第30話 集結
「おう、ご苦労じゃ」
昨日休んでいたのと全く同じ構造の室内。
だが、そこはモリノミヤ村のゲート前。
村に来てまだ2ヶ月にもならないハナちゃんでも懐かしく感じる。
そこに踏み入った時にすかさず声をかけてきたのはゴローだった。
戦闘はダンジョンを進むのでタイキだったが、後に続いて一行がぞろぞろと部屋に入ってくる。
9人いるのを確認して、ゴローは笑顔を見せた。
「全員、無事のようで何よりだ」
「皆よくやってくれたよ」
返したパイソンはすでに人型になっている。
回廊を通って帰ってくるだけなら、彼が戦力に加わる必要性が薄かったからだ。
そしてそれは、ハナちゃんも同じだった。
気に入ったのかマントはそのままだったが、同行者に持って行ってもらった服を着て、少女の姿に戻っていた。
「話は後でいいとして、まずは皆に顔を見せて来い」
村長の家にはゴローが行ってくれることになったので、みんなは人が集まっていると思われる食堂に直行した。
ちょうど昼時に重なっていたので、食堂は人でいっぱいだったが、一仕事を終えて帰って来た功労者のため、ということでテーブル2つが空けられた。
席を失って器を抱えたまま立って食事をしている人には申し訳なかったが、さすがに朝から働きどおし、歩きどおしで疲れていた一行は、ありがたく座席に座った。
「食べるわよね。みんな同じのでいいわね?」
ニルがすぐに食事の用意をしてくれることになった。
ナイルズだけは兄が心配だったので辞退して、顔見せだけで診療所に向かった。
ようやく戻ってこれたことに、ハナちゃんは安心して背もたれにもたれかかった。
「よかったあ、ケガとかしてないよね?」
「リルちゃん、お店はいいの?」
「そんなの、呼びに来るわよ。こんなに騒ぎになってるんだから」
村人しかいない今の雑貨屋は、盗みなど気にする必要はない。
「村はどうもなかった?」
「ゴローさんが帰って来たぐらいかな」
「ああ、入り口で会ったよ。アンカーは取ってこれたの?」
「知らなーい。でもまたダンジョンに行くって聞いたよ」
「そうか……それじゃダメだったのかな……」
ゴローは昨日の夕方に帰って来た。
村の中は普段通りだったのでそのまま食堂に来て、そこで先行した一行が取り残され、後を全員が追ったということを聞いて驚いた。
慌てて後を追おうとしたが、すでに追いつくのは難しいと諭されて村に残った。
向こうにもパイソンがいるし、ハナちゃんも回数制限があるとはいえ強力な異能を使えると聞いているので、最低でも救出部隊は無事だろうと考えて待つことにしたのだ。
また、アンカー取得に失敗したので、無事かどうかにかかわらずもう一回ダンジョンに行かないといけない。
自分の仕事を果たすためにも、後を追うわけにもいかなかった。
そのゴローが食堂に入って来た。
「飯を食ったら、村長のところに集まってくれ」
食事が終わるのは待ってくれるとのことで、ハナちゃんは安心してご飯を食べることにした。
◇
「では、親玉が見当たらなかったということか?」
「おそらくは……周辺をかなりの範囲まで探したのじゃが、それらしき個体は見つからんかった……」
「なるほどな……」
そして、しばし考えこんだゴローは、皆を一度見回し、口を開く。
ハナちゃんも一瞬目が合って、ちょっとびくっとしてしまった。
「今この場には、かつてないほどの戦力が存在してると思う。ならば、今まで考えもしなかった作戦も行えるのではなかろうか……」
作戦? と、ほとんどのものが疑問の表情を浮かべる。
数人はなんとなく想像がつくのか、表情を変えずに続きの言葉を待つ。
ハナちゃんも、パイ爺さんやエリザベスを見て、同じようにじっと黙っていた。
「……これは当然、予備のアンカーの入手が首尾よくいった後のことになるんじゃが、一度敵を村に誘い込んで殲滅するというのはどうだろうか?」
「村に⁉」
「そんな……」
「危険だ」
一同に動揺が広がるのを受けて、パイソンが質問する。
「村人は?」
