先約
叔父が帰ってきたのは深夜の零時を過ぎていた頃。
その日は七海もしっかり寝かしつけたのに、そんな日に限ってイベントの日だったから問題だった。
「父の日なのに、かえってこないね」
パーティじゃないけれど、ちらしずしにしたのだ。
なのになんで帰ってこないのかと小一時間。
兎に角詰め寄りたくなるほどだった。
駄目になってしまうと思い、嘆息を零す。
冷蔵庫に入れて鮮度が落ちていくのが分かるから、どうしたらいいかなと思ってしまうのだ。
するとピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
誰だろう?
こんな時間に?
恐る恐る玄関の方に足を向けると、
俺だあと言う声と、御免ねえと言う声が――ああもう!!
「静かにしてくださいね。七海寝てますから」
「おう、済まんなあ、鍵をちょっと開けられなくて」
「それは良いですけど今日何の日か分かってます?」
「父の日だ。だから無礼講で飲んできた」
「違うだろって思っちゃいます。パーティしようと思って食事作ってたんですけど」
「え」
「え」
「ちらし寿司、好きかと思って海鮮バラチラシですよ。 ――作ったのに、何で帰ってこないんですか」
「す、スマン」
「もう!!」
「あじゃあ僕はこれで帰りますぅ」
「安立さんも中に入ってください。こんな時間ってことは飲んでるけどいつも通り食べてないでしょ。お腹減ってるんでしょ」
「うん、まあ」
「食べてってください。かなり量があるから。ね?」
「甘やかされてるなあ俺」
「そうですねえ僕もです」
二人揃って小さくなりながら玄関の戸をくぐってくると、二人はバラチラシと嬉しそう。
相当お腹減ってて、ここで食べる算段付けてたなと思ってしまう程それは分かりやすかった。
もう!
「今出しちゃいますから、待っててください」
「アリガトな」
「僕までアリガトー」
現金なもので、テーブルの上で箸を用意して待っている姿を見れば呆れてしまう。
相当お腹減っていたなあと思うのだ。
海鮮バラチラシ寿司と、七海の好きなお稲荷さんと、魚の煮つけ、叔父の好きな竜田揚げもある。
他にもいくつか用意すると豪勢な食卓の出来上がりだ。
そして最後に食べるお腹が空いていれば、ケーキをと言って取っておいたケーキ。
七海と私が食べた分で半分個ずつ食べてあるから、残り半分をまた半分すればいいかな?と出す。
「こんなに一杯………大変だったろう?」
「お金はいつものお財布から出して全然余裕です。手作りだから全部」
「ええ?凄いねえ」
いつでもお嫁さん行けちゃうじゃないと言われると、叔父は駄目だと言うのだ。
うちの娘二人は遣らないと言われ、安立がそう言う事言うから皆手出しできないんじゃあと言う。
「怖いドーベルマンみたいなおっさんが居たら、彼氏すら作れませんよ?」
「まあドーベルマンって言われたら分かる見た目してるけど。そんなに恰好良いたとえでいいんですか?」
「見た目の話なら合ってるでしょ。狂暴で言っても土佐犬の方が合ってないよ。あんな見た目じゃ無いし」
まあ確かに、ただし何で比べるものでそうなったのか分からない。
中身か?中身の話なのか?と思うが、そこまで狂暴だったことも知らないのでわからない。
聞いてみたいけれど聞きたくない話しだった。
「俺似てるかあ?ドーベルマンってあれだろ、警察犬の」
「そうですよ。似てます。 顔がかしこそうなんですよね、そして可愛いけど狂暴にもなって人間のパートナーとして警察犬してくれてると。いい子じゃないですか」
「この場合警察犬の相棒の人間って安立さんですか?」
「そうなっちゃうね。あはは」
「じゃあ、いただきますっと。どれから食うかなあ。やっぱりちらし寿司かな?」
と言ってる叔父に、私はそのバラチラシとケーキは一緒に作ったから、七海お手製でもあるよと言ってみた。
するとじゃあ其れからと言って食べてくれる。
良いお父さんしてるんだけどなあ、何でたまに駄目になるんだろう?等と思ってしまう。
それは安立も同じだったようで、何でたまにポンコツになるんすかと言っている。
頷いていたらこらと怒られた。
理不尽さを感じてしまうけれど、言い分が理解出来たのだから仕方ない。
そう告げてみると怒ってしまったらしい。
「俺はポンコツじゃねえって」
「お、お酒抜けてきました?じゃあ風呂入ったの見届けたら僕ぁ帰りますよ」
「ええ?遅いし泊まっていけばいいのに」
「えええええ。それこそいいの?って思っちゃうから悪いよ」
「お前も遠慮しないで泊まっていけよ。な、安立。 そして一緒にこの大量の飯を何とかしてくれ」
「食べ掛けじゃどうかと思って食べなかったんですー。だから大量なの!」
「ああ道理で手を付けた後がないと思った」
じゃあ何食べたと聞かれ、余った刺身とご飯を少々と言うと、御前も食えと言う。
そんなの無理ですよ、沢山何て食べられないと言えば、そんなことはないだろうと言われる。
茶碗を持ってこられ、そこにバラチラシ寿司を盛りつけられれば逃げられない。
