第31話 開始
「用意は良いか?」
確かめに来たのは、伝令として走り回っている村人だった。
ほとんどの村人はすでに建物の中に入っている。
2階がある家では2階に、そして平屋の家に住む者は頑丈な村の共有倉庫に、それぞれ避難していた。
外に出ているのは戦いに出るものと、伝令役の足の速い村人数人。
『大丈夫です』
あれ以来すっかり気に入ったらしいマントの大ダヌキ姿だったハナちゃんは、村の北西の農作業小屋近くに待機していた。
今回の作戦はこうだ。
敵の進行は村の周囲から、またはダンジョンを通って、の両方が予想される。
アンカー破壊、はどうやるのかはともかくゴローの担当なので、ダンジョンは彼が抑える。
そして、村の周囲からの攻撃には、三か所に戦力を分散して対応することになった。
北西の畑の方面はハナちゃんと狩人のリーダー。
東の住宅地が多い方は、タイキ、エリザベスと狩人二人。
南西の開けている方は、パイソンと若い狩人のマイルズ、ナイルズ兄弟。
そして鉄塔の上から全方向を監視して戦力を割り振るのに元探索者の老狩人。
どの方面も、魔獣が10体ぐらい出てきても対応できるようになっている。
15体を越えたら他の方面から応援を回すと決めてあった。
いよいよ作戦が開始する。
◇
「さて……」
すでに新月の時期には入っており、今この瞬間にアンカーが壊れてもおかしくない状態だ。
それならそれで準備は完了しているし、そうでなくてもゴローにはアンカーを壊す奥の手がある。
「では、始める」
外への入り口で待機している村人に告げると、ゴローは刀を抜く。
一度ゲートに取り付けられたアンカーは、何があっても取り外すことはできない。
そして、同様に壊すこともできない……普通は。
そして普通でない方法というのも常軌を逸しているために、行う者はいない。
その方法とは……アンカーにアンカーをぶつけることだ。
結果として両方のアンカーが壊れる。
すなわち、一度に2つのアンカーを失うのだから、わざわざやろうとは思わないのだ。
ただ、これには裏技がある。
裏技とも言えないごり押しなのだが、15ある『迷宮秘宝』をアンカーの代わりにぶつけるのだ。
秘宝は、アンカーと同じ迷宮由来の物体であり、壊れてもいずれ自然に修復するからだ。
とはいえ秘宝を持っているものなど迷宮の裏と関係のある団体や転生者だけなので一般には知られていない。
そう、例えばこの場にいるゴローのように……
彼は、無造作に刀を振るうと、アンカーを切り、だがその力の反発により刀もあっさり折れた。
だが、彼は動揺などなく、詠唱を始める。
「迷宮秘宝の3、『カッターな刀』よ、転生者ゴローの名においてその力を顕現せよ」
迷宮秘宝『カッターな刀』、一見ふざけた名前だが、それが正式名称なのだから仕方がない。
切れ味が落ちると刃の先端を折って使うカッターのごとく、この刀は切れ味が落ちたり曲がったりしても折って詠唱することで新品の刃が復活する。
この性質があるがゆえ、ゴローは使い捨てにするがごとくアンカー破壊に秘宝を振るうことができたのだ。
しかし……刀が反応することはなかった。
失敗か?
やはり復活機能ごと壊れてしまったのか?
