ねえねえ教えて
寒くなってきたな何て言い、×××は俺にその後、にこりと微笑を向けて、唐突に編み物を教えてくれと言ってきた。
それは冬のある日のことだった。
まあ、前々から編み物を教えてくれと言われていたけれど、まさかマフラーを習いたいと言われると思わなかった。
一番簡単っちゃ簡単だけど………
その前に編みぐるみも教える約束をしていたのにそれは果たされていない。
だと言うのに何だってまた行き成りマフラー?
大体、料理は出来る、お菓子作りも出来る。
だからこっちと趣味が合うと言うので話すようになったけれど、まさかの編み物まで始めるとは――どこまで多岐にわたって趣味を広げる気なのか。
趣味ではないのかもしれない。
料理は趣味ではないと言っていたから。
でもお菓子作りは趣味だと言っていたっけ。
×××先輩、一体どんだけ出来るように成る気なんすか?そう聞いてみた時、何で?と言われたのを思い出す。
何でも出来る先輩は、何でもかんでもやりたがる。
ああでも、最近先輩のことで見えてきたことがある。
少しだけあの人大雑把何だよな。
それを気が付いているのは俺だけっぽいしと内心嬉しい。
そしてちょっとだけ不器用なのも愛おしいのだ。
そんな先輩がマフラー?
何故マフラー?
唐突だったから驚いた。
習いたいと言うならば教えるが、理由は気になった。
誰かにあげる、とか。
何故かそれを考えた時、チクリ、胸が痛んだ。
*****
翔太が丁寧に教えてくれるため、随分とマシな形になっていると思う。
始めて作って目が合ってますねと言われて少しだけ照れくさい。
どうにも自分は編み物が苦手な部類に入るようだ。
料理の時の器用さをこちらに、10分の一程度でいいから分けられればと自分で思った。
ちょっと酷い出来だったのだ。
と言っても、最初だけだったのだけれど。
ここ数日、翔太の小母さんと翔太とに習って、マフラーが出来たと思う。
暫くの間彼の家に通い詰めたのだ。
女子皆で。
その結果随分とマシなものが出来たと思う。
自分でも自画自賛出来る位、柄も見栄えも良い物に仕上がったと思う程。
今まで作った部分を眺め、うんと頷く。
「どうかしました?」
「え、ああ、うん! やっぱりいい先生が付くと出来が違うなあって」
小母さんも翔太も凄い器用だから、習って良かったと言えば、照れくさそうだった。
「せ、先生だなんてやだよお」
「ほんとだぜ。 でも、嬉しいっす」
「うん、二人とも――特に翔太は教え方も上手いし、良い先生になれるって思った。私が保証するよ!」
「いやあ、俺は、話し方上手くねえし、先輩以外に何て、上手く教えられないっすよ」
「そんなこと無いよね」
「そうよお、自信持ちなさい翔太」
今日は私だけが習いに来ているのだけれど、翔太は皆の前だと緊張してしまって大変なのだと言う。
「だから、私に話しかけられるんだから皆にだって――それこそきちんとしようとしなくても出来るって。他の人にだって上手く教えられるって!」
何と言っていいのか分からずに、兎に角大丈夫と請け負うと、やっぱり照れくさそうに鼻をかいてそうかなあと言う翔太。
「大丈夫だから、ね?」
「そうよ翔太。ね?」
小母さんと二人でね?と顔を近づけぐいぐいと押し込んでやる。
マフラーこんなに出来がいいのは誰のおかげ?と言ってみれば、俺のお陰っすか?と驚いて言うのだ。
「私に教えられたんだから、こんなに上手にできたんだから、他の人にだって上手くできる。自信もって!」
どうにも照れくさそうにする翔太に、可愛いなあと文言が湧いてくる。
あと少しで出来上がりそうだ、何て笑いながら編み棒をちゃかちゃか動かしていく。
たぶん、好きだろう色合いで作りこんでいくマフラー。
気にいってくれればいいのだけれど、どうだろうな、何て一人思う。
「こんにちはー」
「あら、誰かしら?」
「手芸やさんだから、お客さんだろ?見てもいい?」
「いっすけど、危ないから上から見るなら、下りてみてくださいよ」
「分かった」
すっくと立ちあがると翔太の部屋から出る。
翔太の母親は、買い物に来た青年に色々と話しかけているようだ。
一応の挨拶まででもしておくかと、今日はと翔太と共に挨拶をした。
すると翔太の母親が、奥でおやつ食べててと言う。
「毎日のように押しかけて、毎日のようにお茶うけ貰ってるから悪いと思って、今日はお菓子作ってきたよ」
「え………いいんすか?俺に?」
「うん!食べてよ翔太」
自信作のブランデーフルーツケーキだ。
上手く言ったと思うのだが、どうだろうか?
