自覚する時(叔父視点です)
もうあれから何ヶ月経ったんだ?
一緒の部屋に居るのが当たり前になった姪っ子。
何時しか、このまま、ずっと住み続けてくれないかと願っている自分に気がついたのは、何時ごろのことだったか――?
なぁ、姪よ。
このままずっと、ここにいられないのか?
自覚する時
姪がきてから暫く経った頃か、留守してた間に、俺よりも先に娘の七海がアイツに懐いた。
ずるい、なんて言うのは大人げないとは分かっちゃいるんだが、やっぱりずるいと思う。
長い時間一緒に居るんだし、仕方ないとは分かってはいるんだ――いるんだが!
それも分かるし、諦めがつく、んだが――それでも、羨ましく思っちゃいけないのか?!
ずるいだろ!
大体、そりゃあそうだろうよ!
俺より長い間過ごしてんだから、当たり前だろ?
仲良くなるなら順当に言って七海のほうが速いに決まってる!
分かってるさ、それくらいなぁ!
それに、そういうの抜きにしたって、親の俺よりアイツのほうがよっぽどいいだろ。
若いし、綺麗だ。
何より最近の若いのにしちゃあよく出来た子供だ。
姉貴の子供にしちゃあよく気が利いてて、それこそ気のいいやつだ。
懐くのは当たり前だっつーのは、俺だって分かってる。
何よりアイツのメシは美味いし、面倒見もいいみたいで、家事の他にも何だかんだと構ってもらっているらしい。
最近はたまに添い寝もしてもらってんだって聞いたぞ。
ずるいだろ、七海。
俺だって一緒に過ごしてみたい。
家族で団欒ってのも囲んでみたい。
仕事さえ詰まってなきゃあ、そうしてるさ。
一緒に買い物に行ったり、風呂に入ったりと毎日楽しそうにしてりゃあ、アイツのほうもべたべたに可愛がってるのが分かって、こっちも相当羨ましいと思う。
アイツは何でか、他人と距離を置きたがってるみたいに見えるが――どうしてどうして、一旦内側に入れられたら、べたべたに甘やかしてやる性質らしい。
七海に対してがそうらしいから、本当に思う、俺にもそうしてくれりゃあいいのによってな。
こっちは毎日惣菜パンやら、スーパーの値引き弁当だってのに、七海はアイツの手料理。
こっちは毎日夜遅くまで楽しくもない野郎共と面つきあわせて残業だってのに、七海はアイツと仲良く洗濯物畳んだり、食器洗ったり、何処の新婚だって毎日だ。
こっちは毎日シャワールームでざっと体を洗ってるだけだってのに、七海はアイツと一緒に風呂だって?
――いい加減に俺が腐る。
時々帰宅するたびに、そっけない俺の態度に全く引かず、それどころか甘やかしてくれる姪に、俺は何時しか惹かれてたんだ。
なのに俺は、毎日アイツの顔すら見ることが適わない。
最近じゃあ、笑顔だって時々は向けてくれるようになったってのに、何で俺は顔すら見れない?
なんだってんだこれは?
神ってやつが居るとしたら、妨害でもされてんじゃねぇのかって思うぞ、おい?!
