第29話 ハナちゃんの新しい力
ハナちゃんのモフモフサンダー(本人命名)が、魔獣の一団に飛ぶ。
異能なので、詠唱は不要だし、技名を叫ぶ必要もない。
単に気分的なものだが、気分によって威力が上下するのも異能なので、意味がないこともない。
現に、今回の雷撃は今までのものに比べて、かなり威力が高かった。
しかし、
「あまり効いていない⁉」
「地面に逃げたのか?」
エリザベスの精霊魔導術で、森の土はぬかるんでいる。
また、魔獣自身の体もずぶぬれであった。
そのため、雷撃はいまいち広がりが悪く、また命中したものも体表を流れて地面に流れてしまった。
『でも無傷じゃないっ!』
ハナちゃんは畳みかける。
『モフモフサンダーっ!』
モフっ
ズバアアン
今度は先ほどと効果大将がかぶらないように右に振って雷撃。
「追撃の手を緩めるな。おぬしも弓じゃ。ハナちゃんはわしに任せておけ」
視界が確保されているので、狩人たちは弓を連射する。
パイソンの言葉を受け、狩人のリーダーも鉈を弓に持ち替えて射撃戦に移る。
そして、こちらの攻撃と魔獣たちの混乱に反応して、あの男が木から飛び降りる。
「いてっ」
足元がぬかるんでいて積もった落ち葉と相まって、着地に失敗して転んでしまう。
しかし、すでに魔獣の敵意は新たに現れた救出部隊の方に注がれていたので、タイキの隙を狙う魔獣はいなかった。
彼は手近な魔獣に手を出そうとして、慌てて一目散に逃げだした。
『モフモフサンダー』
ハナちゃんの雷撃を間一髪で躱す。
「危なかった……」
だが、悪いのはタイキの方だ。
ハナちゃんの雷撃が3連発できることは知っている。
予想出来てしかるべきであった。
『ごめーんなさーい』
遠くから、ハナちゃんの叫びが聞こえる。
向こうから見えているかわからないが手をあげて答える。
そして、ハナちゃんが3回を使い切ったということは、向こうの攻撃力が期待できないと判断し、タイキは切り札を切る準備をする。
ハナちゃんたちと大木を結んだ線から遠く横に離れる。
魔獣の大群の向こうにどちらもかぶらないことを確認して、
「大きいの行くぞ!」
と大声で宣言する。
タイキはめったに使わないが精霊術が使えないわけではない。
もちろん精霊魔導術として自在に動きを制御するようなことはできない。
だが、実は精霊術自体の威力はエリザベスに劣らないものだ。
ただ、一度使うと一週間以上使用できないということと、それを攻撃に使うために剣技を必要とするという欠点がある。
足場の不確かな大木の上では使えず、また救出部隊のいない状況では使った後に囲まれてやられてしまう。
だからこの場で初めて切り札として使用が可能になったのだ。
この技は、剣の身に沿って風の精霊術を発生させ、剣の振りによってその力を収束し、高速度で斬撃を飛ばすというものだ。
「真空斬っ!」
タイキの真空斬(本人命名)が、魔獣の一団に飛ぶ。
魔導術ではないので、詠唱は不要だし、技名を叫ぶ必要もない。
単に気分的なものだし、気分によって威力が上下する異能でもないので、全く意味がない。
とはいえ、さすがに切り札というだけあって、かなり威力が高かった。
しかし、
「ちょっとちょっと、どこ飛ばしてんのよ」
「ひでえよ」
斬撃が大木にも当たり、ゆっくり倒れていく。
当然、エリザベスとナイルズは慌てて避難を試みる。
斜めになった大木の幹を踏み外すことなく駆け下り、ケガなく地面に降り立ったのはさすがだったが、まだ魔獣がいる地上に、接近戦が得意でない二人が取り残されることになる。
直近の魔獣は真空斬によって切り伏せられていたが、救出部隊の方に行っていた魔獣がまだ残っている。
そして、それらは背後から聞こえた木の倒れる音に振り返り、状況を把握して無防備で少数のエリザベスたちを先に片付けようとした。
だが、その時
『モフモフサンダー』
魔獣にハナちゃんの雷撃が炸裂する。
そして、さらに、
『モフモフサンダー』
『モフモフサンダー』
さすがにこれだけ連発されれば、魔獣の動きも鈍ってくる。
もはや形勢は完全に逆転していた。
そして、当のハナちゃんは……モサモサになった全身の毛を撫でまわしていた。
すると、突然発光し、ハナちゃんの毛並みが復活した。
これこそ、ハナちゃんが長き修行の末に体得した『モサモサリカバリー』であった。
◇
妖精が契約者に出せる情報に制限があることを、かつてパイ爺の契約妖精が語っていた。
『……読み方に関する情報はネットワークからは開示されていません……』
ならばなぜ、ハナちゃんの妖精レインは『MP切れ』がハナちゃんのモフモフに関係あると認識していたのか?
