娘さんをください ③


「うん?綺麗なお嬢さん方ですね、こんにちわ」

「こ、こんにちわ」


 行き成り綺麗なお嬢さん方だと振られて、凛ら女子は慌てて挨拶を返していた。

 そういえば挨拶もまともにしてなかったなと振り返る。


「私の年齢だったら39だよ。そして私も妻も、再婚もしてしていないし、初婚だし、未だに万年ラブラブ夫婦だよ。時々喧嘩はするけどね?」


「は、はぁ……」


「因みに×××は私達の間に出来た一粒種ってやつだね」


 だから私達の血の繋がりを疑われると非常に不愉快なんだ、悪いね?と言う父。

 笑顔なんだけど、何故か凍えるほどの寒気が漂う。

 ああ、天寺に凛が怯えている。

 翔太は何も言ってないのに泣きそうだ。


 も~女の子を泣かすなよ。


 話題を変えよう、このままだとこの場に居る全員が凍りつく。


「――父さん、そう言えば紹介してなかったよね」


「ああ、そうだったね。何時になったら紹介してもらえるのかなって思ってたよ」


「えっとね、こちら加藤大樹。こっちで一番仲良くしてもらってるんだ」


「あ、あの、初めまして!加藤大樹です!」


「こんにちわ、加藤君」


 吃驚した、何その真面目な顔。

 加藤君が真面目すぎて怖いんですが。

 戸惑いつつも翔太の紹介をする。

 何気に気になるのが加藤の顔だ――紹介が終わったあとでも物凄く真剣そのものって顔をしてる。

 何をそんなに怖い顔をする必要があるのかと――


「え、えっと………こっちが辰巳翔太、後輩なんだ」

「は、初めまして、辰巳翔太ッス!!」

「初めまして、辰巳君」


 翔太もおかしい。

 もうほとんど睨みつけるがごとくな顔をして、父親の顔を見ている。

 見る人が見れば、真面目な顔(もしくは真剣と言える顔)だと気がつくだろうが、初対面だとただガンを飛ばされているようにしか感じないぞ。


「っと、こちら天寺由紀乃。友達。 美人でしょ?あ、母さんより云々はいらないからね」


「初めまして、天寺由紀乃といいます」


「初めまして、天寺さん。私だって大事な娘のガールフレンドにそんなこと言わないよ~」


「嘘言わなくていいから。前に友達紹介したら大惨事になったこと、忘れたの?」


「そんなことあったかなぁ?」


「隣のボーイッシュだけど可愛いのが田中凛。隣の席なんだ。いつもよくしてもらってる」


「へぇ、そうなの」


「初めまして、田中です!!」


「初めまして、田中さん。元気なお嬢さんだね。可愛いよ」


「口説かない」


「別に口説いてなんてないよ~」


 じゃあ天然のたらしか、そっちのほうが余程じゃないか。


「で、まぁ散々焦らされたけれど、私が×××の父です。初めまして」


「焦らしたわけじゃないよ、父さん。むしろ紹介なんてしたくなかっただけだよ」


「×××、泣くよ?」


「泣いたら夕飯ないよ?」


「我慢します」


「いい子ですね」


 よしよしと撫でていると、背後から加藤が一言。


「お前、父親まで餌付けしてんの?」


「失礼な、別に餌付けなんてしてないよ。躾をしてるんだ」


 とても微妙な空気が流れた。


「×××、私は初めて知った事実に困惑しているんだけど」


「じゃあ聞かなかったことにしたらいいんじゃないかな?」


「×××サン?そういう問題じゃないぜ」


 じゃあどういう問題なのかな?


「ところで、どうしたんだい?こんな大所帯で出迎えてくれるなんて」


「――そう言えば、どうしてなんだろう?」


「なんで×××まで分からないの?」


 父さんが私の額に指をツンと一突き。


「ちょっと、止めてくれない?」


 額にきたその指を払うようにして手を振ると、それを待っていたかのように父は私の手を掴んできた。

 手のひらをまじまじと見つめてくる。

 指の腹、手のひらを撫ぜてその感触を確かめているようだ。

 一体なんだろう、くすぐったいよ。


「×××、ちょっと手が大きくなった? って言うより、少し硬くなったよね、皮膚が」


「そうかなぁ?う~ん」


 思い当たることなんてないような?

