第28話 発見

「自分でついてくるのは便利じゃな」


 そのように、ハナちゃんの妖精レインについて語るのはパイ爺だ。

 彼は片手でノトロブの鳥かごを提げている。

 老人の姿のパイソンは背が低いため、時折鳥かごが地面にぶつかる。

 そのたびに、『ぐえっ』『うぎゃっ』とか鳥かごから声が上がるのが、シリアスな雰囲気を台無しにしている。


「背負うかなんかしたらどうですか?」

「いやじゃ、すぐに捨てられるようにしとかんと、変化の邪魔になる」


 それはそうだろうが、せめて捨てるんじゃなくて置く方がいいんじゃないかなあ、とハナちゃんをはじめ一同は思う。


「どうせ死んどるんじゃからいちいち騒ぐな」


 死んでいるのは見た目だけなので、それはあまりに妖精には酷である。

 一方のハナちゃんの妖精レインは、ボールのようにぴょんぴょん跳ねて自分でついてくる。

 相変わらずどっちが上かどっちが前かわからない形をしたカラフルで黒いゲーミングカラーのサッカーボールの姿だったが、見ているといつも同じ面を上にしているわけじゃないので、実際には方向なんてないのかもしれない。

 結局出発までにゴローは帰ってこなかった。

 そこで、狩人の残り4人とパイソン、そしてハナちゃんでダンジョンを進むことになった。

 マイルズから情報を得て、元探索者である老狩人が道案内をしている。

 時折出る魔物は、パイソンやハナちゃんが出るまでもなく、狩人で倒してしまう。

 老狩人とリーダーの二人は接近戦もできるようで、鉈で魔物を打ち倒していた。


「しかし、魔物なのか魔獣なのか……」


 鉈をボロ布でぬぐいながら老狩人がつぶやく。

 もちろん今倒した魔物のことではなく、目標の狼のことだ。

 そのことはいまだに結論が出ていない。

 エリザベスたちは事前にゴローから聞いていた徒党狼の話からも、魔物が地上に出たと仮定していたが、よく考えると逆の可能性もあった。

 すなわち、森の魔獣が迷宮に入った可能性だ。


「魔物が外に出ることも、魔獣が中に入ることも常識には反しておるな……」


 パイソンが答える。


「……じゃが、結局のところ倒してみるしかない。どちらにせよ居場所がわかっておるのじゃから、後で確かめればよかろう」


 あえて話題から3人の安否を外している。

 そうなると、そのような会話しか起こりえないので、一行は言葉少なく先を急いだ。


 まっすぐ目的地に向かうならそれほど時間はかからない。

 一行は途中休憩を挟みながら2時間かけて、地上ゲートがあるフロアへのゲートの前にいた。


「さて、ここからじゃ」


 一行のリーダーとなっているのはパイソンだった。

 狩人のリーダーは前衛を行う必要があり、戦況を冷静に見て自ら動かしていくことができるパイソンの方が適しているからだ。


「では手筈通りに」


 パイ爺の言葉を受けて、隊列が組まれる。

 まず最前列はハナちゃん。

 主戦力である電撃に巻き込まれるのを防ぐための処置である。

 何やらできるようになった再チャージの間は隣を進む狩人のリーダーが対応する。

 中衛は残りの狩人、やや前後にずれて射線がかぶらないように位置。

 基本は弓での援護や追撃を行う。

 最後尾は白蛇姿となったパイソン。

 後方を警戒し、いざとなれば体を張って一同の盾になるつもりだった。


『準備オッケーです』


 ハナちゃんが物陰から登場した時には化けダヌキ形態になっていた。

 だが、その声や表情(わかりにくいが)の真剣さとは裏腹に、その姿はいささかユーモラスなものだった。

 二足歩行する全高2mのタヌキの首元にはゴム紐が巻かれ、それによって背後に布製のマントが翻っている。

 高さの割に手足は短く、そして白いマントも寸足らずだった。

 ちなみにマントの素材はパイ爺さん提供診療所のシーツだ。

 まるでどこかのゆるキャラのような見た目だ。

 もちろんマントに意味はある。

 いざ退却となった場合、どちらの形態でも足が遅いハナちゃんは足手まといだ。

 その時にはとっさに少女の姿に変身し、軽い彼女を大人が担いで移動することになっていた。

 その場合に裸の女の子なのは良くない、ということでとっさに体を隠せてなおかつ大ダヌキの状態で身に着けられるもの、ということでマントが選ばれたのだ。


「よし、では進むぞ」


 パイ爺さんの号令で、ハナちゃんはゲートに踏み入った。



『来ませんね』