仮に『MP』と表示されているならば、レインにもそれが何を意味するか分からないはずではないか。
その疑問に答えが出たのは、ハナちゃんが自室で
MP(モフ):3/3
MP(モサ):0/3
つまり、ハナちゃんが表示させていなくてもステータスを把握していたレインには、ハナちゃんが持っている力がモフモフの力であることがわかっていたのだ。
そして、3回のモフ芸を使用した後のステータスはこのようになる。
MP(モフ):0/3
MP(モサ):3/3
このように、モフモフポイントが減った分がモサモサポイントとして加算される。ただ、このモサモサポイントは使われることなく、ブラッシングで再びモフモフポイントに変換されていたのだ。
パイ爺からやめておけ、と言われていた
そして試行錯誤の末、ついにモサモサポイントの活用法を習得したのだった。
◇
『くっ、これはキツい……』
だが、このような永久機関を実現しかねない異能が代償なしというわけにはいかない。
想像してみればわかるが、モフモフは人の心を癒してくれる。
ならば、モサモサは人の心を
モサモサリカバリーを使用するたびに、ハナちゃんは精神的ダメージを受けるのだ。
「ちょっと頑張れば……」とハナちゃんが言っていたのはこの精神的ダメージにハナちゃんが耐えるということだった。
恐ろしい。
まさにモサ芸はモフ芸の
けっして強いわけではないが、たやすくモフモフポイントを回復できるこの技は、乱用してはならないものだった。
「大丈夫か……」
『まだ、耐えられます……気持ち的に、つらいだけ』
「そうか……無理するなよ」
と、そのようなやり取りがあったが、周囲の狩人の活躍、タイキが切り込み、エリザベスの術も合わさって、この場にいた30体に迫ろうとする魔獣は一掃された。
そして……
「なんと……」
「こりゃあ……」
「まさか……」
とどめを刺した狼の死骸から、急に白い煙が上がり、そのまま溶けて消えてしまった。
「魔物……手分けして他の奴も確認しろっ!」
その結果、半数強の狼は魔物だったらしく、死骸が蒸発した。
そして残りの死骸はそのまま血に濡れて横たわっている。
「結局、両方が混じっていた、ということか……」
タイキが信じられない、という調子で問いかける。
今は死体を片付けたゲート入り口前の室内。
ここであれば敵が来ても方向がゲートか外への出口だけなので対応しやすい、ということで一時休憩ということになり、壁際ではあったが皆腰を下ろしていた。
タイキ、エリザベス、パイ爺、ハナちゃんと、村にいるマイルズを除いた狩人5人の総勢9人が固まって座り込んでいる。
狩人が持ってきていた携帯コンロで湯を沸かし、温かい茶が皆に配られた。
エリザベスの使う水流で足元がぬかるんだ中戦ったことで、皆泥だらけであった。
パイソンでさえ警戒を緩めるわけにはいかなかったので人型に戻れず、白い滑らかな肌には乾いた泥がいたるところに張り付いていた。
そんな中、異能の力により毛並みを維持しているハナちゃんだけがきれいな状態だったが、それが戦力に直結しているのでしょうがない。
それでも、汚れているみんなにちょっと悪い気がするハナちゃんが、タイキの発言に続く。
『でも、見分けがつかなかったよね?』
「そうだな、もう魔物の方が消えちまったから確かめられねえが、少なくとも見た目で区別はつかなかったと思う」
「でも……似た姿だからといって、魔獣と魔物が一緒に行動するものなのかしら?」
エリザベスの疑問に、答えられる者はいない。
「問題は……例のあれだな」
あれ、でわからない者はもうここにはいない。
つまり、魔物である徒党狼が持つ、配下を生み出す能力のことだ。
『あの中にはいなかったんだよね?』
「だとしたら、それにとどめを刺した時点で、他の配下が全部消滅するはずだ……まあ、俺もゴローさんに聞いただけだけだから実際に見たことはねえがな」
「まだあたりに潜んでおるか……あるいは……」
「で、どうする?」
パイ爺に狩人のリーダーが聞く。
「うむ……とりあえず今日はここで休もう。皆疲れ切っておるじゃろう。明日にはこの周辺を捜索して、何もなければ村に帰るとしよう」
「そうだな、みんな、それでいいな?」
そしてその日は、保存食を分け合い、ゲート前の部屋で交代で休むことになった。
ハナちゃんも本格的な戦闘で興奮していたのかなかなか眠れなかったが、床の冷たさが心地よく、やがて眠りの世界へいざなわれていった。
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