絶滅危惧種をめでる事
手が空いてるなら、ちょうどいいからお前取ってきてくれないか。
最近はそんな風に都合よくつかわれているわけなのだが。
「ったく、なんなわけ?ぼかぁあんたの嫁か何かかっての!」
今までは良かった――いやまあ決して良くはないが――けれどこれはないと思うのだ。
「自宅まで、しかもよりによって着替え?着替えを取りに行ってくれってなんだよそれ」
むしゃくしゃとするままに髪を掻き毟る。
最早身内扱いと言う、この彼からの扱いに、何と表現したものか分からない妙な感情が沸き上がる。
そうだ、たぶんこれはけして愉快なものではないはずだ。
彼からの無条件の信頼に気分が悪くなる。
だって、
「おかしいだろ?」
おかしいに決まっているのだ。
どうして信用できるというのだ。
まだ経った数週間――二か月程度の付き合いだ。
彼と出会い、共に仕事をすることになって数週間。
確かに毎日のように顔を突き合わせてはいるけれど、信用なんてして良いレベルの付き合いではないはずだ。
だと言うのに自宅の鍵を私、そして着替えを取りに行って来いと言う、この願い事ともつかない今回のこの――これだ。
イライラする。
イライラするんだ。
「自宅までもの取りにいけって、真面目に思うんだけど、あの人僕のこと信用し過ぎじゃないの?」
*****
よくよく考えてみると何とも言えない苦い気分になってくる。
家主がだれも居ない中。
どうして自分は人のタンスを漁っているのだろうか?
それもそれだが、何が悲しくて男――それも40代のおっさんの服を漁らなければならないと言うのか。
「しかも着替えっつったら何?おっさんのパンツまでもっていかなくちゃいけないわけ?冗談じゃないよ」
女子高生のフリルショーツならまだしも――Tバックやサイドが紐のモノでも可だし。
コアに行くならばブルマ等の絶滅危惧種でも構わないだろうが。
おっさんが穿くブリーフなんてものを、後生大事に抱えて戻らねばならないのだと気づき、軽く死にたくなった。
「あれ、なんだろう?別の意味で胸が痛む」
アイロンを丁寧に当てられているシャツを紙袋に無造作に放り込むと、そこで作業を中断したくなった。
と言うよりもそこからどうしても手が動かなくなってしまったのだ。
まあ当たり前だ。
そりゃあそうだ、誰だってそうだろう。
同性愛者でもない限り、男が男の下着を持って――それも自分ではなく他人のそれも自分よりも年上の同性と来れば、更にレベルが上がる気がする――帰るとなると、難易度が高いのは当たり前だろうと思う。
そしてもう一つ言いたいのが、そこまで僕が藤原さんと親しいと思えないのがネックなのかもしれない。
「しりあってちょっと、って言うか数週間のおっさんのパンツは、無理だろ」
どうしても嫌だった、下着だけは持ち帰りたくなかった。
嫌だ嫌だ、どうして僕が男物の下着何て――そう考えてると、鍵が開く様な金属製の何かが擦り合せられたような音がした。
何だと音のする方へ視線を向けてみれば、玄関からするようだ。
「あれ?叔父さん?戻ってるのかな?ただいまー……」
ああ、姪っ子か。
挨拶するのも面倒だけれど、けれどしないで住む状況でもないだろう。
仕方なく僕はその場からすっくと立ちあがると、そのまま玄関へと足を向けた。
「お帰りって僕が言ってもいいか分からないけど」
「た、ただいま?」
首を傾げて目をぱちぱちと瞬かせると、姪っ子は言葉に詰まったのか、言葉も発せず僕を見つめてそのままで居た。
何故居るのか咎められるのかと考えていたため、その反応は予想外で――僕もどう返すべきか逆に思案してしまった。
仕方なく僕は自分を弁護するわけじゃないが、何故この場に居るのかと言うその理由を告げることに。
そしてきちんと鍵を使って入ってきたと言う事を重ねて弁解するがごとく告げた。
無理矢理入ってきたわけじゃないと強調して話してみる。
すると成程と言った様子で首肯を返されたのでようやく僕はほっと息を付けた。
それは何故か――この子始めてあった時から思っていたけれど、つかみどころが全くないんだ。
それも反応がどうにも良くない。
頭は悪くないと聞いたのだが、それでもどこかワンテンポ遅れてるように思う。
ぼうっとしていて反応が遅く、何故か胸がざわつくのだ。
まあ恐らくだがイライラするの間違いだろうが。
ざわつくって言っても、ただテンポが遅くてイライラするんだよねこの子の場合。
だから会いたくなかったのだが、合ってしまったのだからどうしようもない。
仕方なくいつも通り馬鹿を装いへらへらと笑いながら対応してやれば、向こうも笑み崩れて聞いてもない事をさまざま返してくるのだった。
変なの。
それが嫌な感じがしない自分もまた、変だった。
「叔父さんの服ですね。もう、どうして叔父さんも安立さんに頼むかなあ」
「なに?自分で持って行きたかったってこと?」
随分と仲の宜しいことでと思っていると、いいや違うとぶるぶると首を振って否定された。
安立さんの手を煩わせる事はないだろうと言う事らしい。
是にはちょっとばかり笑った。
もっと言ってやってくれ。
彼は僕を何かと誤解でもしているんじゃないだろうか。
とは確かに思う。
そわそわと落ち着きがない子供だと思いつつ、かと言って自分も先ほどから落ち着かないのは何故だろうかと考える。
――ああきっと他人の家だからでもあるのかな?
