風邪引きました ①

「げほげほっ・・・あつぃ・・・」




風邪引きました




 寝返りを打つと水枕が耳元でちゃぷんとなる。

 この熱ではどちらにせよ今日は、学校を休まねばなるまい。

 体温計の指し示す数字は40.2度だ、まず間違いなく学校に行ける熱じゃないだろう。

 けれど実際問題、本人は元気だ。

 熱の所為でハイになった脳味噌はふわふわとしていて、その身は軽く感じられる。

 いっそただ体が怠いだけにさえも思われるほどに。


 喉はからからに渇いているが、逆に言えばそれだけだ。

 更に言うならば咳もほとんど出ていないから、本当に風邪なのかさえ疑問が残る。

 熱さえ引けば今直ぐ学校に行けそうな気さえしている。


ピピピッ


 食事を終えてまた熱を測る。

 体温計を見やるとおかしな数字が映りこんでいる。

 故障したか?


「――この体温計、壊れてるんじゃないの?」


 叔父さんに軽く小突かれた。


「馬鹿言ってるんじゃねぇよ。ったく、熱上がってんじゃねぇか・・・おら、脱げ。着替えて、また寝てろ」


 叔父さん、私は一応病人です。

 パジャマを脱がすのも、もうちょっと優しく……

 ああ、も~……ボタン一つ飛びましたよ。

 ったく、叔父さんは乱暴なんだから。


 あ~、だるい……



*****



≪友人視点≫


 おーっす!と教室に入り、適当な挨拶を放った。

 雨が上がった後の本日の天気は快晴である。

 いつもよりか気分も若干いい。


「おーっす、加藤。遅刻寸ぜ~ん、もしかしてまた自転車乗ってきたの?んでまたどっかぶつけた?」

「ちげーよ、今日は普通に歩いてきたの。ただ、寝坊したんだっつーの!俺がいつでも何処でも突っ込んでるみたいにゆーな!」

「お早う加藤君。遅かったから、もしかして今日は加藤君も休みかと思っちゃったよ」



 二人とも休みかな?って、ちょうど凛と話してた所なんだよと天寺が言う。

 二人ってどういうことだ?

 話が見えない。

 加藤は疑問を感じたそのままに聞いてみた。


「何よ、誰か休みなわけ?」

「×××ちゃん。今日風邪で休みだって」

「うっそマジ?!・・・やっぱアイツ昨日無理してたんだな・・・」


 ×××の体調不良に思い当たる節があった加藤はぽつりと零した。

 普段休むことなんて絶対になかった、優等生である友人の突然の休み。

 驚いたことは驚いたが、それとともにしっくりと来ることがあったのだ。

 前日の体調に少しだけ、自分は思い当たることがあったから――


「……?」

「昨日の俺のシフトの時きたんだよ。大型スーパーに。少しふらついてるように見えたんだよなあ。なのに止めても聞かねーで、スーパーで俺がバイト休んだって言ったら手伝ってってくれたんだよ」


 間違いなくあれの所為だわと悔やむ加藤。

 だが実際はもっとひどいことがあった。


「ちょっ、あたしそんなの聞いてない!!」

「本当なの、加藤君」

「ってゆーか、バッカじゃないの加藤!?友達なんだし体調不良分かってたのに、肝心な時に止められないなんてさっ!」

「俺だって必死に止めたっつーの!!でもアイツ、バイト休んでる奴が知り合いだから悪いからって手伝うってきかねーんだよ。だから俺のシフト終りまでつって手伝って貰った。……一応俺もあいつをサポートしたさ!でも、マジ体調不良酷くなってって、ヤな予感はしたんだよ。 あーもー!!はいはい、どうせ俺が悪いですよ!!」

「そうよ、加藤君が悪いんだからね!!」

「っつか他にもバイト居たんだよ?俺だけ責められるのおかしくねぇ?!」


 がなってみたが意味は無い。

 女に口で勝つことなんて、男には逆立ちしたって出来ないのだから。

 矢張り止めるべきだったのだ。

 はぁ、と嘆息を一つ吐き出すと、とりあえず今日の放課後はバイト休んでアイツのところに行こうと、己の予定を頭の中で書き換えた。


 それにしても彼女は本当に大丈夫だろうか?