「叔父さん、お帰りなさい」
「あ、お、おお、ただいま」
「ところで――ちょっといいですか?」
「・・・なんだ、なんだ?」
帰宅してきたばかりなんだが、ネクタイを寛げていた所で呼び止められた。
誰も居ない居間でソファに寝ッ転がるかと思っていたところだっただけに、行き成り声をかけられて驚く。
そして、背後へと振り返り、更にどきり、心臓の鼓動が高鳴った。
そりゃもう驚いた。
何に?――んなもん簡単だ。
風呂上りだろう良い匂いがする姪っ子の寝巻き姿に驚いたのだ。
なんてタイミングに帰ってきたのか、少しだけ後悔し、そして、少しだけ感謝した。
ナイスだ相棒。
仕事の相棒がぽかやらかしたお陰で、中途半端な帰宅時間になったお陰でいいもんが拝めたと、少しだけ感謝した。
明日は少しでいいから優しくしてやろうと思いつつ、姪っ子のほうへと顔を向ける。
すると目の前にお釈迦様宜しく、手のひらを差し出し、ぴたり、顔の前へと突き出してきた。
脳内を占めるのは、これをどうしろってんだという、疑問符のみ。
そして姪っ子が言うには、手を貸せとの言葉。
手を?――一体全体、何のことだか分からなかった。
「手、貸してください」
「ああ?」
そして、馬鹿なことをやっちまったとは思ったが、つい何時もみたいに口を開いちまった。
ああ、最悪だ。
機嫌を損ねなければいいと思いつつ、ちらりと姪っ子の顔を見やれば差して気にした風でもない。
むしろ早く手を出せとせっつかれた――本当に何なんだ。
言われるがままに手を差し出せば、俺の手に、同じ様に手を合わせてくるアイツ。
それも指先を合わせようとして、俺の手を取り丁寧に扱われるのだから、俺の心臓はさっきっからこのままだとおかしくなっちまいそうだってなくらい、馬鹿みてぇにでかい音を鳴らしてやがる。
目の前にはそんな俺に気がついてさえいない姪っ子が居て、なのに俺は勝手に浮かれて――こんな俺を、誰かいっそ滑稽だと笑え。
どこのガキだっつぅ話だ。
青臭いどころの騒ぎじゃないぞ。
「・・・・やっぱり、叔父さんのほうが手、大きいですね」
「?――そんなの、当たり前だろ」
「あ、お父さんおかえりなさい!」
何の話だか分からないままに答えていれば、姪っ子の足元へとぱたぱたと、こちらも風呂上りの温まった頬をした七海が走ってきた。
赤い頬がふっくらとしていて、何だか妙に安心する。
「おお、七海、ただいま」
「お姉ちゃん、どうだった?」
そいつぁちょいとそっけなくはないか、七海よ。
わくわくしている――そんな様子で愛娘が姪に話しかけている。
俺とアイツの目の前でぴょこぴょこ飛び跳ねて回る姿を見て、思わず眦が下がる。
小さな体を目一杯使って興奮を表している様子が可愛らしいったらない。
そんな七海にアイツは言うんだ。
「やっぱりお父さんのほうが大きかったよ?」
「そうなの?」
「何だ・・・七海が何か言ったのか?」
なるほど、七海が何か言ってこうなったのかと少しだけがっくりときた。
自分から姪っ子が近づいてきてくれるほどに、俺はコイツと仲良くは無い。
叔父と姪、居候と家主くらいに本気で思って居なさそうで寂しい。
俺ばっかり思ってるんだよな、そういや。
ため息しか出ないな。
と言うよりも、だが、何だってまた俺は、年も離れたこんな子供にやられちまってるんだろうな?
考えてみりゃあ馬鹿馬鹿しいよな。
相手はこんだけ年が離れた、それこそガキって言っていい年齢だぞ。
それに何でまた、こんなにいれこんでんだ、俺は?
全く、意味が分からんな・・・
「間接一つ分――とまで行かないけど、大きいよ」
そう言いつつ、濡れ髪を払う仕草をされれば、ふわり、漂う色香に理性が持っていかれそうになる。
指がぴくりと動いて気づく。
不味い、止めろ――無理矢理に指を血の気が失せるまで握り締める。
ぼんやりしていた脳みそを、たたき起こされたような気分だ。
むしろ、その頭を金槌でぶん殴られた、そんな衝撃が走った。
俺は今、何しようとした?!
濡れ髪を払う、その指先を掴まえようとした。
そして何をしようとしたんだ?
