娘さんをください ⑦
椀の中身が少ないことを確認すると手を差し出した。
「あ、凌士さん、ご飯お代わりですよね?」
「ああ、頼む」
沢山食べてくれると嬉しい。
思わずにこりと微笑んでしまう。
叔父が食べる分量はこれくらいだろう、目算でこれくらいは食べられると思い、よそう。
はい、と手渡し。
「これくらいでいいですか?」
「ん、ちょうどいい、すまんな」
堂島さんが少し笑った。
「いいえ、美味しいですか?」
「んー、美味いぞ」
「そうですか、良かったです」
七海もね、お姉ちゃんのご飯、美味しいよ!と隣の席に座っている七海が言う。
ご飯粒をくっ付けて食べている幼い姿が可愛らしい。
「ありがとう、七海。ちょっとごめんね」
「?」
菜々子のほっぺたからご飯粒を摘み取りぱくりと食べた。
「ご飯粒、ついてたよ」
「え、うそ!もう、ない?」
「もう無いよ」
ありがとうと、恥ずかしそうに言う七海の髪を撫でてやる。
いいな、本当にこういう妹が欲しいなぁ。
父さんがさっきから静かだ。
叔父と七海にばっかり構ってるからだろうか?
また拗ねた??
父さんが箸を銜えたまま言う――行儀が悪いよ。
「なんかさ、実の娘に言う台詞じゃないんだろうけども。僕の娘さんってば、凌士君の嫁にやったみたいだ、よね?」
「ぶごふ!!」
叔父さん、噴いちゃったよ。
なんてことすんのさ、父さん。
大体読めって、読め?
違うよどんだけ私も混乱してるんだよ、嫁だよ嫁!!
「嫁って、」
叔父さん、まだ咳き込んでるじゃないか。
私は叔父の背中をさすってやる。
あ~もう、今日、本当になんなのさ?
「げふごふっ!はー………に、義兄さん、ちょっと、それは、」
「でもさ?さっきのやりとりって、ながーく暮らしてる夫婦みたいだったよ?」
「そうなのかなぁ?でもうー………」
言われてみても分からない。
実生活で嫁とか妻とか全然考えてみた事なんてないし、貰った事も貰われた事もないから尚更だ。
それなのに父さんは「嫁」発言。
私、そんなにいいお嫁さんしてるの??
真っ赤になっている叔父――なんでだ??――は、父さんの発言にしどろもどろながらも答えた。
「いや、ああ、でも、×××だったら嫁にきてもらっても一向に構わないと思う、ぞ?七海も懐いてるし、料理も美味いし、気配りも出来る――最高の嫁だろう」
ちょっと乗りますか、その話に。
ありえないですよね?
「ちょっ、堂島さんまで何言ってるんですか!冗談もいい加減にしてください!」
「お前、凌士と呼べとあれほど、」
ここでそれを突っ込むのかよ!!
めんどくせぇ親父だな!!
「ああ、もう分かりました!凌士さん、いい加減にしてください!」
こんな馬鹿みたいな言い争いが隣で始まったのに、父さんは何処吹く風だ。
むしろ逆に楽しんでいる様子が憎らしい。
にこにことあの食えない笑みを浮かべて言うには、
「ふーん、いい嫁やってるんだなお前」
「その話もう終わりにしてください。ったくからかって」
いい大人が二人で寄ってたかって高校生をいじって何が楽しいのかと思う。
否、高校生だからいじって楽しいのか?
ちょっと分からなくなってきた。
ピンポーン
こんな時間に一体誰だろうか?
玄関のチャイムが鳴り響いた。
「ちょっと出てきますね、はーい!」
ぱたぱたと足音をさせて玄関まで小走りで行く。
どうやら外は土砂降りだったようで、玄関に近づくにつれ雨の酷い降りの音がする。
何時の間にやら降っていたのか、ふと明日の天気について考える。
明日も雨だったら洗濯物どうしよう?
「藤原さーん!藤原さーん!」
玄関の扉を開けるとそこには安立さんが居た。
声からして予想はしていたが、まさかこんな姿とは思わなかった――ずぶ濡れだ。
一体いつから雨に濡れていたのかと思うほどの濡れっぷりで、この後風邪を引かないかそれだけが心配だ。
「どうしたんですか安立さん、ずぶ濡れじゃないですか!」
「いや~、携帯用の傘なくしちゃってさ~。しかもさっき急に振り出すし、参ったよホント」
はははと疲れたように笑う安立。
その疲れた顔を見ていられなくて、ポケットに入れたままになっているハンカチを取り出してその顔についた雨粒を拭った。
「ありがと」
「いえ、あの、あまり、無茶しないでください」
それを聞いてへらりと笑う安立。
その笑みは、何処か父さんの笑みに通じるものを感じた。
「ところで藤原さん居る?藤原さんに渡す書類が、ああ、藤原さんこれ!こいつは俺が死守してきたんで濡れてませんよ!」
「んー?おお、誰だと思ったら安立じゃねーかって、コレ、きたのか!悪いな安立、雨の中わざわざ届けてもらって!ばっちり濡れてないけど、お前がびしょぬれじゃねえか………」
何か入った大きめの封筒を手にとって叔父は興奮している。
あの顔から察するに、安立の届けた封筒ってのは、もしかしたら亡くなってしまった奥さんに関する書類か何かだろうか?
