」
にこにことしながら父さんと私。
お巡りさんは半眼になってこめかみがひくついていた――怒ってますよね、態度が悪すぎですよね。
何ていうかこんな親子でごめんなさい。
七海がそんな大人達のやり取りを見て、何か困った事になっているのだと感じたのだろう、父さんを庇う台詞を発した。
「えっとお兄ちゃんもお父さんも悪くないよ!だからね、」
「とりあえず署まできていただきましょうか」
けれどお巡りさんは七海の話を最後まで聞かない。
それどころか無理矢理にでも警察署まで連れていこうとする。
あ~あ、最悪、今日本当に厄日なんじゃないの?
「あはは、捕まっちゃった♪」
「あははって、」
懲りろよ馬鹿。
あー、どうしよう。
父さん、捕まっちゃった。
私は関係ないからってことでついてこなくてもいいと言われたけれど、一応廊下で待機。
だって七海も父さんも連れて行かれて、これで帰れって言われても困る。
警察署の廊下で右往左往すること20分、背中を叩く手があった。
「おう、どうしたんだお前」
「あ、叔父さん」
「こら、凌士と呼べって言ったろうが」
「あ、済みません」
この間、叔父に言われた台詞が「俺も名前で呼べ」ってことだったんだけど、どうにも難しい。
俺もって何だよ、そんな風に思っていると「七海だけずるいだろ?」だそうだ。
要は七海一人だけ呼び捨てにしていたのがずるいーってことらしいんだけど、そうは言ってもね?
だって一応年上だし?
七海だけ呼び捨てなのがおかしいって言われたって、じゃあ「従姉妹の七海ちゃん」じゃ語呂が悪いでしょ?って言っても聞かないし。
どうしたらいいんだか分からなくて困る。
「えっと、凌士、さん」
「ちゃんと言え」
「凌士さん。あの、ですね、言いにくいんですが、助けてくれませんか?」
「よし、次から間違えるなよ。 って、なんだなんだ、またお前何かしたのか?」
間違えるって、逆じゃない?
むしろこの呼び方のほうが間違ってるよ。
そう思うけれど何も言わない。
言っても無駄だろうし、叔父はこの間から言動がおかしい。
これもそれの一つと思ってとりあえず流しておくことにする――下手につついて怒らせたくないしね。
「いえ、そうじゃなくて。って言うか私じゃないんです、よね~」
視線を思わずそらしてしまう。
たぶん目が泳いでるだろうと思うが、叔父の前だと、どうしても萎縮してしまう。
難しいなぁ、家族って。
「御前じゃないなら誰だ?加藤か?それとも辰巳か?まさか凛ってことはないだろうが」
前は加藤が馬鹿やったお陰でここに来たわけだったが、今回はちょっと事情が違う。
言いにくいが、貴方の娘さんとうちの馬鹿な父親なんです。
うう、言いにくいよ。
「でもなくて、実は父と七海が………」
「なにぃい?!」
その後、親子揃って叔父から特大の雷を頂いた。
父さんの、馬鹿。
*****
叔父の家に帰って来た。
居間では七海と父さんがくっ付いてじゃれついている。
いいなぁ。
私はそんな光景を時々横目で見つつ、夕飯の支度をしている。
何だか少し分かったよ、シンデレラの気持ちが。
これ、凄く寂しいね。
一人で全ての給仕やら何やらしなくてはいけなかった娘、それを思うと不憫でならない。
あんまりだと思う。
それと重ねて考えるわけじゃないが、確かに自分は料理が好きだけど、今がちょっとだけ寂しいと感じる。
構って欲しいなぁ、なんて。
包丁を握る手が少しだけ硬い。
「いや~、助かったよ凌士君」
父さんは七海を膝に抱き上げる。
七海もすっかり父さんが気に入ったのか、されるがままにそのまま膝上で寛ぎ始めた。
ずるいなぁ、帰ったら俺が甘えたかったのに。
ごぼうの泥を落としながら少し凹む。
父さんの馬鹿。
父さんの馬鹿馬鹿。
今日、一緒に寝ようかな?――なんて言ったら笑うかな?
うう、何考えてるんだろう私ったら。
こんな歳にもなって、親離れできないとか洒落にならないじゃないか。
そんなことを考えている間にも手は動いていたようで、気がつくとごぼうが二本分も切れていた。
多いよね、これ、どうしよう?
「ねー、七海ちゃん?お父さんが来なかったら大変だったよねー?」
「ねー?」
楽しそうに七海も言う。
それを見る叔父はと言えば呆れたと言う顔をしていた。
「義兄さん、一体何したんですか?職質受けるようなことなんて一体、」
「う~んとね?別に何もしてなかったんだけどね?ただちょっと七海ちゃんを抱き上げて、ほっぺたすりすりしたくらい?他に何もしてないよ~、他にはー」
へらりと笑って言う父さん。
叔父は頭が痛そうだ。
そんなやりとりの中に入れない寂しさから、私はキッチンから父さんの台詞を否定する言葉を吐いた。
「傍目から見て不審者だっただけですよ、ったく」
叔父に迷惑かけて、七海まで巻き込んだんだから、少しは反省してください!
ごぼうに肉を巻きつけながらぶつくさ言う。
そんな私の背中に苦笑したような父さんの声。
「不審者ってお前ねえ」
「サングラスして、スーツをホストみたいに着こなしてる若い男ってだけでこの辺じゃ浮くんです!少しは自分の見た目を考えて行動しろってあれほど――。 大体、毎回毎回母さんにも言われてるのに、少しは考えて行動してくれない?」
「えー、そうかなあ?ホストは言いすぎでしょう、若い新人社員とかにしてくれない?ぴっちぴち~の若い子って、駄目?」
「怪しいからホストで十分です」
「ま、まあ、大体分かったからもういい」
叔父がこのやり取りに根負けしたとばかりに居間から退散してキッチンへときた。
何かやれることはあるか?って――え?
「たまには、な?」
手伝ってくれるそうだ、嬉しい。
「じゃあ、そっちのフライパン、用意してもらえます?」
「ん、これか………ところで、今日はなんだ?」
「一応一品目はごぼうの肉巻きですよ」
他に何か食べたいもの、ありますか?
肉じゃがが食べたいと、七海と父さんが言った。
私は叔父に聞いたんだけどね。
*****
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