掴まえて、血が上ったその肌に――何をしようとしていたんだろうな。
おいおいおいおい、目の前にてめぇの娘が居るのに俺は何考えてんだと、自分で自分に言い聞かせるように胸中で叫び倒す。
馬鹿か、相手は一応は美形っちゃ美形だが――姪だぞ。
許されざる相手だ。
興味の範疇にない、なんてのは、当然のことで。
自分の中に選択肢としてだって無かったはずだったってのに、何だって急にまた・・・そんな、姪になんて転ぶんだ!
惹かれるにしても、まさか性的にまで惹かれているとは思わなんだと、自分で自分に裏切られたような、そんな気持ちになれば、苦いものが胸中に広がっていく。
無い、無い無い無い、無いったら無いんだ!!
雑念を振り払うべく、そのまま頭をがしがしと掻き毟ると、目の前の子供2人に向き直る。
「済まん、風呂は2人とも入った――んだよな?」
「え、ええ。入りました」
「じゃあ、貰って構わないな?」
「はい、どうぞ」
「悪いな」
疲れてるんだと言わんばかりにしてやれば、姪っ子は空気を読んだらしく、そのまま俺を止めることはしない。
さて、雑念を振り払うべく風呂で汗を流してさっさと寝るかと思ってみれば、ここで思わぬ爆弾が投下された。
七海だ。
ある意味七海の空気を読んだ発言に、俺は内心で悲鳴を上げそうになった。
「あ、七海もはいるー!」
「な、・・・七海?」
「お姉ちゃん、入ってくるね!」
「え・・・でも、一回はいったじゃ、」
「全員ではいろ?」
「は?いやだってまって」
アイツは俺の顔を見て、ついで七海の顔を見て、どうしたものかと考え込んでいる。
参った。
何でまた行き成りそんなことを言い出すんだ七海。
妙な空気になっただろうが。
空気を読んでないのか、はたまた読んだ結果なのかは分からんが、困る。
正直な気持ち、とても入りたい――が困る。
むしろ、入りたいが、入った後が怖いんだ……
嫌な類の汗をかきつつ、七海をどうにか説き伏せようと口を開く。
「七海、お前、風呂入ったんだろ?俺は風呂に入ってないから入るんだ。2回も3回も入ったら、七海が上せちまうぞ?な?」
分かれ、分かってくれとの一心で言うんだが、効果は全く無いようで――
「え~……でも、七海、お父さんのせなかながすっ!」
嬉しいんだが、それを通り越して今はむしろ痛いぞ七海。
「七海、お父さん困ってるよ」
ほんとにな。
「ね?――それに、七海はもう寝る時間でしょ?早く寝ないと明日の学校、いけなくなっちゃうよ?」
「でも・・・」
「ね?」
七海と姪っ子の問答だ、俺は下手なことを口にしないため、それを見守ることにした。
何とか姪が勝ってくれることを願って。
――そして何でかこうなった。
「叔父さん、背中流しますからどうぞ」
「って、本気なのか・・・」
「七海との約束ですから」
「ああそうかよったく。お前も人がいいっつか、なんつーか・・・なぁ?」
七海との妥協点らしく、俺の背中を自分で流すことを了承した姪。
流石に服を着用してのそれだが、こちらは下半身を隠して挑んでいる。
そんな装備で大丈夫か?と言われかねないがこれしかないのだ。
俺は流石にそれは無いだろうとは思ったが、七海がそれをしないつもりなら寝ないと最後までごねるため、致し方なくだった。
何が悲しくてこんなことになってるんだか、さっぱりだ。
因みにそれを姪が了承した途端、素直に寝ることにした七海。
いっそ愛娘のその時の笑顔が憎かった・・・・
っつか、何でお前も嫌がらないんだ。
「別に、嫌じゃないかなぁって・・・」
「うん?」
「いいえ。それより、早く座ってもらえますか?」
「ああ・・・ま、頼む」
「はい」
なぁ、おい、一体全体、これは何の拷問なんだって話だろ。
兎に角、今ひとつだけ分かってることがある。
それは――今日は寝られそうに無いなってことだ・・・・
最悪だ。
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