第26話 隣の徒党狼

 ゴローはいまだダンジョンの中にいた。

 前回が3日程度で帰って来たことを考えると遅いように思えるが、それは運が良かったからだ。

 アンカーはフロアのボスが出すが、全てのボスが出すとは限らない。

 

「ちっ、またはずれか」


 これで5つのフロアを攻略したが、まだアンカーは手に入っていなかった。


「運が良くないときはこんなものか……」


 ボロボロになった刀を、鞘に納める。

 次はどちらに動こうかと考えながら、懐中時計を見る。

 日付を確認し、まだ余裕があることを確認する。


――いっそのこと、下に潜るか


 ダンジョンのゲートの中には通路型と階段型が存在する。

 通路型は同階層に、階段型は上下の階層につながっている。

 ただ、階段型は何階層移動するか不明である。

 唯一、地上ゲートのみは一階層につながっていることが保証されている。

 そして、階層が深くなればなるほど魔物は強くなる。

 だが、ゴローの腕前であれば下の階層であっても単独で戦えるはずだ。


――しかし、下の階層となると少し準備しないといけないな


 武器は朽ちることのない刀だからいいものの、下の階層となると道具の燃料や食料も少し心もとない。


「しょうがねえ、いったん帰るか」


 そしてゴローは村へと移動を開始した。



「マイルズさんっ!」


 歩いて帰って来たからには重症ではない。

 しかし処置が不要なほど軽傷でもない。

 そこで、事情を聴く場がパイ爺の診療所となった。

 ハナちゃんが駆け付けた時には、狩人だけでなく村の主要なメンバーがそろっていた。

 ハナちゃんが見たところ、上半身裸で包帯は右側を中心に腕と胴体を覆っていた。


「この間のことがあったから、そっちを守ってたら逆側をやられちまったよ」

「無理しおって、後遺症が残るとこじゃったぞ」

「爺さん、大丈夫なのか?」

「わからん。じゃから安静にしておくのじゃぞ」


 言われて、起き上がっていたマイルズは横になる。


「で、事情を聞かせてもらえるかな?」

「ええ……」


 村長の言葉に、マイルズは順を追って説明を始めた。



「これまでの二つとは違うな」


 タイキはかなり手前でそのことに気づいた。

 これまで二つの廃棄ゲートを調査して、異常がないことを確かめた。

 ゲートから地上に出たが、魔獣に出くわすこともなかった。

 ゲートの建物は朽ちないので安全地帯として獣の巣になっていることも考えられたが、石造りで室内にゲートがあるという環境が落ち着かないのかもしれない。

 周辺の調査ではマイルズ、ナイルズの兄弟の力が大きかった。

 とはいえ、何も守りの無い状況ではタイキとエリザベスの戦力は欠かせなかった。

 1日1か所のペースですでに3日めだったが、4人とも若く活動的なのでまだ体力的には問題ないと思われた。

 マイルズが確かめる。


「魔物だろうか?」

「警戒すべきは狼だろうけど、盗賊や悪い探索者の可能性も考えてね」


 確かにそうした後ろ暗い連中は町中に潜むことが多いが、こういう場所を根城にしている事例もある。


「警戒しながらゲートに近づく」


 地上ゲートの場所は分かっている。

 今は南西側のゲートから真北に近い地上ゲートに向かってフロア外周の回廊を進んでいる。

 回廊は円周を一周つながっているものだが、当然円の内部につながる道がある。

 その横道を警戒して進む。

 だが、そちらにばかり警戒をしていくと外周の外側に設置されたゲートから思わぬ伏兵が出現することがある。

 固定化されていないゲートは先が見えず、それでいて魔物の移動に制限はない。

 さらには突然何もないところから魔物が湧くこともあり、全方向を警戒しながら進むのだから速くは移動できない。


 ゆっくり右に曲がっていく回廊の先に、何か光るものを発見して、ナイルズが警戒の声を出す。


「前方警戒」


 その言葉に三者三様の動きを見せる。

 エリザベスはナイルズの視線を追って前方警戒。

 マイルズはナイルズの背後をカバーする意味で後方警戒。

 タイキは至近に敵が湧いた場合に備えて周囲警戒。

 ここ数日の探索で4人のコンビネーションは磨かれていた。


「やばい、多い。気を付けろ」


 続いて前方を警戒していたナイルズが警戒を促す。

 エリザベスの目は狩人ほど良くないので、そもそもまだ視界には入らない。

 だが、しばし後前方から現れたのは通路の幅に横に2体の狼の魔物、そしてその後ろからも続く同様の影。


「全部で六体だ。狼型」

「地上の奴らと似ている。先手を取るわ」


 言ってエリザベスは詠唱を始める。

 精霊術を精霊魔導術にするためには、直感的に使うことができる精霊術を使う前に、顕現させた精霊の力をどう扱うかをあらかじめ規定しておかなくてはいけない。

 そのために方向、速度、また広がり、集中などを指定する。

 従って、魔導の詠唱は聞くと神秘的に思えるが、内容は機械部品の仕様書のような代物だ。

 例えば、今回なら「入力――媒体は流体、レベル6相当、持続時間は10秒以内、耐熱耐水防御全キャンセルで想定。出力――前方、横幅3m、縦幅1m、地上からの距離50cm、初期速度100kmで想定」みたいな内容になる。

