第27話 救出部隊

 沈黙を切って、狩人のリーダーが口を開く。


「待つという手もある」


 ゴローの帰還は遅れているが、逆にいれば今帰ってきてもおかしくない。

 彼を中心に救出部隊を出すことで、三人と合流して皆無事で帰ってこれる可能性はある。

 だが、可能性があるというだけで、可能性は低い。

 そのことは皆わかっているが、だからといって反論の声は上がらない。

 仮にゴローを待たないで助けに行けば、返り討ちにされる可能性が高い。

 誰だって自分の命は大切だ。

 そしてその結果として、タイキ、エリザベス、ナイルズが失われても、村の戦力としてはタイキ夫妻の帰郷以前の状態とほぼ変わらない。

 見捨てる方が、今後の村、そして自分たちの生活にとっては正解なのかもしれない。

 男たちにも自分の命が惜しい。

 そして守るべき家族もいる。

 そして村の皆の安全もある。

 だがそのために村の仲間を見捨てるのか。

 正解が見つからず、だれも賛成も反対も口にしないままだった。

 ただ一人を除いては。


「行こう」


 ハナちゃんだった。

 大きな大人の男たちがマイルズを囲んでいて、ハナちゃんは入り口近くでじっと話を聞いていた。

 その存在すら皆の頭の中から抜けていたのだが、一瞬で注目を集める。

 が、口を開くものはいない。

 ハナちゃんは続ける。


「最低でも私は行く。出来れば……大勢で行きたいけど、それは無理には言えない」


 思いのほか、そして年齢や見た目にそぐわぬ冷静な彼女の言葉。

 そして、そのような女の子が心を決めているという事実に、あちこちで「俺も行く」「俺もだ」と声が上がる。

 そこに、


「ならば、ハナちゃんが行く必要は無かろう」


 と、声がかかる。

 この場の主であるパイ爺だ。


「爺さん、けどな、ハナちゃんがいなきゃ……」


 狩人の一人が口を挟む。

 この場にいるメンバーの中で、攻撃力が一番あるのがハナちゃんだ。

 回数制限があるとはいえ、主に使う電撃は複数の魔獣であっても行動不能にできるだろう。

 特にダンジョンの通路であれば、敵の位置が制限されるので心強い。

 そのように思っている者はこの場にも多い。


「代わりにわしが行こう」

「ええっ」

「そりゃ年寄りの冷や水ってもんですよ」


――わしを年寄り扱いするな!


 と言い返そうとしたが、よく考えなくても年寄りだった。


「それに、パイソンさんはもうダンジョンに潜ってないんじゃなかったですか?」

「デカいのは知っるが戦えるのか?」


 いろんな疑問が出るが、パイ爺は聞き入れない。


「それにじゃ……ハナちゃん、自分の命を粗末にするんじゃない。まさか、今度も死んでも大丈夫なんて思っておるのではなかろうな?」


 パイ爺の頭の中には、過去の知り合いの転生者でそのようなことを話していた者がいたのが思い出されていた。

 結局無理をしてすぐに死んでしまったが、彼がまた転生したのかは実際わからない。

 だが、そのようなうまい話はないだろう。

 結局その転生者はせっかく得た幸運を自らの愚かさによって不意にしたのだ。


「そんなことは思ってません。前の生もこの生も、私にとっては地続きです。私はただ、前はできなかったことを、やりたくてもみんなのために何もできなかったことをやりたいだけです……」


 語気は強く、ハナちゃんは反論した。


「……優しくされたら優しくする。そんな当たり前のことが前はできませんでした。いえ、できないということに甘えていた部分もあったと思います。でも、今はそうじゃない。人のために自分を犠牲に、なんてことじゃなくて、自分のために、自分が胸を張って生きていくために、自分がやりたいからやるんです」

