娘さんをください ⑤


「お姉ちゃん、と、あの………」


 くいくいと私の袖を引いてくる七海。

 ああ、そうか、父さん見たことないもんね?

 知らない人が居るからどうしたらいいのか分からないみたいだ。

 致し方ないか、父さんを紹介しよう。


「私のお父さんだよ、不本意だけど」


 付け足した言葉に父さんから「酷いよ!」とまた抗議の声が入る。

 そこはとりあえず黙殺して七海へとにこりと微笑みかける。

 七海は父さんと私を見比べてから私に確認するかのように言う。


「お姉ちゃんのお父さん?」


「そうだよ~、七海ちゃん」


 声が無駄にはしゃいで聞こえた気がするんだけど。


「父さん、七海に対して変なことしないでよね」


「しっ、失敬だよ!私はそんなことなんてしないよ!」


「そんなこと?何を想像したのさ?私は変な事するって言っても、ただおかしなことを吹き込まれないか心配だっただけで、何か勘違いしてない?」


「あの、えっと――そんな目で見ないでくれないか」


 父さんは一人で勝手に挙動不審になり、勝手に自爆した。

 七海で何を想像したんだ貴様。

 いくら実の父親と言えど、下手なこと想像してたら真面目な話、三枚に下ろすよ?

 私は本気だからね。


 何も口にしていないのに、そんな私の心の中の台詞が聞こえたのか、父さんはその場でがたがたと震え始めた。

 おや、おかしいなぁ?

 何も声に出していませんのに。


「――普通の自己紹介ならしていいから、ほら、さっさとする」


「はい、ごめんなさい」


「えっと、ケンカ?」


 七海、ケンカなんてしてないんだよ?

 これは一方的なものだからケンカにすらなってないんだよー?

 ――とは言えないので、そこも笑顔で、


「ケンカなんてしてないよ?父さん、七海があんまり可愛いって言うからさ?ちょっと七海に何もしないでねって言っておいただけだから」


「七海、可愛くない、よ?」


 もじもじとし始めてしまった七海

 ああ、も~、ほんっとに可愛い。

 そんなところ含め可愛いって言ったら、益々七海は真っ赤になった。


「可愛いよ、すっごく可愛い」


「もうっお姉ちゃん!!」


「あはは、だって七海が可愛いんだもん、しょうがないだろ?」


 七海に可愛いを連呼していたら父さんが拗ねた視線を送ってくる――何?


「私も構って欲しいなぁ~って」


「男の上目遣いなんて可愛くないよ、父さん」


 そんな冷たい言葉一つで項垂れる父さんは可愛いけどね?


「お姉ちゃん、あのね、えっと」


「ごめんね七海。ほら、父さんが早く自己紹介しないから七海が困ってるだろ?」


「それは私の所為なの!?それに違うと思うよ×××!?」


「あの、あのね?えっと」


 もういいよ~とか何とかぶつぶつと言う父さん。

 ったく、しょうがないな「藤原家に帰ったら思う存分甘えてあげるから、だからちょっと辛抱しなさい」――そんなことを言ったら途端、しゃきっとなるうちの父親。

 本当に変わっているよ、この人。

 でも甘えたいのは本当はこっちだから、まぁいいか、おかしいのは親子揃ってってことで。


 営業スマイルを浮かべつつ、父さんは七海に話しかける。


「――私は×××のお父さんなんだよ、七海ちゃん。そして君のお父さんの義理の兄にも当たるんだよ」


「お父さんのお兄ちゃん?」


「そう、はじめまして七海ちゃん。仲良くしてね?」


「はじめまして、お姉ちゃんのお父さん!七海となかよくしてね!」


 鸚鵡返し宜しく、七海は仲良くしてねと言う。

 父さんにまでそんなに愛想よくしなくてもいいのにと思う。


「可愛いなぁ、七海ちゃんは。よいしょっと益々義妹に似てきたね。あ、妹って言ったんだよ。妹に似てきたなあって」


「?いもうと??」


 何勝手に抱き上げてるのさ、何て思う。


 七海を抱き上げてしまった父さんに対してちくりと痛む胸。

 たぶん、なんだかんだ言いつつ、父さんのこと、私は可也好き。

 七海みたいに、まだ私が小さかったら抱き上げてもらえたのかなって思うと、少し切ない。

 それでもそんなことは口に出せない。

 そして、最終的に口に出せたのは、当たり障りのない疑問符だった。



「父さん、叔母さんにあったことあるの?」


「当たり前でしょ?義理の妹なんだよ~?」


「そうだよね、私は覚えてないけど、なんか叔父さんには、私、あったことあるって言われたし」


 昔のことだから、覚えて無くてもしょうがないだろう?って、そんなに小さい頃だったのか。

 一時期叔父とも暮らしていたことがあったんだとも聞かされて、本当に吃驚した。

 しかも10代と20代だった頃の堂島さんとだって、二回も暮らしたことがあったんだ、凄い。


 でも、覚えてないんだよね。

 ごめん、凌士さん。


「にしても、ほんっとに可愛いね。七海ちゃん、お母さんに似て将来美人になるぞ~」


「ほんと?!」


「うんほんと、伯父さん嘘つかないよ」


「えへへ」


 七海は思わぬところで母の話を聞けたのが嬉しかったのと、自分が母に似ている事実が嬉しかったのだろう、笑った。

 そして将来、美人になると言われたのも効いたのだろう、とても嬉しそうだった。

 抱き上げた七海に顔を寄せて笑う父さん。

 羨ましいな、二人が。


 俺は、微笑ましい目の前の二人の光景に、何故か距離を感じた。


「ちょっと宜しいですか」


 え、警察官?

 と言うかお巡りさんだった。

 何だろうか?


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