 前の席が空席なのを見て思う、会えることが普通すぎて、今が途轍もなく不安に感じる。


 ――否、寂しいのか?


 昨日の別れ際もだが、足元が何時もより覚束無い様子に見えた。

 矢張り自分が昨日止めるべきだったのだ。

 後になって後悔したって遅いって、学んだはずだったのに――悔やまれてならない。


「俺、ほんっと、馬鹿じゃねぇか」


 ぽつり、零した台詞が空気にとけた。



*****



 放課後にもなると、すわ伝言ゲームか!?と言うばかりに話は伝わっていったようで――

 教室には×××の知り合いである面々が時を置いては足を運んだ。

 今もまた一人、教室に足音荒くはいってきた女子――結実が居た。


 がらぁっ!!


「――ねぇ、×××ちゃん、入院したってほんと?!」

「あ~……君、演劇部の子だっけ?」

「うん、そうだけど……×××ちゃん、具合悪くして昨日運ばれたって聞いて。……あの、何処の病院になるの!?私お見舞いに行きたいの!」

「………うはぁ、何処まで尾ひれついちまってんのよ」

「なんか、凄いね」

「ねぇってば!!」


 げんなりする。

 今日でこのような勘違い野郎の入室は実に四名だ。

 一人目、二人目あたりはきちんと誤解だからとやんわりとした対応をしていたが、三人目と続くとその気持ちも萎える。

 思わず三人とも半眼で対応してしまいそうになる。

 けれどそこはぐっと堪えておかないといけない。

 本人達はいたって真面目なのだし、それを下手な返答の仕方で傷つけるわけにもいくまい。

 なれば我が!とばかりに加藤は、得意の営業スマイルでもってにこやかに結実に話しかけた。


「なんか、誤解があるみたいだけど、別にアイツは入院なんてしてないし、そこまで酷いもんじゃねーよ。ただ風邪引いて今日は寝込んでるってだけ。だから、」

「嘘よ!だって聞いたのよ私、×××ちゃんが夜中に救急車で運ばれたんだって!」

「ちょっと待て、それ何処情報よ?」

「?え、えっと……廊下に居た男子が。 だから私、心配なのよ!!もー、いいから早く教えてよ!」


 結実はじれったそうにしている。


 ――と、そこにまた新たな入室者が現れた。

 加藤の同級生の弟だった。


「ちょっと、いいですか?先輩が車に撥ねられたって聞いて――」

「だから!マジでそれ何処情報なの!?いい加減にしろよな!!!」

「花村君、そこは彼は関係ないんだからキレたらまずいよ………ビックリしてるよ」


 とりあえず、謝る。

 悪い、ちょっと噂が……と言葉を濁して。

 男の謝罪は土下座だろと言う凛の言葉はこの際無視した。


 ――それからも頭痛の種は尽きることなく湧き続けた。

 一体アイツはどれくらいの交友関係があるのだろうか?


 ×××の体調不良に伴い、この教室内に訪れた面子は一年生から果ては校長まで、バラエティに富んでいる。

 学年主任に至っては神社で祈祷でもする勢いだった。


「……あのさ、噂の元、マジで成敗したほうがよくねぇ?いい加減埒あかねーっつの、コレ」

「成敗?それなら拙者にお任せあれっ!! ……ってことで行ってくるね」

「凛、私も行く」

「おう、行こ行こ♪」


 何やら黒いものを背負って教室を出て行く二人。


 ヤバい、噂の元締め、死んだかも。


 南無!

 あの二人が悠然と歩いていった出入り口に向けて手をあわせる。

 死ぬなよ、と祈るにあわせ、死んでも化けて出るなよ!と付け加えておく。


「――とりあえず俺はこれを届けるとしますか」


 皆から貰った見舞いの品を引っ提げて、加藤は×××の住まう藤原宅へ急いだ。

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