仕方なしに一緒に食べ出すと、美味しいと相好を崩してしまう。
「ほらな、食べて良かっただろ?」
「う………そうはいっても、こんな時間だし、気持ち悪くなっちゃうかもしれないし」
「そういや胃弱だったなお前」
スマンと言われ、茶碗をひっこめられると、その分も食べてしまう叔父。
食べさし何だけどと言おうとしたら、安立が、間接キスですか!?と言う。
すると叔父が噴き出して――
「げほごふ、げふっ………なんでそんな、馬鹿野郎!」
「だって間接キス」
「うるせえ! の、残りは俺が明日食うから、全部残しておけよ」
「ええ?はい………」
言われるままに安立の分以外を冷蔵庫に仕舞うと、叔父は風呂に入ってしまう。
安立と言うお客様を放置してその所業はいかに?と思ってしまうがポンコツ叔父なのでしょうがないかなあとも思うが、良くはないだろう。
仕方ないので、新しい下着をプレゼントして、安立に次のお風呂と言ってみると、安立はじゃあ泊まるかあとのんびりしていた。
「これいいの?ほんとに?」
「え、ああ、ケーキですか?どうぞどうぞ」
半分もどうせ食べないからと言われると、安立は嬉しそうに笑み崩れて食べ始めた。
抹茶ケーキ美味しいと言っているので嬉しくて、内緒だと言って他にも作った菓子類を出した。
「クッキーとフィナンシェ?いいの?」
「叔父には内緒です。最近メタボ気にしているらしいから」
「痩せてるしマッチョな気がするけど………」
「ちょっとだけ太りだしたそうです。だから気にしています」
「成程ねえ」
だから最近仕事上がると運動しに行くんだあと言って笑う安立に、へえと相槌を打つ。
叔父の帰りが遅い理由が分かって少し安心した。
ケーキを食べた後、フィナンシェを食べようとする安立だが、口元にクリームが付いている。
だからすっとクリームを指で掬い取り、舐めてしまうと安立が口をぽかんと開けて言うのだ。
「え、付いてた?」
だから言ってやった。
「たっぷり目で付いてましたよね。子供みたいで可愛いです」
と。
すると安立が子供じゃないからキスとかで取って欲しかったあと言うのだ。
何言ってるんだろうこの人。
「さっきは間接キスしたじゃん。僕も!」
ああそうか、若干この人も酔っぱらっているんだなと半眼まなこで見てしまう。
でも、なんだか面倒な酔い方してるぞ、どうするかと思っていれば、安立が自分の食べさしを口に突っ込んできた。
「へへー、これで僕とも間接キスね」
「んぐっ……あ、ええええええええええええええ」
「大丈夫、僕優しいよ。そろそろ僕と付き合うといいよ。きっとおじさん僕なら許すと思うし」
と続けて来て何だか笑いが込み上げてきた。
「何言ってるんですか、どうせ明日には忘れちゃうくせに」
酔っぱらいって凄いてきとう言うんだからと呆れて言えば、クスリと笑って言われるのだ。
「本当に酔ってると思ってる?」
「え………?」
指を掬いあげられ、手の甲に口づけを落とされる。
何とはなしに目がそこにいってしまって、唇が落ちるところまで見てしまった。
だからそのなまめかしい唇が、矢鱈と目に入って。
何だか恥ずかしくなって手を奪い取れば、俺先約ね入れておくからと言われてしまう。
「なな、何をですか!?」
「だから、お嫁さんの先約。どうせ叔父さんとは結婚できなくてしないんでしょ?僕お買い得だよ?」
「そ、れは知りませんけどでも、これはちょっとあの、恥ずかしぃ……という、かぁですね」
しどろもどろになりながら言えば、安立は満足そうに笑みをはいた唇で言うのだ。
腕を組んで、優雅なしぐさで。
「僕君のこと好きだから、覚悟してね。逃がさないよ」
「何で、そ、だって………」
「ふふ、かーわい。 大丈夫、安心してね。無理矢理とか嫌いだからしないし」
「そ、ですか………」
それだけ絞り出すのがやっとで、叔父に助けを求めるために、風呂場にちょっとと言って叔父を風呂場から出して、二人で話をさせることに。
けれどその間に安立はソファで寝てしまっていて。
膝からずるっと崩れてしまい、何だったんだよおと言ってしまった。
実際にされたことと言えば告白で、ただの手の甲への口づけであって。
だから何でもないのに騒ぎ立てていただけで――
「おい、安立二階で寝ろ。おい」
「ああああ、ね、寝かせておきましょう。可哀想です」
「俺担いでいくからいいぞ?」
ヨッと言って担いでいく叔父に、私はなんだかどうしたらいいのか分からなくて右往左往してしまう。
そしたら肩越しに安立と目が合って、にこりと笑みを向けられて、ずるずると膝からまた崩れてしまったのだった。
*****
あははって入れたら
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \が出てビビった次第。
やめて、安立そんな笑い方しないwwwwwきっとwwww
酔った振りする不埒な男でした。
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