だが、ゴローには心当たりがあったので慌てなかった。
「やはりだめか、そちらしか名乗っていないのに、前世の名前からは逃れられんものだな……」
ゴローは、そう名乗ることでステータス表示、ひいてはこの世界においての名前が書き変わらないかとずっと試し続けていた。
だが、いまだそれはかなわないらしい。
「致し方ない……転生者
今度は、刀身の根本から光が伸び、元の刀身の長さになって収まる。光が引いた時には元通りの刀身が復活していた。
山本五郎左衛門――『稲生物怪録』に登場する日本の魔王。
物怪の王とされる彼は、すなわちこのような魔法や異能、迷宮が存在しない前世においても、怪異の一つであった。
その中でもかなり有名であった彼は、そのことによって他の、敵対する転生者に性質や弱点を知られないために、名前を隠していた。
秘宝の力の発動時には周囲に人を寄せないように注意しているが、そもそも名乗らなければ用心もいらない。
ずっと、『ゴロー』で通しているが、いまだにその試みは実現していなかった。
「さて、鬼が出るか
鬼は前世の配下だし、ヘビは村で医者をやっている。
来るのは狼の大群だろうが、それがゲートを通ってくるかは五分五分だとゴローは考えていた。
彼は、外への出口を背に、室内でゲートを警戒して立つ。
すぐに敵が気づかないかもしれないので、待ちだ。
そして、外に耳をすませば、鐘が鳴らされるのが聞こえる。
「外に来たか……」
◇
「東か……」
パイソンのつぶやきが風に流れる。
今は昼過ぎ、影が出て敵を見誤らないように太陽が高い時間が選ばれた。
季節もあって流れる風の温度は高い。
しかし、森のただなかにあるこの村は毎年夏でも過ごしやすい。
パイソンがいるのは村の南の建物が途切れるあたり。
一番近い大きな建物は公衆浴場という位置で、個人の住居などからは離れている。
西から東まで視界が広がっているため、手分けをして見張っているが、こちら側に敵の姿はまだない。
そんなときに、東側にサポートとしてついている村人が鐘を鳴らした音が流れてきたのだ。
先に遠征した地上ゲートは村から東にある。
だからといって、そこから直進してくるわけでもないので襲撃が東からとは限らない。
そのため、見張りは手を抜くわけにはいかない。
引き続き、パイソンは森の監視を続けていた。
◇
『こっちには来ないね』
「そうだな。もう数が残っていないのかもしれない」
ハナちゃんの方面も平和だった。
だが、魔獣、あるいは魔物にしては異常なほど知恵が回る相手だ。
それに、魔物を生み出す能力があるとしたら減った狼も補充されて出てくるかもしれない。
そんなわけで、会話の内容ほどはハナちゃんも、狩人のリーダーも楽観視はしていなかった。
こちらは畑が存在し、キュウリやトマトの支柱が立っていて見通しは良くないので気が抜けない。
襲来の鐘が鳴った時も、気にはなったが二人で動き回り、視界を確保しながら警戒を続けていた。
いまだに、こちらの方には敵が出てきていない。
その時、カカカン、カカカンと三連打の鐘が鳴り響く。
『これって……』
「ああ、中央だ」
単発の鐘の連打は村周辺からの襲来。
方向は聞けばわかるので対応する必要はない。
二連打の場合は、その方面の敵が多いため、各チームのリーダーの判断によって助けに行くことになる。
三連打の場合、中央、つまりダンジョンからの敵が予想外に多いため、手の空いているチームは援軍に行かねばならない。
中央の場合は人や建物が集中しているため、優先度が高いということだ。
「行くぞ」
『はい』
まさか、ゴローがやられたわけではないだろうが……
と不安に思いながら二人は中央に走る。
◇
「ここまで多いか……」
確かにゴローは次々に敵を倒しているが、それにもまして敵が多い。
ゲートから三体ずつ現れ、それが途切れることがなく。
さらに、中に魔獣が混じっており、死んでも死体が残りゴローの足の運びを鈍らせる。
「しまった」
外に2体逃がしてしまった。
魔物であった狼の死骸が消えた瞬間をそこに突っ込んできたものに、隙を見せてしまい処理に手間取ってしまった。
そのすきに脇をすり抜け、建物の外に出してしまった。
最初は入り口近くで戦っていたゴローだったが、戦いが進むにつれて位置が前にずれて行ってしまったのだ。
すかさず三連打の鐘が流されるのを聞き、ゴローは追うのをやめる。
まだまだゲートから敵が出て来ているのだ。
外のことは外の連中に任せて、自分はこの場を守りきることが第一だと判断し、ゴローは目前の敵に集中する。
――そういえば……親玉はまだ出て来ていないようだな……
いまだに殺した際に他の魔物が消え去るような現象は起きていない。
きっと、まだ迷宮の中で配下の指揮をしているのだろう。
そう、ゴローは思っていた。
◇
『いたっ』
村の中に二体の大きな狼がいるのが見える。
これまで村で倒した狼は、周辺部でやっつけたものばかりだったので、ハナちゃんがこの村の中心近くで敵を見るのは初めてだった。
日常の象徴であるようなモリノミヤ中心部、この二か月ですっかりなじんだその場に、異物が紛れ込んでいることに、ハナちゃんは不吉な感じがした。
とても悪いことが起こっているような、さらに悪いことになりそうな……
そして、その感じは正しかった。
二体の内の片方が遠吠えをすると、たちまちその周辺に煙が立ち上った。
風に吹かれて視界が開けると、そこには新たに5体の狼が追加された。
都合7体。
まだハナちゃんたちで対応できる範囲だったが、問題はそこではない。
「あれだ、あれこそが親玉だっ!」
見た目は周辺のものと変わらない。
入り乱れて襲ってきたら、それだけで見失ってしまいそうだ。
『これぐらいならっ……モフモフサンダー!』
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