安立もそれと知っていて、こんな夜中に届けにきたんだろうか?
相棒のためだけに。
「相棒、ですからね。じゃあ、僕はこれで、」
「ちょ、待ってください安立さん!」
帰ろうとする安立の襟首を捕まえた。
何勝手に帰ろうとしてるの?
こんな土砂降りなのにふざけないでくださいよ!!
「ううわ!何、×××ちゃん」
「泊まっていけばいいでしょ、安立さん?」
「っていってもねえ」
「だってまだ外は土砂降りですよ?それにこんな雨の中、わざわざ届け物してくれた人に、私はこのまま帰れなんていえません。せめて御風呂はいって行ってください。風邪、ひいちゃいます」
「んー、まいったね」
外はどんどんと雨の振りが強くなっていっている。
雨脚の強さは、音を聞くだけで分かる――こんな雨の中、帰したら事故でも起こしてしまいそうだ。
「心配なんです、事故でも起こしたらと思うと、」
「あー、あの、さ?×××ちゃん?そんな顔しないでくれるかなぁ?」
そういう顔されると困るよぉ、って、そう思うなら帰らないでくださいよ。
怖いです、明日、安立さんが事故にあったなんて、想像するだけでも怖いんです。
だから行かないで、泊まっていけばいいですよ、そう言う。
「安立、とまってけ」
「藤原さん、はぁ、分かりました。じゃあちょっと、御風呂もらえるかな?」
「はい、あ、ちょっと待ってください」
玄関先に少し待ってて貰うように言うと、俺は直ぐ様とって引き返していった。
洗面所の棚の中からバスタオルを一枚掴み取ると、また踵を返し玄関へと向かう。
なんだタオル持ってきてくれたんだ~。
そんな暢気な声を聞きつつ苦笑する。
ハンカチで拭けたのは顔だけだから、どうしても他はびしょびしょだった。
早く拭いてあげたかったのだ、本当は。
安立の体をバスタオルでくるむとそのまま拭き始める。
拭き始めた途端、安立から抗議の声が上がる。
確かにいい歳した大人がやられるには恥ずかしいかもしれない。
けど、まぁいっか。
安立も色々と不器用そうだし、私がやったほうが早いだろうし。
「い、いいよ!自分で出来るから!」
「大丈夫です、もう終わりますから」
粗方拭き終えると、俺は安立の頭を最後に混ぜた。
これでいいかな?
「――さ、御風呂こっちです、上がってください」
「ったくもー、子供扱いして」
ぶつくさ言わないでくださいよ、安立さん。
安立はキッチンテーブルにつく父さんを見ると「あ、お客さんですか?済みません、こんな格好で」なんて言う。
誰か居るなんて思わなかったんだろうな。
父さんは父さんで余所行きの言葉遣いでもって言う。
「いえいえ、雨の中ご苦労様です」
はははと、安立は恐縮した様子だ。
叔父がそんな二人のやりとりを見てから、父さんのことを安立に紹介した。
「×××の親父さんだ」
「どうも、×××の父です」
「こ、こちらこそ、どうも安立と言います。へえ~、×××ちゃんのお父さんか~。あの、僕、×××ちゃんにはいつもお世話になってるんですよ。 時々僕も藤原さんにお呼ばれして、夕飯いただいたりしちゃってるんですよ。美味しいですよね~、×××ちゃんの料理」
「ああ、もういいから!安立さんはやく!」
何か嫌だ、恥ずかしい。
どうして父さんに会うなりそういう話をするかなぁ?
私は安立の二の腕を掴むと風呂場へ促した。
「分かった、分かったから!ったくいいじゃない、料理上手褒めてたんだからさぁ」
「恥ずかしいんですよ凌士さんも安立さんも!!」
ぐいぐいと安立を風呂場へと連れて行く。
あー、もう!
今日は本当に厄日だ!!
先ほどまで浮かべた事の無い種類の笑みをその顔に刻むと、×××の父はぽつりと呟く。
「ほんっとに、僕の娘は皆のいい「お嫁さん」やってるんだなぁ。 さて、彼女になんて報告したものやら」
一枚の写真を取り出して、それにむかって話しかける。
「ね、どう思う――?」
――彼の問いに、写真の彼女は答え無い。
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