風邪ひきました ②
≪第三者視点≫
チャイムの鳴る音がする。
×××は一階の叔父の寝室でその音を聞いていた。
それは何故か、実は今朝方二階から降りた階段のところで倒れこんでいるところを発見されたからだった。
風邪で動けなくなった体に鞭打って、再度二階へと上がる気力は欠片も残っちゃいなかったのだ。
だから叔父の寝室を提供された、一時的に。
――チャイム鳴ってても出れないな。
居留守使おう。
この部屋の主である叔父はというと、本日は半休を取ったらしく午前中に病院やら水枕等の買出し等行ってくれた。
一時は途中で力尽きてしまい、歩くのも億劫になりかけたことがあったので叔父が居てくれて助かった。
ただ、叔父の看病はあまりにも酷かった――
お粥を作ってやると言ってキッチンに行ったかと思うと、数分も経った頃には何かが爆発した音をさせて、失敗したらしい物体X~叔父バージョン~を持ってこられた。
味がしないお粥の中には、何故か月森の頭に鈍痛をもたらすものが入っていたようで、症状は悪化した。
そしてキッチンはと言えば無残なことになっていて――結局自分が諸々の掃除をした。
熱が更に0.4度ほど上がった。
汗をかいたんだろうと言ってパジャマを着替えさせてくれようとした時も最悪だった。
最初は×××自身が、服を自分で脱ごうと必死に格闘していたのだ。
けれど指が上手く操れないのか、×××が服を一枚脱ぐのももたついていたのを見るや否や、叔父は「俺が脱がしてやるから、じっとしてろ」と服を毟り取った。
そして着ていたパジャマのボタンは一つが千切れ飛び、二つが千切れかかっているような状態。
――後でボタンつけなおそう。
更に熱は上がり続けそうだ。
ただ静かに寝ていたいだけなんだけどな。
なんだか泣きたくなって来た。
パジャマを着替えさせている途中で叔父が何かに気がついたようで「おい」と声をかけてきた。
もう放っておいてくれと思っていた×××は、ぼんやりと声のする方向を見やると「お前、そんな顔向けるな」と、ばつが悪そうな叔父の声。
何なんだと思いつつ首を傾げれば、叔父は「頭冷やしてくる………じゃねぇよ。顔洗ってくる」と寝室から出て行った。
本当に何なのだ?
暫くすると戻ってきた叔父の手には何故だか風呂桶とタオルがあった。
「――体、汗かいたろうから気持ち悪いだろ?」
「助かり、ます。 確かにべたべた、してて、気持ち悪かった、から」
なるほど、それで顔を洗いに行った訳か。
ついでに風呂桶にぬるま湯とタオルを持ってきてくれるなんてありがたい。
――けれどこんなのはあんまりだろうよ。
「自分で、やり、まっ……!!」
「いいから、俺に任せろ」
「やっ……そんなとこ、自分でやれまっ……す!」
「いいから……」
「ほんと、もっ、勘弁して、く……」
新しいパジャマを引っ掛けただけの上半身をまた剥かれ、濡れたタオルで拭われた。
×××は動けない体に鞭打って、叔父の手から必死に逃げようとしてみるが、ガタイのいい叔父――しかも現役の刑事――の腕力に勝てるはずもなく簡単に押さえ込まれた。
――そこまでは良かったのだ、そこまでは。
上半身までで終わりだと思ったのだ。
けれどそこで終わらなかった。
×××もつくづく甘い考えに囚われていたのだ、弱った己がどのような痴態を曝しているかなど知らず。
×××は下半身まで剥かれ、足の指の間まで拭われる。
下着は上下共に死守したが、相当な状態になっていたのは言うまでもない。
恥ずかしさで今なら死ねると×××は考えていたが、彼女の叔父はもっと凄いことを考えていた。
「何だってまたこいつこんなエロいんだ?目病み女に風邪ひき男何て言うが、マジだろ。俺が今何したって誰も責められんだろこれ」
完全に犯罪者の言い訳です、ありがとうございます。
体を完全に拭き終る頃には×××は碌な抵抗も出来ないほどにぐったりとしていた。
あちゃー、悪ふざけをしすぎたか。と叔父である藤原は頭を掻いた。
実に今更な台詞であるが、まあ致し方ない部分もないような気がする。
「も、叔父さん、ひどいです。やめてって、いった」
「あ~、悪い。最初はからかってやろうかと思ってたんだが、途中から楽しくなってきてな」
ついつい、と叔父はのたまう。
ついついじゃねぇよ。
抗議の声は、喉の奥に絡まって消えた。