どうせ自宅で出すのだからと今回はブランデーに漬けこんだ。
たっぷりのドライフルーツも美味しそうな一品である。
どう?と言えば、翔太は嬉しそうに頬張って美味いっすと一言。
「俺ブランデー漬けされたの初めて食べたっすけど、これいいっすね」
「でしょう?まあ、お酒入ってるから自転車運転とかしないでね」
「そういやそうでした。もう今日は出かける予定無いし、良いっすけどね」
隣の翔太が緑茶でいいすか?と聞いてくる。
どうやらこのまま出されたお茶うけは私が食べることになるらしい。
ブランデーフルーツケーキは翔太が食べて、私はお茶うけのクッキーだ。
有難く頂戴するしかないよなと、一口パクリ。
いつも悪いなあと思いながら食べる。
「――終わったわ。で?×××ちゃん、出来上がりそう?」
「はい、もう少しで出来そうです」
「あら、そうなの。 ところで、何を作ってるんだったかしら?」
「マフラーです」
「あー、そうよねえ。もう寒くなってきたものね」
「え、寒いでしょうから作ってあげたくて」
そう、寒そうにしているのが何だか気になったので作って見たくなった。
自分が存外不器用なのも承知でだ。
無謀さ加減に呆れるかもしれないが、こうして形になりつつあるマフラーを見て思う。
挑戦して良かったなと。
「で、誰にあげるの? いいわね、貰える子が羨ましいわ」
「どうでしょうか?嫌がられるかもしれませんよ?」
「あらあら、そんなこと言っちゃって。小母さんが保証するわ。絶対に嬉しいって喜んでくれるから。大丈夫よ。自信持ちなさい!」
「そう、ですかね?」
「大丈夫だから!」
「そうですね、有難う御座います、小母さん」
二人で笑い合う。
断られる可能性も一応は考えたのだ。
手作り何て重いだろうと、決して皆言わないだろうと思うけれど、あの子は言うだろうかと。
それでも気になった。
断られるかもしれないことが、どうしても頭にある。
けれど翔太の母親からの声援もあってか、ダメもとで渡して見よう、そんな風に思えるようになった。
ふいに隣に座る翔太へと視線を向けてみれば、何やら複雑そうな表情をしていて。
「どうかした?」
「いや、何でもないっすわ」
「………?」
何故だか翔太の顔が、泣き出しそうなものに見えたのは、気のせいだったのだろうか?
毛糸の始末をつけ、飾りになる毛糸を括り、最後の工程までやり終えると私は伸びをして叫んだ。
「出来たわ!」
「はは、お疲れ様っすよ! にしても先輩結構才能ありますよホント」
「そう?」
そうかな?何て満足そうに聞いてしまう私。
「んで、自分用っすか?」
「違うよ?」
「誰にやるんすか?」
「ふふっ、やっと聞いてくれるんだね」
「は?」
意味が分からないと言った顔をしている翔太に、悪戯を思いついたような顔をして言ってみる。
ふわり、翔太の首に巻き付けた。
「誕生日おめでとう」
「え………日付ちがいます、けど………」
「でも当日じゃあバレバレだし、それはやだったので。こうなりました」
「え、あの」
「母さんも知ってて協力したのよ?おめでとう、ハッピーバースデー翔太」
「いつも有難う。どうしても自分で手作りしたかった」
「冗談じゃなく?」
「何で冗談?」
「だって俺にっておかしくねえ?だって俺、ただの一後輩だし……」
「嬉しくないの?」
「そういうことじゃねえんだよ!ああもう!」
兎に角作ったし、拒否はしない?と言えば、翔太は頷いて返さないからなと言う。
何だかそのしぐさが、私が相手から無理矢理マフラーを取り上げようとしているかのように見えて、思わず笑ってしまったのだった。
「そんな気にいってくれた?」
「いやその、なんでもねえよ!」
おふくろの前で言えるかと言われ、小母さんが、じゃあよっこいしょと席を立とうとするので、慌てて止める。
私が帰るからいいのに。
ガラリと音を立てて店を出る。
そうすると追いかけてきた翔太は、寒そうな恰好をしていた。
そりゃあ自室にこもっていたのだから、ラフな格好をしているけれど、私は防寒着を着ている。
温かいからいいけれどお前は駄目だろそれ。
「寒いから家に帰りなさい」
「温かいから!大丈夫だっつの!あんたのくれたマフラーがあるから、寒くたって平気だから!」
何赤面させようとしてるんだと言えば、翔太は笑って取り合わなかった。
送っていくと言われ、二人で歩く通りには、雪がちらついていた。
「寒いでしょ、マフラーだけ何て……アホだ」
「そんなこと言わないでくれよ。ってか大丈夫だから。ほんと。マフラーのお蔭で俺今あったかいんすから」
へへへと笑われ、なんだか胸が温かくなっていくのを感じたのだった。
*****
回想編でしたが冬の話でした。
マフラーあげた!
器用さがアップした!
ついでに叔父と従姉妹の分はもう作ってあると言う、姪
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