 今回の場合は通路の幅いっぱいを進む水流を打撃力として使う。

 敵が多数、しかも動きの速い狼型。

 ならば殺傷力は低いが制圧力があり、自身が最も威力が出る水を選択。

 詠唱に従い光のワイヤフレームが引かれる。

 通路幅いっぱいで、上下が1mあるいびつかつ巨大な大砲を形作る。

 実際には水鉄砲だが。


「ナイルズ、下がって」


 彼が安全圏に非難したのを確認して精霊術を発動。

 たちまち前方に水流が発生、魔物に正面から当たる。

 耐えようとするが持続する水流のため、次々に押し流されていく。

 すぐには水が引かず、立ち上がろうともがくが失敗する。

 絶命したものはいなかったが、打撲ぐらいは負わせられたかもしれないし、出鼻をくじくことができた。


「弓を」

「おう」


 マイルズ、ナイルズが流れてくる水に足を踏ん張り、弓を構え、狙いをつける。


 ギャン

 グウォォ


 命中、魔物の悲鳴が聞こえる。

 次々矢を弓につがえ、連射する。

 さすがに本職。

 ほとんどの矢は命中し、動ける魔物はあとわずかになった。

 エリザベスは二人のカバーをすべく、単体用の土の精霊魔導術を準備していた。

 その時、


「後ろからくる」


 エリザベスは振りむき、とっさに見えた敵影に術を打ち込む。

 しかし、


「だめだ、多すぎる」


 先ほど前方にいた以上の狼の群れがそこには存在した。

 この通路幅では前衛一人では脇をすり抜けられてしまう。

 タイキは即時に判断する。


「前に進むぞ。ゲートから地上へ」


 これは探索者としては当たり前の行動だった。

 近くに地上ゲートがある場合はそこに逃げ込み、魔物から逃れるということはしばしばある。

 タイキもそれで命を拾ったことが何度かある。

 若干事情を把握しきれていない狩人二人だったが、言われたとおりに前に進む。

 もちろん、弓は持ったまま、倒れた魔物の様子を確認しながらである。

 エリザベスは、


「足止めするわ」


 とタイキに告げ、後ろの魔物に水流の術をぶつける。

 先ほどのように厳密に詠唱して効果範囲を指定したものではない。

 ただ単に、生まれ持った精霊術の力に頼って、ただこちらの足を止めないようにだけ考慮された雑な術だ。

 その術を合図に、タイキとエリザベスは兄弟を追って走り出した。


 ぱしゃぱしゃと、エリザベスの生み出した水が残り、埃が浮いて黒く濁ったダンジョンの床を踏んで、一同は地上ゲートを目指す。


「あれだ」


 幸いここまで前方からは他の魔物が出てきていない。

 タイキが指さした先のゲートに、一同は飛び込む。

 慣れ親しんだモリノミヤのゲート前とは違う風景がそこにはあった。

 それだけは共通の円形の部屋、そして中央のゲート。

 入り口は周囲が森の中でうす暗く、時間的には昼間のはずなのに部屋の中は暗い。

 何より違うのは、そこに異質な存在がいたことだ。


「そんな……」

「まさか……」


 言いながらもタイキは剣を構え前に出る。

 室内にいて、こちらに牙をむいている狼が3体。

 その姿はダンジョン内で襲ってきたものと同じに見えた。

 こいつらがここにいるという意味は……


「くそっ、誘い込まれたか」


 迷宮の中に仲間がいる。

 この場に三体いる。

 さらには建物の外にもいるかもしれない、いや、村に襲ってきたことを考えると間違いなくいるだろう。


――どうする?


 一団のリーダーとして、タイキは考えを巡らせる。

 外に出るのは無しだ。

 このゲート付近の敵を一掃しないと、森の中を50km以上進む必要がある。

 大まかな方向は分かっても小さな村を見つけるのは難しい。

 それにそこまで体力が保つかの問題もある。

 ならば全戦力で迷宮を突っ切るか。

 だが、前後から襲い掛かられれば犠牲者が出ることが考えらえる。

 それを許容できるか……


「まさか……後ろだっ!」


 薄々そうではないかと皆は思っていた。

 だが、ナイルズの言葉にゲートを見ると、そこから奴らの仲間の狼が姿を現した。

 やはり、地上に出てくる魔物は存在したのだ。


「ぐあっ」


 不意を打たれたわけではなく、単に接近戦の対応力が低かっただけだが、マイルズが襲い掛かれ、肩に噛みつかれた。


「兄ちゃん!」


 ナイルズが矢を持って噛みついた敵に矢じりを突き刺す。


 ガアァッ


 狙いも大してつけないまま、顔を狙って突いた矢の先端が、目に突き刺さる。ナイルズの手にぶちゅりという嫌な感覚が伝わるが、そんなことを気にしている余裕はない。


「次も来るぞ」


 ゲートから、やはり狼が頭を出す。

 マイルズは狼の噛みつきから解放され、態勢を立て直すために脇へよける。

 その時、タイキの頭で一つの作戦が閃いた。


「俺たちが外に引き付ける、村へ、ゴローさんに」


 そう言い残して敵に切りかかるタイキ。


「それならっ」


 エリザベスは外に向かって、水流を放つ。

 まだ姿は見えないが、建物の外に敵がいたら、これで驚かすことができただろう。

 タイキがゲート前で切り合い、ナイルズはそれを援護する。

 気を引き、うずくまっているマイルズに注意が向かないようにする。


「退路確保」


 外を確認したエリザベスが出口から声をかける。


「よし、森に引き付ける。守れる場所はナイルズが探せ、敵の対処は俺とれーでやる」


 そして3人は森の中に踏み出す。

 残されたマイルズは、気配を殺しながら再び迷宮の中に入る。

 そして、外周の回廊を東から逆回りして、南西の、村へと続くゲートに到着。

 そのまま急いで村に戻って来たとのことだ。



「それで、ゴローさんは?」


 話し終えてマイルズが再び身を起こして見回す。

 だが、そこに期待した人物の顔は無かった。


「……まだなんじゃ」


 村長の声が、静まり返った診療所の部屋にこだました。

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