 手の皮が厚くなった、硬くなったなんて全然意識なんてしてなかったな。


「何か部活でも始めたのかい?」


「まぁそんなところ?」


「はぐらかさないで教えなさい」


「ちょっ」


 片手同士が繋がれたまま、もう片方の手が襲ってきた。

 脇に手を差し込まれくすぐられる。

 馬鹿、何こんなところでじゃれてくるのよ!!

 そんな風にじゃれていると翔太が、その空間に割って入ってきた。


「あの!先輩の親父さん、ちょっといいスか!!」


「ああごめんね、放っておいてしまって。何かな?その辰巳君」


「あの、あの」


「翔太、抜け駆けだぞ!俺が先だからな!! お義父さん!娘さんを嫁にください!!」


「あはは、×××嫁だって。どうする? しかもさりげにお父さんって呼ばれちゃった。どうしよう?」


「どうするも何も無いよね!?加藤、何言ってるの!?」


「アンタこそ何先に言ってくれてんだゴラァ! 先輩の親父さん!俺に先輩をください!!」


「翔太ああああああ!?お前まで何言って、」


「二人ともずるいぞ!×××ちゃんのお父さん、あたしに×××ちゃんをください!一生大切にする自信があります!!」


「ねぇ孝介、田中さんが男前に将来を約束してくれてるけど、お父さんより男前だよね。凄いね彼女」


「凛、私が先って言ったのに。――お義父さん、×××ちゃんをお兄ちゃんのお嫁にください。料亭の跡取りが旦那です。そこに女将として是非」


「わぁ~、選り取り緑だねぇ××「ああああああああ」


 もう何で!?

 さっきの教室でのやりとりって冗談じゃなかったの?

 あほなの皆!?


「あははははははは、モテモテだね×××」


「うわあああああああああああああ!み、皆、何言ってるんだよ!父さんも笑ってないで助けて!!」


「だって、滅多に見れないよ? ×××の困りきった顔なんてさ」


 堪能しておかないとねって、ああ!もう!!

 こうなれば自棄だ。

 父さんに向き直ると俺は真顔で言った。


「父さん、このへんの挨拶みたいなものだから、さっきの全部聞き流してね。まともに受け取ったら駄目だよ。皆父さんのことをからかってるだけだからね」


「あ、そうなの?」


「ちょ、ひでぇ!!」


「それは流石にあんまりっす!!」


「酷いよ!」


 そうなの?とへらりと笑う父さんの顔は、いつもの何を考えているのかよく分からない笑顔。

 何時も思うが食えない人だと思う。

 だから昔からの相棒とかに言われるんだよ「たぬき」って。

 腹の中じゃ何考えてるか分からない。

 そういうところ夫婦でそっくりだ、娘の身にもなって欲しいわ、全く。

 扱いにくいったらないんだぞ?

 私はくるりとその場から皆のほうに反転すると一言。


「皆もこれ以上騒ぐようだと、各々の家まで話に行くからね?」


 と言うと、皆は黙ってくれました。

 ただし、私の親に話を持っていくのが先か、何ていう不穏な台詞があった気もしますが気にしない。


「皆一瞬にして黙ったけど、いつも×××はそう………なの?」


「何が”そう”なのか分からないですけど、たぶんそれで間違ってないと思いますよ、お義父さん」


 父さんと加藤が何か話してるな、良からぬことを。


「やっぱりあの人の子だねぇ」


「あの、それって、お義母さんって、×××みたいなんですか?」


「聞いちゃう、それを」


「聞かないでおきます。その台詞だけで全て悟りましたから」


 母もアレか。


「いつも大変なんですね」


「分かってくれるかい?私の苦労を」


 惚れた弱みだから仕方ないんだが、それでもねぇと言う×××の父の目にはうっすらと光るものがあった。

 苦労はするのだろうが、それでもアレな部分を除けば普通に愛しているのだろう。

 だから付き合えるし、この先も進めるのではないのだろうか?


「加藤、父さん、その目何?」


 二人が見つめてくる視線は何か不愉快なものを感じた。


「なんでもないよ。ねー、加藤君?」

「なんでもねぇーよ。ねー、お義父さんー?」


 未来を思うと楽ではない。

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