第23話 彼女の本心
ゴローが迷宮に潜って3日、ハナちゃんは何度目かになる魔獣の相手をした。
モフッ
左ひじを撫でる。
ズバァン
雷撃が飛ぶ。
対処自体はすぐに終わった。
「おつかれさん」
とはいえ、そこに至るまでの村の狩人たちのおぜん立てがあってのことであった。
ゴローさんがアンカーをとってくるまであと少し、ということで村ではみんなで農作業の時間を短縮することにした。
朝方の2時間。
しかも、護衛としてハナちゃんが近くで付き添うことになった。
今のシフトではハナちゃんは朝から昼過ぎまで、ということになっており、タイキやエリザベスとは時間をずらして常に1人は待機しているという状況になっている。
もちろん、復帰したマイルズも含めた狩人も、6人全員が交代して見張りをしている。まだ安心はできないが、一時に比べると状況は楽になっている。
ただ、それは要員のスケジュールが楽、という点だけであって、魔獣の襲来はむしろ増えている。
この3日で、合計6匹の魔獣が村に襲来した。
今のように、狩人に早めに発見されて、ハナちゃんたちがすぐに現場に向かえた場合はあっさり終わるのだが、夜は手薄になってしまう。
地味に大変な仕事は退治や警戒をする人員以外にもいる。
それは、通信用の鉄塔に登る見張り役で、ロープで支えながら高所で全方位を見張るのは神経を使う。それに長時間は無理なので交代制で、これは農作業ができない村人などが交代して行っていた。
一回は村の中心部まで侵入されたが、これも夜中であって、駆け付けたタイキと狩人によって仕留められた。
このように、村の防衛はぎりぎりであったが、村人の被害がまだ出ていないのは幸いだ。
◇
『うーん、なかなかうまくいかないね』
村の守りのために待機している時間は、異能の使用回数を無駄に消費するわけにはいかない。
だから非番の時間に、ハナちゃんはモフ芸の自主練習をしていた。
協力者はリルちゃんであった。
ちなみに協力とはブラッシングである。
「今のですごいんだから、別に練習する必要ないんじゃない?」
リルちゃんが質問する。
『そういうわけにもいかないよ』
「なんで?」
『例えば、4体以上相手にするときにどうしようもなくなる。あと、電撃が外れることもあるよ』
「うーん、他の人と協力したら?」
『そうなんだけど、できることはやっておきたくて』
リルちゃんとしても、別に反対というわけではなく、無意識に口に出ただけなので、そこからさらに突っ込む気もなかった。
「で、今やってるのは回数を増やすこと?」
『そう、だけど結局は自分でブラッシングできればいいんだけどね』
なかなか難しい。
タヌキ、そう、もう開き直ってタヌキと認めたハナちゃんの手では、ブラシを持って大きな全身をブラッシングするというのは難しい。
背中とかおしりとかどうすんの? ということになる。
それに……
「なに? 魔獣と戦ってる最中にいきなり自分をブラッシングするの? それって……」
余りにシュールな光景を思い浮かべてリルは思った。
カッコよくない。
『それ以外だと、一瞬で毛並みを復活、みたいなことができないかというのも考えてるんだけどね。精霊術とかで』
例えば、水の精霊術で毛を湿らせ、火の精霊術で水を蒸発させ、風の精霊術で毛並みを整える。なんてことが出来たらいいとハナちゃんは考えていた。
実際には、ハナちゃんの精霊術では出力が足りない上に、それだけで毛並みが復活するようには思えない。
残念ながら机上の空論だった。
「ちなみにその場合、わたし、ブラッシングできなくなるの?」
妙なところを気にしてしまうリルちゃんだった。
『そうなってもリルちゃんにはお願いするよ……というか全然できる気がしないんだよね』
「ハナちゃん、精霊術苦手だもんね」
苦手と言う割には使える種類は豊富だ。
威力が伴わないだけで。
『あとはモフ芸の種類を増やすっていうのも目指してる……』
そこでニルちゃんはハナちゃんの尻尾に目を移す。
すでに、尻尾の斑点の数がモフ芸の種類だろうという予想は、ハナちゃんもみんなに話してあった。