「じゃが危険じゃ」


 電撃を打ち尽くしたら、ハナちゃんは無防備になる。

 それでも大きな獣である姿は、力だけでも大人を越えるし、分厚い毛のコートは防御力も高いことがわかる。

 だからといって、魔獣、あるいは魔物と至近距離で接近戦ができるかというとできないだろう。

 防御力に支えられていても、結局は傷つき、徐々に弱って死に近づいてしまうのは予想されることだった。

 だが、


「大丈夫です。私も修行しましたから……ちょっと頑張れば、電撃の回数制限はないも同然です」

「なんと……そんなことが……」


 話の流れが変わってきた。


「……それでも、全く隙が無く連発できるものでもないので、できればたくさんの人に来てもらって、そのカバーをお願いしたいんです。あと、動けなくなった魔物もとどめを刺すか縛らないとダメですよね。それもお願いしたいです」


 全くの勢いや思いつきではない、ということを主張するハナちゃんに、パイ爺はそれ以上反論の言葉を思いつかなかった。


「……じゃが、わしも行こう。それぐらいはかまわんな」


 いざというときには体を呈してもハナちゃんを守るつもりだった。


「待ってくれ、それじゃこの村が全く無防備になるじゃないか」


 狩人すべてとパイソン、ハナちゃんが救出に向かってしまえば、この村で戦える者はいなくなる。

 村長の心配ももっともなところだろう。


 ガラッ

 扉が開いた。

 そこにいたのはニルだった。

 予想外の闖入者ちんにゅうしゃに、一同は驚く。


「私たちでも、身を守ることぐらいはできるでしょう? いざとなれば鍋でもフライパンでも貸し出しますよ」


 外で聞いていたらしい。

 彼女の後ろには村のものが集まっていた。


「たとえ戦いの心得が無くても、私たちもそこそこ体が大きいんだから無抵抗でやられるわけじゃないでしょう? 何とでもなりますよ」


 いつもの丁寧なしゃべりだったが、ニルはきっぱりと言い切った。

 その言葉に、皆は彼女の過去を思い出す。

 店に荒っぽい探索者が来て、酔って暴れたのを彼女がフライパンでさんざんに打ちのめして追い出したことがあったのだ。

 そのころはまだ、彼女の両親が店をやっていて、彼女は給仕をしていた。

 それが、探索者が暴れ出すや否や、厨房に取って返して、父親が野菜炒めを作っている熱々のフライパンをひっつかんで、探索者の尻に一発叩き込んだのだ。

 探索者は熱いのとびっくりしたのと体にかかった野菜炒めで機先を制せられ、倒れこんだところをニルに頭を滅多打ちにされて気絶したのだった。

 なお、診療所で気が付いたその男は、迷惑をかけた店に謝りに来た。

 彼の尻はフライパンを押し付けられた結果としてやけどをしていたそうだが、そのやけどの跡が今も残っているか知っているのは、彼自身とニルだけだろう。

 心を入れ替えた彼は、探索者をやめて村に住み着き、紆余曲折を経てニルと結婚した。

 つまりはリルの父親である。

 今、彼が村にいないのには理由がある。

 ニルの結婚からしばらくして、ニルの両親は別の町で料理屋を開くことになった。

 この村では発展性が無く、またいずれはどちらかが危険になった時に避難先にもなるだろうという目論見もあっての移動だったが、向こうの商売は思いのほかうまくいっているらしい。

 そこで一人が手伝いに行くことになったのだが、ニルでなければ一人で店を営むことなどできない。

 ということで、旦那が秋までの約束でニルの両親の店に手伝いに行っているのだ。

 事情としては以上のようなものだが、最近なりを潜めていたニルの気の強さを、改めて思い出した村人たちだった。


「う……わかった。ならば、皆で行ってくれ。たとえ戻ってきてもさすがにゴローまでは向かわせられんから、気を付けてくれよ」


 村長がそうしめくくり、村の救出部隊が結成されることなった。


 

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