娘さんをください ④



 とりあえず皆さんお帰り願いました。

 最後まで皆さんどこぞの選挙活動のように「加藤、加藤陽介をどうぞよろしく!」だの「田中をどうぞ女にしてやってください!」だのと言ってましたが父さんそこはスルーしておいてください。


 後で皆にも言っておかなくちゃ、悪ふざけも大概にしてくれって。

 父さんあの手のものは楽しんじゃうし、下手したらあの母さんに何を言ってくれるか分からない。

 母さんのほうが怖いんだけど――知られたらと思うとぞっとする――父さんは純粋に、いじるのだ。

 止めて欲しいのにいじる。


 だから、皆からかってるんだ(たぶん)から気にしないでって言ってるのに、どの子がいいの?とか聞いてくるし。

 そういうんじゃないんだって言ってるのに――否、皆も悪いんだよ?

 はぁ、今日は厄日かなぁ……?



 タクシーでも使って帰るのかと思いきや、たまには二人で歩こうよと、父さんに誘われた。

 荷物重くないの?

 う~ん、でも、たまにはそういうのもいいかな?

 父さんとは実に何ヶ月ぶりだろう、こういう「家族のふれあい」ってのは。

 少し、くすぐったい。


「――へぇ~、ここも前より随分と発展したんだねぇ。大きなスーパーがある」

「ああ、あそこは加藤のお父さんがやってるところなんだ。それで七海のお気に入り」


 父さんが遠くを見上げる仕草をしている。

 その視線の先には大型のスーパーがあった。

 大型スーパーを見ると、最近は七海の顔が真っ先に浮かぶ。

 今日も帰ってきたらここに寄るのだろうか?

 そうだ父さんって七海は分かるかな?


「えーっと、七海ちゃんって言うと、凌士君の娘さんだったよね?今は大きくなったんだろうねぇ。写真でしか見たこと無いんだよね、実は」


「そうなの?写真っていうと、手紙とかやりとりあったんだ?」


 初耳だよ。


「二回くらいかな?手紙がきたよ。って言ってもね、赤ちゃんの写真だったから、今はもう――5歳くらいかい?」


「残念、小学生だよ。5歳なんて幼稚園じゃないか。もっと育ってます」


「もうそんなに大きいのかい?参ったな、もう、そんなに大きいのかぁ――」


「何?」


「うん?ああ………年月の経つのは早いなぁってさ?」


 ああ、そういうことか。


「七海ちゃん、大きくなったよ。赤ちゃんよりは随分」


「だろうね。でも小学生じゃあ直ぐに中学、高校って育っちゃうだろうなぁ」


「そうだね、小学生から育つのって結構早いもんね」


「そしたら凌士君は、凄く寂しいだろうね」


「寂しい、かな?」


「それで、ちょっと嬉しい、かな?」


「そういうもの?」


 声に出さないけれど「親ってそういうものなんだ?」と言う疑問が入る。

 自分はまだ親じゃない。

 だから父さんの言わんとする「寂しい」けど「ちょっと嬉しい」が分からない。

 それってどんな気持ちなんだろうか?

 想像することも今の自分には出来ない。


 自分にもいつか子供が出来たら分かるのだろうか?


「私はそうだったよ?×××が、私が家に帰らないうちに、急に大きくなっていて寂しいなぁって思ったり。ああ、こんなに大きくなったんだぁって思うと嬉しかったり」


「昔から、あんまり居なかったもんね?」


 少し恨みがましい台詞だった。

 でも、寂しかった、私も。

 でも父さんも、寂しかったんだね。


「ごめんね?私が君のお母さんを独占していて」


 何言ってるの父さん、あの人は自分の好きなことしかしないでしょ?

 だから別に詫びなくていいんだよ。

 母さんは、私のことも好きだけど、一番が父さんってだけだし、仕事も大好きなんだよ。

 ただ、それだけなんだ。


 だから我侭は言わない。

 母さんが好きなことしてくれるのが好きだったから、私はいいんだよ。

 それに仲のいい二人が私は好きなんだから、別にいいんだ――


 ただ、たまに振り返ってくれて、気にしてくれて、それだけで十分だった。


 今はそう思ってるんだから、謝らないでよ――。


「別にいいんじゃないの?一緒に会社勤めできるなんて最高のパートナーだと思うし。むしろ羨ましい」


「そうか」


 二人が一緒に居て、仕事してる。

 仲がいい二人。

 そこに自分が居れたら良かったとは思う。

 けれどそれは無理な相談だった。

 自分は子供、二人は大人。

 区分けからして違うんだから、無理なんだよな


 絶対に超えられない壁、大人と子供の境――




 覆すことなんて、出来るわけがないんだから――。


 スーパーのBGMが聞こえる。

 可愛い女の子の声で歌われるあのCMの歌。


「あ、七海!」

「お姉ちゃん!おかえりなさい!!」


 七海が手を振っている。

 こんな車の交通量の多い道に、何の用事があったのだろう?

 ――今度から車の少ない通りを通るよう言わないと。

 あ、でも、そうすると人通りが少ないから今度は連れ去りがあるかも、危ないかな?

 どうするか、う~ん、叔父さんに相談しようか??


 私はそのまま七海へと走り寄ると七海を抱え上げた。

 小さな体をぎゅうっと抱きしめてから顔を覗き込む、どうしてこんな場所を歩いていたのか聞いてみた。


「お買い物行こうと思ったの」


「一人で?少し待っててくれたら一緒に買い物に行ったのに。危ないじゃないか、こんな車の通りの多い所を通って………心配だよ」


「お姉ちゃん、しんぱいしたの?あのでも、ううん、ごめんなさい。 でもね、今日はスーパーのとくばい日なの。早く行かないとなくなっちゃうんだよ?たまご」


「ほんと?じゃあ一緒に行こうか、買い物」


「いいの?」


「うん。だって七海が一人で歩いて買い物なんて心配だもん」


「えへへ、ありがとう」


「ううん、可愛い従姉妹だからね、お姉ちゃんは心配なの」


 はにかむように笑うと七海は、私の首にしがみ付いてきた。

 本当に七海は可愛い。

 一人でなんて歩かせてられない――友達の家に行く場合なら兎も角、大型スーパーまでなんて遠すぎる、危険だ。


 何処かで危ない人に絡まれたり、捕まったりしていないかと考えるだけでヒヤヒヤする。

 それくらいならいっそ自分が一緒に歩いていてやりたい。

 過保護だろうがなんだろうが、七海とはずっと一緒に過ごしてやりたい――時間の許す限りだけれど。


「………おーい!」


 ×××と背後から呼びかけられる――あ、忘れてた、父さん居たんだった。

 七海を下ろすと父さんのほうへと向きなおる。

 案の定ぜぇはぁと、荒い息をついている。


 ――体力が無いのは相変わらずなのか。


「酷いよ×××、置いてくなんて」


「ごめん父さん、素で忘れてた」


「ひ、酷い、あんまりだ――×××が、×××が!!」


「母さんの名前呼ぶの禁止」


「ッ」


 へたれ過ぎだよ、母さん、なんでこんなのが好きなの?

 否、確かに可愛いと言うか、放っておけない感じはするんだけどさ?

 でもなあ――?


「はぁ」

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