さくらんぼ 前編
それは昼休みのことだった。
今日は自分にしては珍しく、一人で弁当を食べていた――それも教室で。
生憎と今日は弁当の材料があまり多く用意出来なかったので、凌士さんの分と自分の分とで作りきってしまったのだ。
だから今日は一人で弁当を食べている。
誰かを誘おうにも、何時ものように一つ余分に弁当が用意されていない。
それを告げた後、がっかりした様子だった加藤の顔が印象的だったのは忘れられない。
「次の弁当の時は、俺の好物作ってきてくれるっつってたじゃんか~」
涙声かよ。
それくらいでめそめそするな、最近ちょっとうざいです加藤。
まぁ、加藤にこんな風に懐かれて悪い気もしない自分も相当なのだけれど………
犬みたいで可愛いんだよなあと思う。
大型の犬に懐かれて、犬が好きな自分が悪い気がするはずもなく、今に至るわけなのだけれど。
最近件の犬が相当うざい――と言うか暑苦しい。
べったりとしょっちゅうくっ付いてきてくれて、無駄に暑っ苦しいのだ――と言うかむさ苦しいだろう――男に囲まれてもあんまり嬉しくない、と言うか圧迫感を感じて怖いのだ。
まぁ、これは今は無いから別段構わない話ではあるんだが――
「けほっ」
久々の咳で、驚く。
やっぱり田舎だと咳があまり出なくて空気が綺麗で良かったと思う。
都会で父母と暮らしていた時は、咳が毎日出て、心配をかけ通しだったから。
一人で自分の机で弁当を広げて食べていると、何時もの面子が自分の机を私の机に合体させてきた。
一緒に食べようと言う事らしい。
まぁいいか。
周囲の机までがたごとと動かしてるみたいだけど、人様に迷惑をかけないようにしてくれれば問題ないかな?
加藤も自分の分のパンを購買で購入してきたらしい――輪の中に混ざってきた。
嘆息を一つ零す。
「後できちんと机を戻しなよね」
加藤まで机を動かしてきてるもんだから、酷い事になってきた。
別に昼休みの時間内に机を戻せば周囲の人間には文句は言われないだろうが、今現在の私の周囲の机はぐちゃぐちゃになっている。
このまま次の授業まで放っておいたら大変なことになりそうだなと思う。
「相変わらず君のお弁当っておいしそうだよね」
「本当、すっごくおいしそう」
「そう?」
凛も天寺も自分の分の赤いきつねと緑のたぬきそっちのけで、私の弁当を羨ましいと言って来る。
冷めるぞ、伸びるぞと言っても聞きはしない。
人の弁当食べてる横で指をくわえていられるのは少々――いや、相当気分が悪くなる。
と言うよりか居心地が悪いだろうと思う。
かといって、今日の弁当を少しでいいからとあげるわけにはいかないのだ。
午後の授業に体育がひかえているのだから。
「たまにしか食べられないからすっごくレアだしね!あ~、次お弁当の時は私の指名をよろしく!!」
時々弁当を作ってもってきて、誰かにあげることがあるけれど、それのことを言っている。
好評なようだけれど、幾つも作って持ってこれるほど、財力に余裕はないのだ。
だから一つだけ余裕をもって作ってくるのだけれど、それが当たった友人は酷く喜ぶ。
「えぇ?!私だって食べたいよ凛!!×××ちゃん、次は私に頂戴ね」
そうは言っても、前回持って行ったとき、天寺はとても好き嫌いが多くて大変だった。
その為交換でもしようものなら大変食べるものが無くて困るだろうと言えるはずだが――
まあ、いいけれども。
「ちっげーよ!次は俺って言ってたよな?!」
「予約は受け付けておりません。大体、次がいつ用意出来るかなんて分からないよ?」
毎日作ってこれるほど暇でもないし、それに材料だってタダじゃないからな。
――なんて言ってみたわけなんだけど、言っても聞きもしない三人はすごいと思う。
「だから、そのたまに作ってきたやつにありつけるのがいいんじゃない!」
「たまにでいいんだって!いや、確かに毎日でも作ってきてくれるなら嬉しいけどよ!」
「その暇じゃない時間を、私のためにお弁当を作ってきてくれようとしたって言うのがいいんだよ!?」
総じて話は聞かない、煩いってのは何故なんだろうか?
とりあえず把握したから飯を食えと促した。
ったくもう、病み上がりなのだぞ、こっちは。
放っておくとずっと語っていそうで面倒くさい。
一応加藤には先に作ってきてくれるって言ってたよな!?と言われているので、順序はこうだ。
加藤→凛→天寺
これで文句は無いだろう。
弁当もあらかた食べ終えると私は、弁当箱の他に小さなパックを用意してきていたのだが、それを手にとってぱかりと蓋を開けた。
パックの中には、昨日凌士さんが仕事場から貰ってきたと言っていたさくらんぼが鎮座ましましていた。
それを一つ手にとってぱくり、頬張る。
「うわっ、美味しい!」
思わず感嘆の声をあげた。
「何が?……って、さくらんぼだー!ね、ね、一個ちょうだい?」
「いいよ。はい、どうぞ」
「あーん……んぐっ!!ンンンッ! うわっ、これ凄いおいっしーよ!!」
「だよね、これ、すっごく美味し………って、そんな顔しないでくれる、加藤」
凛の口にさくらんぼを摘んで食べさせていたのが気に入らなかったらしいのか、加藤が凄い目で見てくる。
何だその目は。
ずりぃいいいい!って叫ぶな、皆が見てるだろ。
ああ、ほらこっちこっち。そう言って一つ差し出す。
「いるいる!いっただっきまーす!!」
あーんってお前もですか。
凛も最初は一つどうぞと、手渡しするつもりだったのだが、凛が口を開いて待っていたので仕方なく手ずから食べさせた。
けれどまさか加藤まで同じ真似をしてくるとは正直な話思わなかった。
しょうがない、一人やったら二人も同じか。
むしろ今食べさせてやらなければ、加藤の事だから後々騒がれることは分かりきっている。
一つ手にとって口へ運んでやった。
「あ~んっ! んむんむ……ンッ!!!うっっめええええ!何コレ、超うまいんですけど!?マジでさくらんぼなわけ?!一粒数百円するタイプのじゃね?」
「サクランボじゃなかったら何だよ。じゃなかったらこの形状になってない。 って加藤くん、その前に言う事があるでしょう!私の指まで食いおって~」
「んー、ああ、ワリーワリー。でもウマかったよ?」
「………もうお前にはやらない。私の指が食われたらかなわないし」
「ああ!そんな殺生な!」
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