従姉妹とエプロンと 1

 この間、言われた一言「お姉ちゃん、お料理出来るんだ」それが元でなのだけれど。

 ――兎に角、これから従姉妹のために夕飯をつくろうかなと思ってる。



従姉妹とエプロンと



 それは従姉妹が大型スーパーに行った日のこと。

 弁当の材料を買ってきてくれた日のことだった。

 私が二人分の弁当になればいいと言うほどの量をさくさくと調理していくのを見て、従姉妹は驚いたようだった。



「お姉ちゃん、料理出来るんだ!」


「・・・ああ、たまにしか作らないけどね」


「そうなの?」


「うん、一人だと面倒だから。前はよくコンビニに通ってたんだよ」


「コンビニのお弁当?」


「そう。でもそれも毎日だと飽きちゃって、だからこうやって時々弁当も自作してたんだ」


「本当?すごいね!」


「・・・そうかな?そうでもないよ」


 そうでもないんだよ。

 誰も作ってくれないから作ってただけなんだよ。

 過去、一人で居た自宅で調理していた頃を思い出した。

 あの頃の自分が居なければ今の料理の腕は無かったわけだけれど、それでもあまり良い思い出じゃない。




 さて出来たと、そのまま出来た弁当の材料を適当な皿に盛り付けラップをし、冷蔵庫の中に入れた。

 後は明日でいいだろう。

 冷蔵庫からダイニングテーブルへと視線をうつすと、従姉妹があのね?と上目遣いで聞いてきた。

 どうかしたの?と優しく聞くと頼みがあると言う事だ。

 なんだろう?



「ねぇねぇ、お姉ちゃん・・・あの、一つお願いしてもいい?」


「どうぞ、何でも言って?」


「あのね・・・わたしにもお料理作ってくれる?後、お父さんにも」


「ああ、うん。いいよ」



 それくらいならお安い御用だ。

 簡単なものでいいのだったらいくらでも――と言っても、もう夕飯の惣菜は食べてしまったし、後日になるだろうけれど。


「ほんと?!あのね、あのね、わたしは学校給食だから、お弁当は無理だけど、お夕飯にお姉ちゃんが作った料理、食べてみたい!」


「それくらいならいいよ」


 任せてと請け負ったのは昨日の事。

 今日は特に用事も無かったから、学校から帰宅して直ぐに冷蔵庫の中と相談してみた。


 案の定何も無い。




 ――ま、期待してなかったけどね。


 さて、どうするか。



「いっそ毎日夕飯だけでも作るかな?」



 ふいに思いついたことだった。

 そうだな、そうしよう。





 毎日惣菜なんて味気ないだろう?と先にかえって来ていた従姉妹に言い、今日は大型スーパーで夕飯の材料を買いに行こうかと提案した。

 従姉妹には、今日は私が作るから何が食べたい?とリクエストを聞いてみると、矢張り遠慮したように――まぁ、あまり自分の料理の腕を期待されてもいないのだろう――何でも良いよと言って来る。

 苦笑しつつ、じゃあ適当に数日分の食材を購入して帰ろうかと提案すると、毎日作ってくれるの?と驚いたように返された。

 一々返答が帰ってくることが新鮮だ。


 家では自分で作るのが当たり前だったし、作るのが面倒で作らなければ、自分の分だけ買ってくるのも当たり前だったから、毎日作ってくれるのか?との問い自体が初めて聞かれた台詞だった。


 くすぐったいな。



「今度からそうしようかなと思ってる。あなたのためにも毎日惣菜なんて体に悪いしね」


「お惣菜って体に悪いの?」


「毎日食べてるとちょっと悪いかな」


「そうなんだ・・・」


 あまり納得のいった様子ではないながらも軽く頷いてくれる。

 適当に必要そうな材料を籠に入れていくと、直ぐに籠は一杯になった。

 あの家には調味料や食パンや卵などのそういった類のものはあるけれど、小麦粉や片栗粉、バターに生クリーム、チーズetc.・・・そういったものが一切無いのだ。


 けれどそれも当たり前なのだろうとも思う。

 料理が出来る人間が居ないのだからしょうがない。

 必要で無いものは買わないのは当たり前だし、使いようも無いのだろうし・・・ね。





 大型スーパーから帰宅すると、買ってきた荷物を冷蔵庫や棚などに手早く入れていく。

 もう7時だ、9時には従姉妹を寝かせなければならないことを考えると、ちゃちゃっと作れる夕飯か・・・何がいいだろうか?