とりあえず体を拭いてもらえてすっきりはした、けれど大事な何かを失った気になったのも事実である。
×××はこういうときに言う言葉は「もうお嫁?お婿?に行けない」だっただろうかとぼんやり思う。
もう完全に彼女は混乱しているようだった。
下着は剥かれていないし、全身拭かれただけなのだが、お嫁に行けない程ではなかろう。
「おい、お前本当に大丈夫なのか?やっぱり俺ぁ、一日休んだほうがいいか?」
「いぃですっから、ほんとに……」
看病されて症状の悪化した×××にとったら、先ほどまでの行為は小さな親切大きなお世話だった。
叔父の看病を今直ぐ止めて欲しいと思ったときに、彼女の脳裏に浮かんだのは小さな従姉妹の顔だった。
たぶんこれを止められるのは七海くらいのものだろう。
×××は心の中で叫んだ「七海!叔父さんが!叔父さんが!!」と。
「七海、早く帰って来てくれ!!」
熱が41度行くか行かないかあたりになったところで、ぐったりと力が入らない状態になった。
視界さえもぼやける。
視界の端にちらちらと何かが映りこむ――叔父だ。
シーツって交換したほうがいいんだよな?と言い、叔父が動こうとした。
それを見て月森は「もういいから、大丈夫ですから、仕事戻ってください」と言った。
もう何もしないで欲しい、逆に熱が上がるからと言うのが本音ではあるが、もう時刻は十一時を回っている。
半休を取っているとしても、もうそろそろ出かける準備なり何なりしてもらわねばなるまい。
「早く、でかけてくださ……時間ですから」
「お、ああ、もうこんな時間か。流石にまずいか……いや、けどなぁ」
「一人でも平気です」
少々揉めたが何とか出かけてくれた。
出かける際叔父は、色々と枕元に置いては何かを言っていた気がするが、叔父が出かけてくれると言うだけで、×××にはもうどうでもよくなり、全ての台詞に「分かった」と「うん」だけで答えていた。
×××も大概酷い。
彼女はいってらっしゃいと言うとそのまま布団に突っ伏した。
もう起きていられるほどの体力も残っちゃいなかった。
*****
頭を撫でる手がある。
ひんやりと心地いい。
意識がゆっくりと浮上していく。
「お姉ちゃん、おきた?」
「七海?」
「うん、かえったの。ただいま、お姉ちゃん」
「おかえ、り……七海」
少し枯れた声で×××が返事をするとにこりと微笑む七海。
お水飲むでしょ?と吸い口付のスポーツ飲料水を差し出された。
帰宅したばかりで寝込んでいる従姉妹に、こんな気配りが出来る七海はとてもいい子です。
自慢の子ですと、親馬鹿宜しく従姉妹馬鹿を思わずやりたくなる。
差し出された飲料水をごくりと嚥下し、喉を潤す。
大分喉が渇いていたようでいくらでも飲めそうだった。
ある程度飲み干すと人心地ついたとばかりに、×××は吸い口付のボトルを枕元に置いた。
ありがとうと礼をし、×××は七海を近くへと招いた。
「七海、おいで」
「うん」
頭を撫でる。
今朝方倒れていた×××を発見したのは七海だった。
要は第一発見者。
彼女は見つけたばかりの行き倒れを開口一番「どうしようお父さん、お姉ちゃんがしんじゃった!!」と叫び、父を呼び泣きじゃくっていた。
それを倒れたまま聞いていた×××はと言うと、まだ死んでないと思うばかりで身動きすら取れなくて困っていたとかなんとか。
彼女には彼女なりの事情があった。
母を亡くし、次に歳の離れた従姉妹をも失うのではと恐れたあまりの台詞だったのだろう。
けれどまだ死んでない。
かといって大丈夫といえるほどの体力も残っていない。
×××は助け起こされるまでそのままで居た。
朝のことを思い出して苦笑してしまう。
ああいう風にどたばたとしながらも人に心配をかけるのも初めてだったが、死んでいるのではと思われたのも初めてだ。
傍に居る七海の体を引き寄せると優しく掻き抱いた。
もう大分体調も回復したようなので、七海に触れても大丈夫だろう。
「もう大分元気になったよ」
「うん」
「ごめんね、心配かけて」
「うん」
「もう無茶しないから」
「……うん」
七海が首に腕を回してくる。
逆にぎゅううとしがみつかれた。
「お姉ちゃん、あせくさいよ・・・」
「風邪引いてますから」
七海の気の済むまで、暫くずっとそうしていた。
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