「3つのままよね」
『そうなんだよねえ、どうすれば種類が増えるのかとかわからないし……』
「おじいちゃんには聞きに行ったんでしょ?」
パイ爺には当然教えてもらおうとしたが、異能の傾向が違い過ぎてダメだった。
『おじいちゃんの場合はど……薬を増やすのには病気の勉強すればよかったんだって。でも、私の場合はねえ……』
「こう……モフっとやって水がどばーって出てくるとか良くない? これからの季節、なんか涼しくて楽しそう」
それはハナちゃんも心惹かれる能力だ。
『うーん、でも結局体のどこかを撫でないといけないんだよね。水ってどこ?』
「やっぱり水が出るところじゃない?」
『いやん』
リルちゃんの視線がハナちゃんの股間に向き、ハナちゃんは恥ずかしくなって股間を隠した。そもそもモフモフで詳しくは見えないのだが、まあ、気分ということで……
『だいたい、ひじを撫でて電撃っていうのも意味が分かんない。右ひじだと熱風だし……』
「そうよねえ」
結局よくわからない、という結論となり、本案は棄却されました。そこで野党、リルちゃんから新たな論点を提起し、法案は再び本会議に提出されました。
「じゃあ、ハナちゃんはどんなのが欲しい……」
『そうね……』
精霊術っぽいものから離れるとすると、なんだろうかとハナちゃんは思案する。
やっぱり、昔からのあこがれだった創作物などから思いついたものを試してみるのがいいかもしれない。
――というと、あれか、あれだね
何か思いついたハナちゃんは、頭のてっぺんをモフっと撫でる。
何も起きなかった。
残念、空を飛ぶ竹とんぼ的機能は実現できなかった。
めげずにハナちゃんはお腹のあたりをモフっと撫でる。
何か起きそうな気がする。
お、これはもしかして、何でも入るポケット的機能が実現するのか? そう思って、ひたすら腹回りをモフモフし続ける。
だが、何か起きそうな気がするだけで何回撫でまわしても結局何にもなかった。
『今は無理そうかなあ』
「そっかあ……ま、なんか他に思いついたらやってみたら?」
『そうする』
◇
「戻ったぞ」
『おかえりなさい』
帰って来たゴローを出迎えたのは、奇しくもまたハナちゃんだった。
今は前より人に余裕があるので、ハナちゃんは例の寝床ではなく、雑貨屋の奥でニルちゃんとお話しながら待機している。
タイキやエリザベスは食堂にいるが、要するに同じ建物で、知らせが来るときに迷う恐れはない。
ちょうど今、魔獣にまたしても一発食らわせてきたハナちゃんは、その帰りにダンジョン前を通りかかったところだった。
『取って来たの?』
「おう、時間との勝負だから、勝手だと思ったが取り付けまでしてきた。村はあれから問題ないか?」
ということは、もう魔獣除けの力は復活しているということだろう。
『村の人はみんな無事。だけど魔獣がたくさん来たよ』
「ほう? どれぐらい?」
『合計……今ので8匹かな』
その数字にゴローはギョッとする。
「それは……いささか常の事ではないな……して、魔獣の種類は?」
『それが、全部狼さんだったんです』
それに関してもゴローは反応し、しばし思案する。
「……なるほど……ハナよ」
『はいっ』
「この一件、これで終わりではないかもしれんぞ」
『えっ、そうなの?』
「何か裏で動いているからくりがあるようじゃ。その仕組みを解き明かさねば同じようなことが続くやもしれん」
『困るなあ。みんなしんどそうだよ?』
「ちょっと皆と相談しておこう。まあ、さしあたって次の新月までは安心だろう。その猶予にいろいろ調べる必要があろうな」
――単純な力押しじゃダメってことなのね。私じゃ役に立てないかもなあ……でも
『なんか手伝えることがあったら言ってくださいね』
「うむ、よろしくな」
その日、ゴローは帰還の報告をして、村長やユーディスからそれが皆に知らされた。
そして、魔獣が現れないことを半日ほど確認したのち、村の警戒態勢は通常に戻された。
◇
「やれやれ、ようやく一息つけるな」