 あ、そうだった。



「私は夕飯作るから、御風呂入れてくれるかな?」


「はーい!あ、お姉ちゃんちょっと・・・」


「ん?」


「制服で料理すると汚れちゃうでしょ?エプロンあるから・・・使って?」


「ああ・・・うん、ありがとう」


 この家にあるエプロンか、たぶん亡くなった叔母のものだろう。

 従姉妹が奥の部屋に引っ込んだ。

 暫くすると白いエプロンを片手に戻ってくる。


 ――随分と綺麗なエプロンだな。



「お姉ちゃん、着てみて」

「うん、ちょっと待ってね」



 嬉しそうに差し出してくるエプロンを受け取ると身につける。

 身につける段階で少し躊躇ってしまった――なぜかというと要所要所にこのエプロン、フリルがついているのだ。

 けれどつけるのを躊躇うそぶりを見せようものならば、聡い従姉妹のことだ「気に入らない?」と聞かれるだろう。

 それはいけない、心優しい従姉妹を傷つけることになってしまう。

 多少の逡巡をしはしたが、制服の上着を脱いだ上にエプロンをつけてみた。

 ブレザーだからタイも外すべきかと思い、こちらも外す。

 大ぶりなフリルが矢鱈視界に煩く映るが、気にしないことにした。



「・・・似合うかな?」


「うん。お姉ちゃん、似合うよ!」


「えあ、うん、そ・・・そう?・・・はは、ありがとう」


 ――ありがたいとはあまり思えないが、一応ありがとうと答えて置く。


 似合うのもどうかとも思うが、社交辞令のようなものとして受け取っておいた。

 笑顔が多少引きつってしまったかもしれないが何とか礼を述べると、従姉妹が嬉しくない?と眉をひそめて悲しそうな目を向けてきた。


「うん、すっごく!――でもお姉ちゃん、似合うの嬉しくない?」


「いや、可愛いエプロンだから、汚しちゃ悪いかなって・・・」


 真っ白だしね。

 その前にフリルは正直な話、自分にはあんまり似合っていないと思うのだ。

 可愛すぎて困ってしまう。

 元から可愛げのないと言われることはあっても、可愛いと言われることはないので、なおの事こう言ったフリルエプロンは控えたい――のだが、そんなことを言い出せる雰囲気じゃなかった。


「そんなことないよ!それお母さんのエプロンだけど、誰かが使ってあげたほうがエプロンも喜ぶと思う!」


「――君は優しいね」


 健気な答えにほろりときそうになった。

 そうか、そうだよな、エプロンに罪は無い。

 着てあげないとむしろ可哀想だよな――等と考える。


「大丈夫、可愛いエプロンだからね、気に入らないなんていわないよ。大事に使わせてもらうから」


「うん!」


 借り物のエプロンだけど、これから毎日使わせてもらおう。

 従姉妹のために、叔父さんのために・・・


 叔母さん、このエプロン、使わせていただきます。



*****



 玄関から声がする。

 叔父が帰宅したのだ。



「ただいまー・・・」


「お帰りなさい、叔父さん」


「お帰りなさい、お父さん」



 玄関まで行って、お帰りと出迎えた。

 従姉妹と二人で。


「ッ!」


 何か叔父さんの反応がおかしい。

 このエプロンやっぱり気に入らなかったかな?

 まあいい、兎に角風呂か夕飯か聞こう。

 従姉妹は風呂に入れたし、後は私と叔父さんだけだ。

 どっちが先がいいかな?



「叔父さん、ご飯にしますか?それとも先に御風呂にします?ご飯は温めなおさないといけないですけど、お風呂は沸いてますよ」


「い・・・や、飯、先に食わせてもらう・・かな」


「そうですか、じゃあちょっと席について待っててもらえますか?煮物、温め直してきちゃいますから」


「悪いな」


「わたしも手伝うー」


「うん、ありがとう」


 手を洗って、席についていてくださいねと叔父に言い置き、従姉妹と二人で夕飯の暖めなおしにかかった。

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