なるべく深く考えないようにして適当な話題を振って言った。
どうにも調子が悪く感じる。
それにも僕は深く考えないようにしていた。
「えっと、もう全部詰めたんですか?」
「いやー………」
シャツok
スーツok
ネクタイok
下着……………
僕は姪っ子ちゃんから視線をそらすと、イヤーと言った後言葉が続かなかった。
何も言い返すことが出来なかったのだ。
そりゃあそのはず、だって下着だけ入れられないんだもの当たり前じゃあございませんか。
さてどうしたものかと考えていれば、慌てたように言うのだ。
「あの、私、服の場所分かりますから、手伝いますね」
こうして彼女に着替えの用意を頼むことになった。
助かったと言うのがこの時の僕の正直な気持ちだった。
当たり前だろ?
おっさんの服なんて無理だよ無理。
だから僕はこの時ラッキーって嬉しく思ってたのはそれが理由だと本気で思ってたんだ。
ほんとはそんな事じゃあなくて、もっと別の理由で嬉しく思っていたことに僕はしばらく気が付かなかったんだけど――僕は鈍いんだなって思った。
二人きりで藤原さんの服の入ったタンスを漁っていると、妙に間が持たなくて、僕は矢鱈会話を振るのに忙しかった。
話題には事欠かないつもりだったけれど――こう見えても一応頭の回転は悪くはない方なので――このこと居ると全くダメで何だか腹が立つ。
自分になのか、それがこの子になのか分からなかったけれど、それでもイライラとしてどうしようも無かった。
そんなときの事だ、話題に困った僕は姪っ子チャンが一番下の引き出しを引いている時に、低い位置にある頭を見下ろしていたのだが――時に、馬鹿だとは思うけれど「へえ、細い首してるんだね」何て口にしてしまったのだ。
そしてなにを血迷ったのか、その首にそっと手を伸ばして、あまりにも自然な動作で撫でていた。
今思えばこれは立派なセクハラだ。
それどころか下手したら犯罪だよなあ。
それを証拠づけるように、姪っ子は反射的に僕を振り仰ぎ真っ赤な顔をして畳の上を這って逃げた。
「なななななあな、ななな、あ、安立さん?!」
触れられた箇所を自分で押さえ、真っ赤な顔をして逃げた姪っ子に、どうしてか僕はゆったりとした歩調で追いかけた。
恐らくそれは獲物を追いかけようとする男の本能のような物が刺激されたに違いなかった。
「可愛いなあ」
ちょっとからかうつもりで言った言葉だった。
からかわないでくださいよ気持ち悪い!そんな言葉を吐かれたら、直ぐにも冗談だと言葉をひっこめようと考えていたのに、姪っ子ちゃんは益々顔を真っ赤にして泣きそうな目をして俯くだけで。
「ななな、なあんでもないったら。も~からかったんだよ。ね?」
「え?………あの、えと、あ……良かった」
そんな風に君が笑うから、次のステップに踏み込めない。
せめてもう少しばかり距離を詰めるために時間をかけたいと思った。
「洗濯物、そう言えばもってきてませんか?」
「あ、うん。貰ってきてるけど」
「出してください。洗ってしまいますから。それと安立さんも一人暮らしでしょう?私がやりますから持っていたら出してください。洗って干して乾かしておきますから」
「いいの?有難いけどでも、」
「いいですから。――でも、もうからかうのはなしですからね?」
むくれたようなその表情を目にした途端、僕の中で何かが音を立てて外れたような気がしたのだ。
だから、もう次同じことがあれば待ってやれない。
待ってやれないからね。
*****
刑事さんってね、何か2時間ドラマで見た事あったんですけど、泊まり込みに家族に連絡して着替えを届けて貰うとかやってるとかあったので、そのシーンからになります。
でもなんか、相棒だからって下着まで持って来たら逆に何ていうんですかね?
何で持ってきたんだとか言いそう。。。
下着は新品を毎回デスクに入れてあるので必要なかった落ちでした。
なら言えよという。
にしても安立はなんだか悪いことをする大人になるな。
叔父は悪いおじさんじゃないよ?!という挙動不審になるのに……
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