「なるべく家にこもってもらう」
「新月のあいだずっとか?」
「いや、タイミングはわしが何とかしよう」
「……『宝』か?」
「ああ、『宝』だ」
そう言って、ゴローは腰にある刀を持ち上げる。
もちろん彼がこの場で詳しく説明することは無い。
しかし、これが迷宮にただ15だけ存在する『秘宝』の一つであることは、パイソンも知っている。
「……なるほど……村長、みんな、わしは可能じゃと思う」
「パイソンさん……」
「わしが住み着いた50年で初めての、いや恐らく村始まって以来の異様な事態じゃ。少々思い切ったことをしてでも、根を断つ必要があろうと思う」
そのパイソンの言葉を、今度はゴローが受ける。
「恐らくそれだけの数ということは間違いなくあの能力、配下を生み出す力を持っていると思った方がいい。待っても状況は悪化するだけじゃ」
長い沈黙の後、村長が口を開いた。
「新月まで……あと10日ぐらいか……各自、準備はできそうか?」
その言葉に、まず狩人のリーダーが答える。
「うちは大丈夫だ。マイルズも含めて戦力は揃う」
次いで、タイキが報告する。
「俺とエリーも大丈夫だ。俺の切り札も10日あれば復活する」
そして、ゴローが答える。
「アンカーを取ってこれれば……まあそれでも1日休めれば十分だ。問題は無い」
最後に、ハナちゃんが答える。
「もっと、強くなります」
もはや一個の戦力として計算されているハナちゃんだった。
そして、ハナちゃんは短期間で強くなってきた。
それは鍛える、というのはちょっと違って、異能の理解と工夫に
たとえ10日とはいえ、何らかのブレイクスルーが発生して、一気に強くなることはあり得た。
「ならば、やろう」
村長の決断によって、狼を村に引き入れて全滅させる作戦が決定された。
◇
方針が決まってからすぐ、ゴローはダンジョンに潜り、今度は3日でアンカーを携えて帰って来た。
残りの戦うメンバーは準備をし、また残りの村人全員が一丸となって、この困難に対して協力体制にあった。
そんな中、ハナちゃんはついに異能の進化に成功した。
そして、それを今、共同浴場の脱衣場でリルちゃん、エリザベスに披露していた。
「はいっ」
「すごい」
「ついにやったわね」
「へへ……まだ完璧じゃないけど」
「それに、そのデザインはちょっと……」
「ええっ、7歳児にそれ、言われるの?」
「まあまあ、年頃になってきたら変わるかもしれないし……」
そう、ついに……
ハナちゃんは変身時にパンツが出せるようになったのだ。
これは大きい。
いや、戦力的に本当に大きい。
服を着た少女の姿から、大ダヌキの姿に瞬時に変化することができるのだ。
例えば、先の遠征で身に着けていたマント。
それにホックをつけ、ダボダボする分を腰で帯で縛ってしまえば、一応服として体裁は整う。
パンツが自前であれば、そのまま村を歩いていても問題ない。
ちなみに上の下着の方はまだ必要ない。ハナちゃんは悔しい。
そして、帯をほどいてホックを外せば、そのまま大ダヌキに変身することができるのだ。
なお、パンツのデザインはいわゆるかぼちゃパンツであり、そのことをリルちゃんに突っ込まれ、エリザベスに慰められたのがさっきの会話だった。
「それと、これが一緒に出てくるのがね……」
「女の子なんだから、お腹を冷やさないように、って配慮なのかもね」
最初に出せて衣服である、腹巻きはセットだった。
それはともかく、尻尾のための穴が開いており、用を足すときには消せるパンツは、日常生活にとても便利だった。
「とにかく、これで準備万端だね……はあ、私も頑張らなくっちゃ」
リルちゃんは、ハナちゃんが次々能力を進化させていくので、ちょっとジェラシーだった。
「うーん、まだまだかな。もう一つの方はもっと練習がいるしね」
ハナちゃんは、大きなタヌしっぽを揺らしながら答えた。
そのしっぽには、4つ目の黒い星が現れていた。
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