「正直、夜番がこれ以上続くと肌にも良くないし、助かったわ」
「せいぜい夫婦仲良くするが良かろう、カッカッカ」
仕事が一段落した探索者三人が、互いの疲れをねぎらおうと一席設けられたのは、その日の深夜の食堂だった。
本来この時間はすでに食堂が閉まっており、実際今もニル母子はすでに二回に引っ込んでいる。
客は彼ら三人だけであり、これは村を首尾よく守ったことに対するご褒美のようなものだった。
テーブルの上には冷めても大丈夫なような、軽くつまめる揚げ物や焼き物が並んでおり、酒はセルフサービスとなっていた。
特別扱いとはいえ二回には小さい子も寝ているので話す声は抑え気味だ。
「改めて、わしの留守の間村を守っていただき、かたじけないのう」
村の防衛を一手に担ってきたゴローが二人に礼を述べる。
「やめてくれ、俺はこの村の出だ。自分の村を守るのに理由はいらない」
「そうね、ちょうっと留守が長かったぐらいよねえ……」
一応エリザベスはチクッと一刺しする。
「それについてはすまんな。転生者はどうしてもしがらみが多い」
「ねえ……その『転生者としてのしがらみ』ってハナちゃんにも関係するの?」
エリザベスはやはりそこを心配する。
「うむ、いずれそうなるだろう」
「そんな……」
口を押えてショックを受けた様子のエリザベスを見つめてゴローは言葉を続ける。
「そも、転生者、というのが常のものではないのだ。わしの知っている限りでも片手に足りん。あの爺様に聞いたこともあるが、100年以上生きてきて世界を回って来た爺様でも30人は知らんらしい」
「そんなに……」
「それがこの小さな村に3人だ。何も起きんと考える方がおかしい」
「……そうなのね」
「だがな、あの子はおとなしくしているタマではなかろう。異能も戦いに向いておる上に、結構猫をかぶっておるぞ」
「猫? 何で猫?」
おっと、この表現は残念ながらエゲレス、すなわちエルフ自治領、ドイツ並びにスペイン連合王国(United Kingdom of Elven dominion, Germany and Espana、略してEGerEs)出身のエリザベスには通用しなかったようだ。
「ええと、本性を隠しておとなしくしてるって意味だ、エリー」
「そういう言い方をするのね……」
「でも確かに、多少遠慮はある気がするな。ハナちゃんは」
「そうなの?」
「気づかなかったか? 確かにいい子だし頑張って村の仕事をしてるのを見るとほほえましいけど、それが本当にやりたいことかって言うと、そうじゃない気もするんだよな」
「そんな……でも……」
「ちょっとお前は過保護過ぎんか? あの子は自分の子か? ほれ、早いとこ旦那と子作りして子育てでも始めちまえ」
「ああ……」
エリザベスは言葉を失った。もちろん彼女にはそんなつもりはなかった。
だけど、確かにゴローに言葉として言われてしまったように、自分の子の予行演習としてハナちゃんに構っていると見られてもしょうがないと思える。
「ご忠告はいただいておくよ。でも、決して俺たちは打算であの子と接してたわけじゃないってことは言わせてもらうぜ」
「ふむ、言い過ぎたかな。まあ転生者などガキでもとんでもなく強い奴がいるから、遠くから見守ってやるぐらいでいいのではないか?」
「……うん、そうだね……そうかも」
ショックを受けていたエリザベスだが、何とか気を持ち直せたようだ。
「それでも心配ならあの爺様に相談してみい。年もあるだろうが転生者の割に平和に暮らしておられるぞ」
「ああ、なるほどね。そうか……パイソンさんね……」
「まあ、あれで昔はかなり好戦的だったそうだから、単純ではなかろうがの」
「いざとなれば俺たちの方でも、ほどほどな探索者の背中をみせてやれるさ」
「あんたがほどほどとか言うな」
12歳で村を飛び出してシンオオサカに飛び出した男の言うことでは、確かにないだろう。
エリザベスのツッコミで、この話題は終わりを告げた。
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