 大声を出すわけには行かないので最後尾のパイ爺への言葉ではない。

 脇に控える狩人のリーダーが答える。


「これは地上であいつらが引き付けてくれているのかもしれん」

『だったら……』

「望みはあるということだ。だが、注意してくれ。焦っては我々も危険になる」

『はい』


 目標の地上ゲートへまであと半分ぐらいのところまで到達した。

 さすがに下は土なので、まだ水が引いていないことは無かったが、湿り気があり、ところどころぬかるんだ状態になっているのが見てわかる。

 ハナちゃんは足裏の肉球でも感じ取れた。


『あ、あれっ』


 ハナちゃんが指さした先には、大きな体が血を流して倒れていた。

 狼だ。

 狩人のリーダーが念のため首に鉈を叩きこむ。

 死んでいるのは間違いない。


「ということは、魔獣だったわけだ」


 死体が蒸発していない。

 魔物が地上に上がったのではなく、森の魔獣がダンジョンに入ったということだった。

 となると、話に聞いていた配下を生み出す能力は無いのかもしれない。

 だが、そうなると相当大きな魔獣の群れがこの地に存在していることになる。

 楽観できる状況では、依然としてなかった。


「進もう」


 警戒を続けながら前進する。

 やがて、目的の地上ゲートが見える位置にたどり着いた。

 しかし、


「何もいないな」

『みんな外でしょうか?』

「ならばこのまま出るか?」


 そこで、後ろから声がかかる。


「潜んでいる敵を探してからじゃ。挟み撃ちをする頭がある敵のようじゃしな」


 パイ爺からの指示を受け、前後と中央に続く通路を手分けして探る。

 だが、潜んでいる敵の気配はなかった。


「ならばあとは進むだけじゃ。撤退はひとまずこの場所まで、指示を聞き逃さぬよう、用心せい」


 そして、一行は隊列を保ったまま地上に踏み出すのだった。


『暗い』


 すかさず精霊術で灯りがともされる。

 まだ夕刻であり、外からうっすら光は差し込んでくるが、森の中なのでもうかなり暗いのは仕方がない。


「外から音がするぞ」

「まだ戦闘中だ」


 ついに接敵だ、とハナちゃんは覚悟を決める。

 足を踏み出すと、音が聞こえる方向がわかる。

 向かって左、少し遠く。

 もう奇襲という状況でもないだろう。

 そう判断した狩人の一人により、高い位置に灯りの精霊術がともされた。

 照らされた森は村の近くと変わらない様子で続いている。

 だが、狼が30体近く存在し、とある場所と取り囲んでいるのが見える。

 中には倒れているものもおり、そして今、また上の方から水流が飛んでいる。


「なるほど、だがどうやって登ったんだろう?」


 状況を確認した狩人から当然の疑問が漏れる。

 いまだに3人が抵抗を続けられているのは、そこにある大きな木に登って応戦しているからだった。


「なに、エリザベスはエルフの血を引いているからな、奥の手のひとつもあるじゃろう」


 当たり前のような調子でパイ爺が言う。

 彼とエリザベスは出身が同じエゲレスである。

 すなわちエルフ自治領、ドイツ、スペインの3つの地続きの国が連合王国となった国であるが、彼はドイツ地方、エリザベスはエルフ自治領の出身である。

 エリザベスの略称は、ベス、リズ、エルザなどが一般だ。

 だが、エルフ自治領でも一般的なその名は、しかし略称としてエリーというのが好まれる。

 それは先祖の種族であるエルフと字面が似ている、という理由だと言われているが、詳細な経緯は不明である。

 パイソンは、タイキが呼びかけるエリーという愛称に、彼女の出自の想像がついたのだった。

 そして、エルフの血を引く者は、高い精霊術の適性と、それ以外にも森の中で不思議な力が使えると言われている。

 少々不思議なことがあっても、エルフならばありうることだ、と彼は考えたのだ。


 残念ながら、そのような事情は他の面々には知る由もないが、それでもパイソンが落ち着いているのを見ると、詮索している場合ではない、と後回しにする。

 ともかく、助けに来た3人がまだ生き残っているというのはうれしいことだった。


「高さに注意するのじゃ。上から落とすと木の方に吸い込まれるぞ」


 注意を受けて、ハナちゃんは地上に展開する狼に電撃を撃つ。


『モフモフサンダー!』


 その技名はいかがなものか、とみんな思った。

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